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戦いの記憶【41】


 俺は夜の街中をひたすら走っていた。

 月明かりで薄暗く、舗装の弱い道に何度も転びそうになる。

 俺の頭の中はアデルさんに託された想いでいっぱいだった。

 絶対にこのことを王様に伝えるんだ。そう、強く決心する。

 とにかく今は逃げ切ろう。

 しかし相手は竜人。人間相手から逃げるならともかく、得体の知れない相手からそう簡単に逃げ切れるだろうか……?

 俺の脳裏を不安が過ぎる。

 このまま見つかれば確実に殺される。

 どこか逃げ込めるような場所はないだろうか。誰かが助けてくれそうな場所。

 ふと。

 昼間アデルさん達が窃盗犯を捕まえた時に行った警察署みたいな場所を思い出した。


 そうだ、【詰め所】に駆け込もう。そこへ行けば保護してもらえるはずだ。事情を話せばきっと分かってもらえるはず。戦力になる人だってきっと居る。あの竜人たちも詰め所に乗り込んでまで下手に騒ぎは起こしたくないはずだ。


 そう思った俺は入り組んだ裏道を抜けて、ようやく広い表通りの道へと出た。

 ぽつんと明かりの灯る警邏隊の詰め所を見つける。


 見つけた!


 その窓からちらほらと数人の警邏隊の姿も確認できる。


 良かった。これで助かる。


 安堵に息を吐き、俺は詰め所まで一気に走り出した。

 ――が、しかし。

 俺はその窓の向こうに一人の竜人兵士の姿を見てハッと足を止めた。


 しまった。

 先回りされて手を打たれてしまっている。

 今詰め所に駆け込めば、きっと捕まるに違いない。


 俺はその場に留まり周囲を見回した。

 どこか身を隠せる場所を。

 殺される恐怖心から必死に隠れ場を探して視線を走らせる。

 このまま口封じに殺されてたまるか。なんとしても生き延びるんだ。

 気持ちだけが焦る。

 嫌な汗が頬をつたった。

 どこに逃げればいい? 絶対に見つからない安全な場所ってどこにあるんだ?

 思いつくのは樽、ゴミ箱、死角となる壁。

 樽やゴミ箱なんてそこら辺に無いし、どこの壁に隠れても見つかりそうな気がする。

 せめて保護してくれそうな家はないだろうか?

 家々を目で探すも、どこも寝静まって明かりが消えている。

 大声でドアを叩いて家の中に入れてもらうことも一瞬考えたが、住民がドアを開ける前に竜人に殺されそうな気がした。

 とにかくまずはこの大通りから離れよう。こんな広い場所だと確実に見つかる。

 ダメもとの直感任せに、俺はふと目についた逃げられそうな一本の路地裏を選び、そこに駆け込んだ。



 ※



 生き延びる為に駆け込んだ路地裏。

 ――それが最悪な結果を運ぶこととなった。


 直感がアダとなり、俺はあっけなく一人の竜人と鉢合わせた。

 竜人が両腕を広げて俺の行く手をはばむ。


「見つけたぜ。逃げごっこは終わりだ」


 俺は足を止め、元来た道を引き返そうと体の向きを変える。


「挟み撃ちといこうか」


 もう一人の竜人が、俺がさっき通ってきた道――大通りから逃げ道をふさぐようにして現れる。

 挟まれる一本道の路地裏。

 脇道もなく、俺は完全に逃げ場を失った。


 しだいに竜人二人は俺との距離を詰めてくる。


「残念だったな。逃げられるとでも思っていたのか?」

「お前が土地勘のない奴で良かったよ。おかげで楽に始末できる」


 近づいてくる竜人二人に、俺は無言で拳を構えた。

 竜人が笑ってくる。


「無駄だ、無駄。人間のヘボイ拳じゃぁ俺たちの固いボディには通用しないんだよ。強化魔法使わなければ骨が折れちまうだけだ」

「大人しくしてりゃぁそれほど痛い思いをさせずに楽にあの世に送ってやるぜ」


 抵抗する術もなく不意を突かれて一人の竜人から羽交い絞めにされ、もう一人の竜人が携帯ナイフを取り出してくる。


「てめぇを殺すにはこんなもんで充分だろう」


 竜人はニタリと笑いながら俺の目の前でナイフを振りかざす。

 その白刃が月夜に光る。

 まるで死の宣告を示す光のごとく。


 ――殺される。

 恐怖が俺の中を駆け巡った。

 こんな見知らぬ異世界の土地で、俺は死ぬのか?

 脳裏に浮かぶ友達の顔、そして両親、今までの楽しかった日常での記憶。

 それが走馬灯のように次々とよみがえってくる。

 不安で、恐怖で、無駄に殺される自分の命が悔しくて、涙が溢れそうになった。

 なんで俺がこんな目に!

 こんなところで死にたくなんかない!


 振り下ろされるナイフの刃先に、俺は反射的に目を閉じた。


 その後の記憶が、俺の中で一瞬だけ飛ぶ。




 ――気付いた時には。

 俺は地に倒れた竜人の一人に馬乗りになって、そいつの心臓位置に手の平を当てていた。

 脳裏に浮かんだ複雑構成の魔法陣がフッと霧のようにしてかき消えていく。


 俺は……いったい何を?


 そっと手を退ければ、その竜人が咳き込むように血を吐いた。

 竜人の血が俺の顔に飛び、俺は呆然とする。

 息絶え絶えに、竜人が恐怖に引きつった顔で俺に言う。


「戦場の……鬼神……」


 違う。

 俺は拒絶するように首を横に振る。

 違う……俺は、そんなものなんかじゃない……。

 俺はただの異世界人だ。変なおっちゃんから最強の力をもらっただけの、ただの異世界人のはずなんだ。


 ふいに俺の片手を竜人がガシリと掴んできた。死にかけた顔色で必死に命乞いをしてくる。

「頼む……命を取らないでくれ……全ては上官の、指揮階級の命令でやったんだ……俺は関係ない……だから、殺さないでくれ……」


 命を取る?

 俺は首を傾げた。


 いったい誰が?


 無意識に自分の手の平へと視線を落とす。

 俺が?

 手の平を見つめながら、さきほど脳裏で消えた複雑構成な魔法陣のことを思い出す。

 途切れた意識の中で俺は、竜人から何かを奪おうとしていた。

 何か──その命、を。


 少しずつ、それは気付かないうちにゆっくりと俺の中で侵食し始めているように思えた。

まるでじわじわと恐ろしい化け物へと変貌していくかのように。


【チーズが水を含んだ状態だと元の皿に戻った時、その皿の世界では異常な姿だ。だったら元の姿に・・・・戻してやればいい。こうやってな】


 元の姿って……いったい俺がいつ異常・・な姿になったっていうんだ?


 途端に激しい頭痛が俺を襲う。

 今までに感じたことの無いほどの鋭い痛みだった。

 掴まれた竜人の手を激しく振り払い、俺は痛みのあまりに両手で頭を癇癪かんしゃく気味に掻き掴んだ。

 ガンガンと鐘打つ意識の中で、あの時のおっちゃんの言葉が蘇ってくる。


【お前はこっちの世界の人間だろうが。何言ってんだ?】

 

 違う、俺は──!


 完全にパニックを起こした俺は喉が張り裂けんばかりの声で発狂し、そのまま意識を失った。



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