真の勇者とは【53】
――かはっ!
壁に激しく叩きつけられた衝撃にミリアは咳き込み、血を吐いた。
竜人騎士が歩み寄り、ミリアの首を片手で掴むと高く持ち上げていく。
「ここでお前を殺すのは簡単だが、殺してしまうにはまだ惜しい。お前は色々と使える。
最後の言葉だ、精霊巫女。今すぐ結界を解き、床に手をついて命乞いをしろ。そうすれば命だけは助けてやる」
「誰が……あんたの言いなりになんか……ぐっ!」
「我々はお前の言う通りに要求をのみ、人質を牢から逃がした。今度はお前が我々の要求に応える番だ」
「結界が……解ければ……みんな……死ぬ。だから……」
「だから何だというのだ? 弱ければ死ぬ。それが当然の世界だ。逃げた先で魔物に喰われるようではこの先も生き残れまい。だがお前は生き延びられる。精霊魔法の使えるお前なら、この世界を生き延びられよう」
竜人騎士はさらにミリアの首を絞めた。
「結界を解け、精霊巫女。我々とともにこの国を再建させようではないか。強き者だけが生き残る、誇り高き国に」
「ミリア!」
道を引き返すように、アデルが戻ってきた。その後ろから勇者たちも戻ってくる。
ミリアは渾身の声でアデルに言う。
「アデル……様……逃げ……て」
アデルは竜人騎士に指を向けて声を上げる。
「彼女を離すがよい、竜騎軍」
竜人騎士はアデルを見て鼻で嘲笑った。
「何しに戻ってきた?」
アデルは言葉を続ける。
「我輩がミリアに結界の解除を命じれば良いのであろう?」
「アデル……様!」
「よかろう」
答えて。竜人騎士がミリアから手を緩めていった。
解放されたミリアは力なく地へと膝を折る。
じわりとミリアのその目に涙を浮かんでくる。弱々しく首を横に振り、
「アデル様……嫌です……。結界を解くくらいなら、私はここで死を選びます!」
「ならぬ、ミリア!」
遮るようにしてアデルは言った。
「お前を犠牲にして得るモノとは果たして何であろう? だから我輩はここに戻ってきたのだ」
迎え入れるようにアデルは両腕を広げる。
「アデル様!」
泣きながら、ミリアは駆け出してアデルの胸に飛び込んだ。
顔を埋めるミリアを迎えるようにして、アデルは優しくミリアを包み込む。
「もう良い。もう良いのだ、ミリア。死んではならん」
「アデル様……」
ミリアはアデルの胸の中で涙を流した。
「結界を解くのだ、ミリア」
「でも結界を解いたら──」
「わかっておる」
その言葉にミリアがそっと顔を上げてアデルを見つめる。
アデルは諭すようにミリアに言い聞かせた。
「ミリア。勇者とは何か、答えよ」
「アデル様……」
「それは正義だ。愛と勇気をもって正義を貫く。死ぬことだけが正義ではない。愛する者たちを悲しませるな。勇気を持って悪に立ち向かうこと。――それが正義だ。
ミリアよ。お前は『我輩を守る勇者になりたい』と申しておったな。ならば今ここで立派な勇者になってみせよ。我輩はずっとお前を信じておるぞ、ミリア。今も、今までも、ずっとな」
「アデル様……」
「我輩を信じるのだ、ミリア。正義は必ず勝つ」
ミリアはアデルの真意に気付いて目の淵の涙をそっと指先で拭い、頷いた。
「はい。私もアデル様を信じています」
竜人騎士が言う。
「精霊との別れは済んだか? 元君主よ」
アデルは睨み返す。
真っ直ぐに、竜人騎士を。
「覚えておるか? 竜騎軍。生前父が──いや、前王が語ったこの国に伝わる古き伝説のことを」
鼻で笑って、竜人騎士は答える。
「《闇の帳が下りし時、戦いの荒野に白き光は現れる》、か……。
我らが祖先の誇りを忘れ、結界を張ることでこの世が平和だと夢うつつをぬかす。そんな王の戯言など信じる気にもなれん。
闇が降りし時は戦いの時だ。白き光などアテにならん。この世に神などもう居ないのだ。我が祖先のように現実から目を背けず、結界を外し、常に魔物と戦い生き延びていく。それこそがこの国の誇り――在るべき姿だ。戦いこそがこの世のすべて。光が無くとも力さえあれば生き抜くことができる」
アデルは言い返す。
「弱き者たちの屍を越え、血に染まりし道をひたすら歩み続けることでその先に何を見ようというのだ? 竜騎軍。
そこにあるのは終わりなき闇。戦うことだけがこの世の全てではない。
弱き者たちを助け、共に支えあい生きる。だからこそお前たちの祖先は我が王家を守る騎士となり、仕えたのだ。そんなことも忘れてしまったのか? 竜騎軍よ」
竜人騎士は片腕を強く払った。
「黙れ! 竜騎軍は国の飾りではない! 戦場を生きてこそ、我らは黒騎士だ! 戦わなければ何の意味も成さん! 戦場こそが我が軍の誉れなり!」
言葉とともに腰からスラリと剣を抜き放つ。
――その瞬間だった!
ドン! と。
大砲が打ち込まれたかのような激しい振動と轟音が塔全体を襲った。
振動に足をとられて誰もが転びそうになる。
壁のあちこちに亀裂が走り、壁の一部が張り裂け、崩れ落ちていく。
予期せぬ出来事に竜騎軍たちは構え、警戒に視線を走らせた。
崩壊した壁の、大穴が開いたその向こうに。
竜人騎士は目前の光景を疑うように愕然と目を見開き、呟き漏らした。
「ば……馬鹿な……!」
暗き闇の中で激しく燃える炎の海。
今まさに殲滅せんとする魔物どものその上空で、数十頭のドラゴンが火を吐き飛び回っていた。
その一頭のドラゴンの背に、白き衣をまとった人物を目にする。
「あれは──!」
竜人騎士は察した。
そういえばあのレースで珍しいドラゴンに乗っていた人物がいた。
ラスカルド国の御曹司であり、幼い頃からドラゴンを乗りこなし、巫女の宣託により神の祝福を受けたとされる、あの男。
所詮は金の力で祭り上げられただけの道化勇者だと思いこんでいたが──
「まさか、本当に……【運命の子】が現れたというのか!」




