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ドラゴンの咆哮【50】


 一旦、カルロスとともに街の外へと出て。


 見渡す限り何もない広い荒野で、カルロスが胸元から小さな角笛のペンダントを取り出した。

 その角笛の先を口にして吹き鳴らす。

 モスキート音みたいな、そんな不快な音がした。


 ――しばらくして。

 上空に一頭のドラゴンが現れる。

 大きな翼をいっぱいに広げて悠々と空を旋回し、俺たちの前に下りてくる。


 おぉっ!


 風を受けて、俺は間近で見るドラゴンの大きさに感動の声を漏らした。

 すげぇ。本物だ。本物のドラゴンだ。

 俺は興奮に思わずぎゅっと影で拳を握り締める。


 ふと。

 カルロスが角笛のペンダントを首から外して俺に手渡してくる。


 え?


「落竜なんてされたら目覚めが悪くなるからね。この角笛を吹けば大抵のことはコントロールできる。初級者の君にはこれがお似合いだよ。僕はこんな物使わなくても乗りこなせるんだけどね」


 いや、でもさっき俺の目の前で吹いたよな? 確実に。


「乗った時の話さ。僕のドラゴンはこれで呼んだ時しか来てくれないんだ」


 それって、ドラゴンに懐かれてない──


 カルロスは自慢の髪をふわさぁとかき上げる。

「僕のドラゴンは特別なんだ。世界に一頭しかいない珍しいドラゴンだからね。パパにわがまま言ったらすぐに買ってくれたんだ。パパは僕のお願いに弱いから」


 あーうん。自慢はもういいよ。

 カルロスの言葉を適当に聞き流しながら、俺は受け取ったペンダントを首にかけた。


 カルロスが俺に人差し指を向けて言ってくる。

「自慢ついでに言うけど、このドラゴンは僕以外の人を乗せないんだ。今まで僕以外に誰もこのドラゴンに乗った奴は居ない。このドラゴンは僕にとっても懐いていてね。もしその角笛を吹いて僕のドラゴンに乗れるんだったら乗ってもいいよ。

 ま。けど、事態が事態だからね。きっと乗せてくれないだろうから、ドラゴンには僕から君を乗せるようお願いしておいてあげるよ」


 俺は爽やかに断った。

 別にいいよ。自分でどうにかして乗るから。


「乗れはしないさ。何と言っても僕のドラゴンだからね」


 その割にはこのドラゴン、お前に敵意むき出しで唸り声あげてるぞ。


「ん?」

 カルロスがようやくドラゴンへと顔を向ける。

「おいおいどうしたんだい? 僕のジョセフィーヌ。そんなに怒らないでくれ。一人ぼっちにした僕が悪かったよ。愛している、ジョセフィーヌ。どうかその怒りを静めてくれ」


 ドラゴンの怒りは静まらない。

 獰猛な唸り声を上げてカルロスに対し、鋭い牙をむき出しにしている。


「さぁジョセフィーヌ。僕の愛しい人よ。いつものように僕の頬にキスをしておくれ」


 急にドラゴンが噛み付かんばかりにカルロスに襲い掛かる。


 寸でのところでカルロスはひらりと跳んで避け、お手上げしてやれやれと肩をすくめる。

「ふぅ。僕に対する愛情表現はいつも激しいね、ジョセフィーヌ。まぁそんなところを含めて、僕は気に入っているんだけど」


 ……。

 その様子を傍で見ていて、俺は何かを確信した。

 嫌われているよな? どこをどう見ても完全に嫌われているよな? カルロスが一方的に気に入っているだけでドラゴンはカルロスを嫌っているよな、これ。


 ははと笑ってカルロスが髪をかきあげながら俺に言う。

「嫉妬が醜いよ、覆面君。僕はみんなに愛されているからね。どんなアプローチも受け止めてきたこの僕だからこそ、全ての愛情に気付いてやれる。あぁなんて僕は──」


 言葉半ばでドラゴンは口先でカルロスの背をどついた。

 カルロスは前のめりになって派手に地面に突っ伏す。


 俺は吹き出して笑った。

 これもかわいい愛情表現なのだろうか。俺ならお断りである。


 ふいに。

 獰猛な唸り声をあげながら、ドラゴンが俺へと顔を向けてきた。


 うげっ!

 俺は思わず逃げ腰になって身を引く。

 

 まさか、俺にも愛情表現を向ける気か?


 ――。

 でもなぜか、ドラゴンの顔からフッと敵意が消えた。

 剥き出していた牙を隠すように口を閉じ、しだいに顔も穏やかになって唸り声を静めていく。

 ドラゴンは深い緑色を帯びた竜眼で、俺と目を合わせてきた。

 真っ直ぐに。

 

 その瞬間だった。


 糸を張り詰めたような感じが俺の中に襲ってきた。

 ドクン、と。

 鼓動がしだいに激しく高鳴っていく。

 なんだろう……この感じ。怖い。逃げなければ。だが、なぜ?

 本能が危険を察して騒ぎ出す。

 このドラゴンに触れてはいけない、逃げなければならない、と。

 そう警告してくる。

 なぜだろう。

 理由も分からず、俺は逃げ出そうとしていた。

 しかし──

 まるで金縛りにあったかのようにドラゴンと視線を合わせたまま俺の体が動いてくれない。

 身動きを封じられたというのか?

 冷や汗が頬をつたう。

 思考が真っ白に掻き消され、瞬きすら許されないほどに全身の隅々を完全に支配されていくような気がした。

 息すらも自由にできないほどに。


 精神を乗っ取られる。


 そんな危険を感じた。

 すると突然、俺の頭の中に響いてくる女性の声――。

 遠く記憶のどこかで聞いたことがあるような。


白き神クトゥルクよ、ずっとこのときを待っておりました》


 誰、だ……?


《さぁ、我とともに再び戦場へ赴かんことを》


 戦場?


 ドラゴンは瞼を下ろすと、伏せるようにそのまま体勢を低くし、俺に頭を垂れてきた。


《西の塔で強い魔物の力を感じます。我が背に乗り、共に大空を駆け、再びこの世の覇者となりし道へ》


 俺は激しく拒絶する。


 行かない。俺は覇者になんかならない。なるわけにはいかないんだ。


《なぜです?》


 わからない。

 なぜかわからないが、俺は混沌なる不安と恐怖に包まれた。

 永遠にこの世界に呪縛されるような恐怖を。


 急に、俺の額に鋭い痛みが走る。

 額だけじゃない、狂いそうになるほども頭全体がしびれるように痛んでくる。

 頭を押さえたかったが、俺は体一つ、指先一本さえ自由に動かせなかった。


 か、体が動かない。


 ドラゴンは垂れた頭をゆっくりと上げると、その鼻先を俺へと近づけてくる。

 逃げることもできずに、俺は強く目を閉じて恐怖に打ち震えながら耐えた。

 ドラゴンの鼻先が軽く俺の額に当たる。

 まるで何かの契約を施すかのように。


 少し離れた場所で、カルロスがやれやれとお手上げする。

「その程度で僕のジョセフィーヌを手懐けたと思わないでほしいな。言っておくけど、これは嫉妬なんかじゃない。君がこの程度で調子に乗るのが気に喰わないだけだ」


 違う……助けてくれ。

 言葉にしようとしたが声にならない。


 ドラゴンが俺から顔を離していく。


《我が契約は刻まれた。さぁ白き神よ、我とともにいざ戦場へ》


 青き空へと首をもたげ、ドラゴンは力の限りに咆哮した。



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