あ、間違えました。人違いです。【30】
オープニング・イベントも終わり、巨大闘技場の外は出てきた人たちで溢れていた。
そこから少し離れた場所で、俺はひたすらおっちゃんが戻ってくるのを待ち続ける。
【所用を思い出した。ちょっとここで待っていろ】
おっちゃんにそう言われから、もう三十分近くは過ぎたと思う。
……。
言っておくが、俺はけして迷子になったわけではない。おっちゃんが俺を捜しきれていないだけである。
この歳にもなって迷子とか恥ずかしすぎる。
俺は何も悪くない。
場所もここで合っていると思う。
ただちょっとだけ。ほんのちょっとだけの間、俺はおっちゃんに似た人を見かけて、その行動があまりにも不審だったために、今度は何を企んでいるのかとこっそり後をつけてここから離れた時があった。
時間にして五分くらいだったと思う。
俺はけして人違いをしたわけではない。
これはあれだ。その人を見た瞬間に何か潜在的直感を覚えたってやつだ。
もし俺が探偵だったとしたら事件現場で犯人を見かけたらきっと追いたくなる。きっとそんな感じだと思う。
そいつの後をつけてみたら、こそこそと裏道で何か作業をしているようだったので、おっちゃんだと思い込んでいた俺は何気に背後から声をかけてみた。
けして今までの憂さ晴らしに驚かそうと企んでいたわけではない。
結果、驚かれたのは言うまでもなく、「見られたからには生かしてはおけん!」などと刃物を出されて襲ってきた時には正直どうしようかと思った。
今更人違いでしたなんて言える雰囲気じゃなかったし、ごめんなさいで許してもらえる感じでもなかった。
殺されそうになったところを、たまたまそこに通りかかった山賊の頭領っぽい感じの男――どこかで見た気がする──その人が助けてくれたのだ。
礼を言って、俺はその場を後にしたのだが。
……。
この人、なぜいつまでも俺についてくるんだろう。
俺の隣でガハハと男は豪快に笑う。
「なーに。実は我輩も迷子なのだ」
いや、堂々と良い大人が何言っているんですか。
「お前さん、なかなかいい目をしておるな。あの暗殺者を尾行できるとは大したモンだ。うむ。まぁそこまでは良い。だがいかんせん、戦いに対する度胸がなさすぎる。戦闘は初めてか? ん?」
いや、あの
すぐに男は俺の言葉を手で制す。
「いや良い。何も言うな、わかっておる。民の気持ちも事情も、お前さんのその辛く涙ぐましい人生を語らずとも我輩の心にはちゃんと届いておる。黒王、黒騎士、魔物、侵略軍に盗賊団。戦いが全てのこの世の中で涙無しに語る人生などない」
……。
俺は内心で思う。
どうしよう、この人。助けてもらったはいいが、なぜいつまでも俺の傍にいるんだ? 俺の話も聞いてくれていないみたいだし。しかもなんだろう、この緊張感。見た目はただの山賊っぽいおっちゃんなのに、しゃべり方が独特すぎてどう扱っていいかわからねぇ。
男はコホンと軽く咳払いする。
「それはともかく。魔物蔓延るこの世の中で、戦いができぬ男児とは何たるものぞ。よし、今日からお前さんを我輩の弟子としよう。この我輩が直々に指導してくれようぞ」
いやあの、結構です。
男の目がカッと鋭くなる。
「何を言う! 男児たる者、魔物と戦わずして何を心得る!」
心得る……。
俺の目が白んだ。
そのまま空へと視線を向ける。
うだるようなこの暑さの中で、なぜこの人はこんなにも暑苦しい台詞を発するんだろう。
男はぐっと拳を握り締めて力弁し始めた。
「勇者とは勇敢なる者を指す。お前は勇者になりたくはないのか? 黒騎士や魔物に勝てる力が欲しくないのか? お前には勇者としての才能がある。その才能を我輩が目覚めさせようと言っているのだ。我輩にはわかる。お前の中に眠る、その大いなる才能が。その才能が我輩に『目覚めさせよ!』と叫んでいる」
マジでどうしよう、この人。
「お前には身内がいないと見受ける」
……は?
「隠さずとも良い。我輩にはわかる。一人で寂しいのであろう?」
いやあの、寂しいのはそっち──
男が俺の言葉を手で制す。
「いや良い、語るな。わかっておる。お前さんには仲間が必要だ」
仲間はすでに居ます。できればこのまま放っておいてくれませんか?
「我輩はもう決めたのだ。これは導かれし運命だ。こう見えても我輩の勘は当たる。お前さんは我輩の傍を離れてはならない宿命なのだ」
それ遠まわしに、一人でここにいるのは寂しいから一緒に居てくれって言っているようなもんですよね?
「寂しいのではない。我輩は孤独なのだ」
いや、だから寂しいんですよね?
「……」
男は素直に頷いた。




