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突入!【47】 後


 おっちゃんの背を追って、俺は階段を駆け上がった。

 目指すは光差す上階。

 この階段を抜ければ観客席へと辿り着く。


 おっちゃんの足は意外にも速かった。どこにそんな持久力溜めているんだというくらいに階段を一気に駆け上っていく。もしかして俺の存在を忘れているんじゃないだろうか。

 そんな不安が俺の脳裏を過ぎった。

 だから俺は必死になっておっちゃんの背を追いかけ続けた。


 上階に近づくにつれ、強い陽の光が差し込んでくる。

 思わず俺は手をかざして影を作った。

 一足先におっちゃんが上階にたどり着き、足を止める。

 遅れて俺も上階にたどり着き、おっちゃんの隣で足を止めた。


 観客席と、その向こうに広がる闘技場。

 場内では一頭の大きなドラゴンが羽を休めている。――カルロスのドラゴンだった。

 鳴り響く祝福のファンファーレ。

 そして観客は勇者カルロスの帰還に沸いていた。

 迎える歓声と鳴り止まない拍手、それを祝って舞うたくさんの花びら。

 何事もなかったかのように勇者祭りは終わりを迎えようとしていた。


 俺は周囲を見回す。

 ティムの姿がどこにも見当たらない。

 誰かに取り押さえられたのだろうか。


『やられたな』

 呟いて、おっちゃんが俺の腕を荒く掴んだ。

 そのままくるりと踵をかえして俺の腕を引っ張り、階段を下りようとする。

 俺は慌てて足を止めておっちゃんに訊いた。


 え、ちょ──ど、どこ行くんだよ。王様への報告は?


『ここを離れる』


 離れるって、いったいなんで?


『竜騎軍はたしかに結界壊すと言ったがここで・・・壊すとは言っていない。精霊が王の傍に居ない時点で気付くべきだった。事はすでに手遅れだ。このままだと俺たちまで騒動に巻き込まれる。結界が壊れればクトゥルク無しで乗り切るのは困難だ。まずはお前の身の安全を確保する』


 俺はその場に足を止めた。

 おっちゃんの手を激しく振り払う。


 俺、行かない。


 おっちゃんが苛立たしく舌打ちした。すぐにまた俺の腕を掴んでくる。

『いいから来い』


 離せよ!


『お前がここに居れば事が大きくなるだけだ。北の砦の時に分かったはずだろ』


 だからってここに居る人たちを見殺せっていうのかよ! 俺は王様に知らせてくる。


『知らせてどうする? 手遅れですがと付け加えて話すのか?』


 結界はまだ壊れてない! だったらまだ間に合うはずだろ!


『間に合わないっつってんだろうが。考えろ。この騒動で出る犠牲者なんてたかが知れてる。だがお前が巻き込まれることで余計に犠牲者を増やすことになるんだぞ』


 その言葉に、俺は鋭くおっちゃんを睨みつけた。


 やっぱりおっちゃんって最低だ! 考え直した俺が馬鹿だった!


 苛立つ感情とともに、俺は隙をついておっちゃんを思っきり両手で突き飛ばす。

 油断したのかおっちゃんは体をよろめかせ、掴んだ手が一瞬だけ緩んだ。

 俺は逃げるようにおっちゃんの手からすり抜けると、そのまま観客席に向けて駆け出した。

 しかしすぐに追いつかれておっちゃんが俺の腕を捕まえてくる。


『いいかげんにしろ、お前』


 離せよ、クソが!


 ――ふいに。

 おっちゃんがいきなり足を止めて鋭く前方を睨み据えた。

 俺も振り向くようにしてその方向へと目をやる。


 あ、ティム……。


 ティムとその保護者な連れが一人。

 肩に小猿を連れた筋肉隆々の大男──どこかで見たような気がする──が、ちょうどティムを連れて外へ向かう途中といったところだった。


 小猿が俺を見て首を傾げる。

「はて。どこかで見覚えのある小僧っ子じゃな」


 少し声がわざとらしいようにも聞こえるのは俺の気のせいだろうか。

 でもちょうど良かった。

 俺は安堵に胸を撫で下ろす。

 ディーマンほど力強い味方はいない。

 このことをディーマンに話せば、もしかしたら手を貸してくれるかもしれない。

 

 なぁディーマ──。

 名を呼び、駆け寄ろうとした俺の腕をおっちゃんが激しく掴んで引き寄せる。

 そのまま俺を背に庇った。


 おっちゃん?

 俺はわけわからずおっちゃんを見やった。


 おっちゃんが俺の頭の中で呟いてくる。

『最悪なタイミングだな』


 最悪? なんで?


『一人で逃げられるか?』


 え? 逃げるって──俺が?


『説明している暇はない。お前だけでもここから逃げろ』


 逃げるったって……ディーマンだぞ? 味方じゃないのか?


『ディーマン一人なら問題ない。ディーマンと一緒に居る奴が危険なんだ』


 すると大男が鋭い顔で肩にいる小猿に問いかける。

「我が前に立ちふさがりし者は【白き者】か? それとも【黒き者】か?」


 小猿は白々しい様子で惚ける。

「はて? ワシには両方とも違うように見えるな。何者にも属さぬ者といったところかのぉ」


「属さぬ者……」

 大男は顎に手を当て考え込む。おっちゃんへと視線を向けながら、

「それは妙だな。一人は竜騎軍だ。味方とは言い切れまい。我が筋肉がさきほどから『この者たちと戦え』とうずいている」

 

 俺はごくりと生唾を飲んで一歩後退する。

 コイツ、変態か?


 小猿が大男を止める。

「やめよ。忘れたか? 戦場以外での戦いは禁じられておるはずじゃぞ」

「黒き者は殲滅する。それが我らの戦果」

「今はまだ戦果を挙げるときではない。先に手を出した方が負けじゃぞ。ワシ等には今やるべき事はあるであろう?」

 小猿の言葉に大男は視線を落とす。その手に連れているティムへと。


 ――その隙を見て。

 おっちゃんが後ろ手で俺を突き飛ばし、内心で言ってくる。


『今のうちに行け』


 よろめいて、俺は戸惑い気味に問う。

 行くって、どこに?


『どこでもいい! とにかく早く行け!』


 でも──


『いいから行け、早く!』


 わ、わかった。


 頷いて。

 俺は踵を返し、とにかくどこでもいいならと元来た道を走り出す。


 直後、俺の後方で鋭い金属音が響いた。

 振り返れば、おっちゃんと大男が戦闘を始めている。


 おっちゃん!


『止まるな、行け! 早く!』


 大男が観客席にいる誰かに向けて叫ぶ。

「キッカーだ! その覆面を逃がすな、捕まえろ!」


 え? キッカーって何? 俺が何したっていうんだよ?

 戸惑いつつもなんとなくヤバイ雰囲気に、俺は思わずその場から全力で逃げ出した。


 大男の声に騒然となる観客の人たち。

 何事かと注目が集る。

 騒然となる観客に紛れるようにして、観客のフリをしていた者達が次々と行動を始める。


 階段を目前にして、俺はそいつらに行く手を阻まれて行き先を失った。

 その場で足を止めて逃げ道を目で探す。

 焦り、戸惑い、逃げ場探しに時間をかければかけるほど寄ってくる数がだんだんと増えてくる。


 どこへ行けばいい? いったいどこへ?

 ふと、俺の肩に小猿が乗ってくる。


「小僧っ子、セディスの時からまさかと思っておったが」


 ぅげっ、ディーマン!

 突然のことに俺は驚き、顔を思いきり引きつらせて体を仰け反らせた。


「今までのよしみじゃ。今は・・事情は聞かぬ。手を貸そう」


 手を貸す?


「このまま突っ切って元来た道を戻るがよい。そこからなら外へ逃げられる」


 わ、わかった。


 切羽詰まっていたこともあり、俺はディーマンを信じることにした。

 言われた通りに俺は真っ直ぐ駆け出し、元来た階段へと向かう。


 途中、肩にいた小猿が地面へと飛び降りる。

 俺は足を止めた。

 

 ディーマン!


「構わぬ。行け、小僧っ子。そしてあの若造に伝えておいてくれぬか。――リディアの王都【オリロアン】で待つ、と」


 王都……?


「早く行くんじゃ! この場はワシが撒いてやる!」



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