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帰りたい【42】


 ふと、目を覚ませば。

 俺はベッドで横になって寝ていた。

 寝ぼけた頭で呆然と天井を見つめる。

 あれからどのくらい気絶していたのだろう。

 ガンガンと鐘打つような激しい頭痛はいつの間にか消えていた。


 部屋の中が明るい。

 夜のような薄暗さはなく、部屋の隅々までを照らす明かり。

 窓から差し込むまだ温かさの弱い斜陽が、俺に朝であることを告げていた。

 本当に静かな朝。


 ……。


 周囲をある程度見回した後、俺はため息を吐く。

 目が覚めても相変わらずの現実離れな異国の風景。

 まだ俺はこの世界に閉じ込められたままでいるのか。


 すると。


『お? 目が覚めたようだな』


 おっちゃんの声が聞こえてきて、俺はベッド脇へと目を向ける。

 そこにデンと、俺を見つめて座る竜人兵士の姿。


 ――!

 一気によみがえる昨晩の記憶。

 俺は大きく目を見開き、わけわからず混乱した思考でその竜人兵士を指差し、大声で叫んだ。


『な!?』


 突然叫んだ俺に驚いて、竜人兵士が椅子から転げ落ちそうになる。


「なんだ!?」

「何事だ!」

「いったいどうした!?」

「何があった!」

 御用だ、御用だ、と言わんばかりに次々と部屋に駆け込んでくる警邏隊。


 ――っ!

 叫びの途中で声がかすれ、喉にズキンと痛みが走る。

 俺はむせるように咳を繰り返した。


 警邏隊が咳込む俺と竜人兵士を交互に見ながらオロオロとしている。

 内一人が竜人兵士に事を訊く。

「い、いったい何が?」


 竜人兵士が疲れたように肩を落としてため息を吐いた。

『俺がいったい何したってんだ……』

 面倒くさそうに椅子から立ち上がり、そして「なんでもない。悪い夢でも見たんだろう」と警邏隊の人たちの背を押して、部屋から追い出していった。



 ※



 警邏隊の人を完全に部屋から閉め出した後で。

 竜人兵士はまた俺の傍へと戻ってきた。

 そのままベッド脇の椅子にドカっと乱暴な動作で腰掛ける。


『いちいち叫び声をあげるな。ここをどこだと思っている?』


 俺は改めて部屋内を見回し、そして疑問符を浮かべて首を傾げた。


 竜人兵士は投げやりに手を振る。

『あーそうか、分かるわけねぇよな。【詰め所】の仮眠室だ。昨夜、外で発狂のような声が聞こえてきたから外に飛び出してみればお前が倒れていた。そんで、ここまで俺が運んできてやったんだ』


 俺はハッと思い出す。

 ――そうだ、竜人


『竜人? ンなもん居なかったぞ。倒れていたのはお前だけだ』


 え……?


『ったく。叫んだり喚いたりするのは魔物に遭遇した時だけにしろ。何事かと思うだろうが』


 俺からしてみれば今のおっちゃんの姿は充分に魔物だった。


『そりゃ悪かったな。――で? 昨晩は何があってあんなところに倒れていた?』


 ……。

 少しの咳を残しつつ、俺は無言で顔を俯けていく。


 おっちゃんが苛立たしそうに口調を強めてくる。

『お前が交信を遮断していたお陰でこっちは何も分からずじまいだ。交信を遮断するなと何度も言っておいただろうが。それともなんだ? 俺が片時も目を離さず傍に居てやらないとダメなのか、お前は』


 ……。


『まぁいい。とにかく、何があったかを一から包み隠さず全部話してみろ。全部だ』


 俺は声を出そうとして、喉にちくりと刺す痛みに声を出すことを諦めた。

 昨夜のことで、だいぶ喉を痛めてしまっている。


 竜人兵士が自分の片胸を叩いて言う。

『だったら心の中で話せばいい。何があった?』


 俺は内心でぽつりとおっちゃんに言い返した。


 おっちゃんこそ、なんでそんな姿になってんだよ。


 竜人兵士は片手を挙げて肩をすくめる。

『この格好だと何かと都合が良かったんだ。体もこうやって、自由に動かせるようになったしな。それに王家の兵士とあってか、この詰め所でも優遇が良い。しばらくはこの姿のままで居ようと思っている』


 ……。


『どうした? なぜ黙る?』


 気楽でいいよな、おっちゃんは。


 竜人兵士はため息を吐いて話を続ける。

『俺だってな、昨夜はずっとお前のことを捜したんだぞ。交信が取れなかったせいで捜すアテもなったし、街中をウロウロするしかなかった。まぁ最終的に、ここで待ってりゃぁお前が来るかなと思って待っていたんだ』


 そのおかげで、俺はとんでもない目にあった。


『ん? とんでもない目?』


 ……全部おっちゃんのせいだ。


『俺のせいか?』


 そうだ。全部おっちゃんのせいだ。こんな世界に来なければ、俺はこんな目にあわずに済んだんだ。


『お前は何をそんなにひねくれているんだ?』


 戻せよ。


『はぁ?』

 唖然とする竜人兵士の胸服を、俺は感情的になって掴んだ。


 俺を今すぐ元の世界へ戻せと言っているんだ!


 呆れるようにため息を吐いて、竜人兵士は言葉を続けてくる。

『そのことについては何度も説明してやっただろうが』


 嘘なんだろ?


『嘘?』


 隠すなよ。本当は今すぐにでもログアウトできるのに、俺をこの世界に閉じ込めているだけなんだろ?


『お前が何を言いたいのかさっぱりわからん』


 チーズの例え話だよ! あの時すぐにログアウト出来ない理由について俺をチーズに例えて説明していたよな? どういうことなんだ? 俺がいつ異常になったのか、誤魔化さずにちゃんと説明しろよ!


『だからお前あれは……。ただの例え話だから深く考えるなっつっただろ』


 誤魔化すなよ!

 苛立った俺は竜人兵士の胸倉をさらに激しく掴んで内心で喚き散らした。


 だったらなんでこの世界に来る時はあっさり簡単に来られて、向こうの世界に帰れる時はこんなにも時間がかかるんだよ! 俺がこの世界で化け物になっていっているって言えばいいだろ! クトゥルクという化け物に! だから元に戻すのに時間がかかるって、ハッキリそう言えばいいじゃないか!


『……』


 竜人兵士の顔が急に真顔になる。

 しばし無言で俺を見つめた後、やがて俺の手を振り払い、静かに席を立った。

 ぽつりと呟き漏らす。


『……悪かった。俺が説明不足だったり急に色々説明し過ぎたりしたから、かえってお前を混乱させてしまったようだ』


 そう言葉を残し。背を向けて、竜人兵士は部屋の外へと歩き出した。


 俺は落胆の思いで肩を落とし、顔を俯けた。

 どうせこの世界から出られやしない。このままこの世界で俺は化け物になってしまうんだ。


 ふと、竜人兵士がドアの前で足を止めた。

 振り返ることなく背を向けたままで、ぽつりと俺に言ってくる。


『ちと水を飲みに行ってくる。またここに戻ってくるから、その時は俺と少し散歩に出掛けないか?』



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