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理由を聞かせてくれないか?【38】


 ミリアの待つテーブルへと戻ってきた俺たちは、ティムを含めてそれぞれ席についた。


 アデルさんがティムに、なぜ竜騎軍にあんなことを言ったのか理由を訊くと、ティムは顔を俯けてぽつりと語り出した。


「今回のレースはイカサマだったんです。優勝者はすでにわかっています」


 え?


 アデルさんが身を乗り出すようにしてティムに問いかける。

「どういうことだ?」

 ティムは顔を上げて答えた。

「仕組まれていたんです。全てはある一人の勇者を優勝させる為に。竜騎軍が裏で手を貸していたんです。さきほどの竜騎軍たちが、その勇者が優勝できるよう仕掛けてきたと話していました。それを聞いて、僕――」

「仕掛けてきただと? 何をだ?」

「……」

 視線を落とし、ティムは顔を俯けて静かに首を横に振った。答える。

「分かりません」


 しばしの間を置いて。

 アデルさんが口重くティムに声をかける。


「ティムよ」

「はい」

「全てはある一人の勇者の為に、と言ったな。その勇者の名は?」

「カルロスです。カルロス・ラスカルド・ロズウェイ。その人が今回のレースの優勝者です」

「ロズウェイ大公の一人息子か。やはり……」

 語尾を濁すアデルさんの表情は硬い。


 ティムはテーブルの下で悔しげに拳を握り締めていった。怒りを噛み締めるようにうめく。

「こんな……あの人がこんな卑怯な手を使う人だったなんて。もしかしたら僕の村が魔物に襲われたのも──」

 言いかけて、ティムは考え直すように首を振る。

「いえ。たとえ僕の村が襲われたのが偶然だったとしても、金の力で勇者になるような奴が勇者として認められて、世の中許されるのでしょうか?」


 アデルさんがため息交じりに「ふむ」と吐いて顎を撫でる。

「たしかに勇者になるにはそれなりの功績が必要だ。だがな、ティムよ。この世の中、その者を勇者として認めるほど国も王も腐ってはいない。もし我輩が王ならば、まずそういう奴を勇者とは認めんな」

 ぽたり、と。

 ティムの目からボロボロと涙が溢れ出てくる。

「おいらは一体何の為にここまで……」

「泣くでない。男であろう? 涙は堪えよ」

「けど」

 涙声になって、ティムはとうとう腕を目に当てて激しく泣き出した。

 そのティムの頭をアデルさんは優しく撫でて諭した。

「悔しい気持ちはわかる。お前さんは非常に真っ直ぐな瞳をしておるな。

 世の中はけしてそういう過ちを許しはせぬ。いや、許してはならぬのだ。安心するが良い。そういう者は黙っていてもいずれ地へと堕ちよう」


 ……。

 俺は内心でおっちゃんに呼びかける。


『なんだ?』


 カルロスなんたらって、誰?


『お前が腹立つと言っていたあの勇者だ』


 はぁ!? あいつが!


 フフンと何かを納得するように、おっちゃんが意味深なことを言い出す。

『やはりそういうことだったのか。それであの時「僕は勇者になる男だ」とデカイ口を叩いていたってわけか。ラスカルド国といえば裏で絡むは【洗礼の巫女】ってとこだな。怪しんでマークして正解だった』


 どういうことだよ。


『教えない』


 なッ! そこまで言って教えないは──

 急に鋭い痛みが襲ってきて、俺は思わず顔を歪めて額を押さえた。

 そして聞こえてくるおっちゃんの声。さっきとは違う、少しくぐもった独り言のような声だった。


『やはり近い将来、奴らは勇者を利用して大規模な戦争を』


 なんだよ、それ。どういう意味だよ。


 ……。


 あれ? おっちゃん?


 ミリアが小首を傾げて俺に言ってくる。

「なんですか? 私の顔をじっと見てきて」


 え! あ、いや。そういうつもりじゃないんだ。その……

 俺は慌てて両手を振ってミリアから顔を背けた。

 くっそぉ、おっちゃんの野郎。もっと別の交信方法ってないのかよ。


 ふいに。

 通りすがりの男が後ろからポンと俺の肩を叩いてくる。

「よぉ、久しぶりだな」


 俺はびくりと身を震わせた。

 え? だ、誰だよ。

 見知らぬ中東風の男だった。


 男はニッと笑って言ってくる。

「俺だよ、俺。忘れたのか?」


 し、知りませんけど。


 急に男の声が変わる。

『お前の連れに伝言を頼まれたんだ』


 俺は内心で叫んだ。

 おっちゃん!?


 頭の中でおっちゃんが言葉を続ける。

『悪いが、お前はこのままこの人たちと一緒にいろ。俺は所用ができた。少し出掛けてくる』


 ま、待てよ! 出掛けるってどこにだよ!


『教えない』


 教えないじゃないだろ! 俺も一緒に──

 俺の頭をぐっと手で押さえ込んで席に留め、おっちゃんは声に出して伝言を告げる。


『この人たちと一緒にいろ。すぐに戻る』


 戻るって──いったいどこに!?

 慌てふためく俺をその場に残し、おっちゃんは後ろ手を振りながら店を出て行った。


 アデルさんが驚いた顔で俺に尋ねてくる。

「知り合いか?」


 え、えっと。まぁ……そんなところです。

 頬を引きつらせて俺は必死に説明した。


「なぜ言わなかった? 近くに居たのなら席に呼べば良かったろうに」


 えっと……。


 言葉を詰まらせる俺の隣でミリアがガタリと席を立つ。キッと鋭い目で俺を睨んできて、

「私、ちょっとお手洗いに行ってきます」


 え? あ、うん。


 気圧される俺をよそに、ミリアは便所とは逆方向となる店の外へと出て行ってしまった。


 あ、あれ? ちょ、どこに?


 アデルさんが面白がるようにして鼻で笑う。

「ほぉ。お手洗い・・・・に、ねぇ……」


 まさか、おっちゃんの後を追いかけていったのか!?

 気付いた俺は慌てて席を立つ。


「大丈夫だ」

 アデルさんが俺の服を掴んで引き止める。

「たとえお前さん達が何者だろうと、ミリアはアカギ以外に興味は示さんよ」


 アカギ?


「お前さん達がアカギの一味でないことが分かれば戻ってくるだろう」


 アカギって?


「知らないなら知らない方がいい。奴らに関わると巻き込まれるだけだ。我輩のようにな」


 巻き込まれ……え? アデルさんって何かに巻き込まれているんですか?


「我輩のことはどうでもよい。とにかく座るがよい」


 あ、はい。


 雰囲気に呑まれ、俺は言われるがままに椅子に腰を下ろした。

 アデルさんが話を戻す。ティムへと顔を向けて、

「ティムよ」

「……はい」

「その件、我輩に任せてはくれぬか?」

「え、でも」

 言葉を手で制して、アデルさんは真剣な顔でティムに言う。

「お前さんはこれ以上関わらない方が良い。ロズウェイ大公しかり、竜騎軍がどこまでこの件に絡んでいるかわからん。お前さんの身の為だ。このことに関しては、けして他言するでないぞ」

「……」

 やがてティムは無言で俯いた後、静かに頷いた。

 それを確認し、アデルさんは俺へと視線を変えてくる。


 え? 俺ですか?

 俺は自分の顔を指差し、その手を顔前でぶんぶんと振った。


 だ、誰にも言わないですよ。誰に話すって言うんですか?


「そうではない」

 アデルさんはガタリと席を立つ。俺の片腕をしっかりと掴んで、

「お前さんはちと我輩に付き合え」


 え? な、なんで?


「お前さんは我輩の弟子であろう?」


 いつからそんなことになったんですか?


「ここを出る。支度をせよ」


 し、支度って……? 何も持っていませんけど。


「身のままで良い。席を立て」


 あ、はい。


 俺はしぶしぶと席を立ち、アデルさんとともに店を後にした。



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