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気になること【29】


 闘技場内の通路を俺はおっちゃんと肩を並べて歩いていた。

 たまにおっちゃんがちらちらと後ろの様子を気にしている。


 なぁおっちゃん。


『なんだ?』


 なんかさっきからずっと後ろを気にしてるけど、どうかしたのか?


『いや……別に、何があるわけでもないんだが。さっきから誰かに後をつけられているような』


 怖ぇーこと言うなよ。


『俺の気のせいだろう。まぁいい、気にするな。――それよりお前、まだ苛立っているのか?』


 当たり前だろ。アイツって有名な勇者なのか?


『有名は短命。有名な勇者ほど戦場で黒騎士と戦い、命を散らしている』


 散らしているとか言うなよ。


『所詮この世は戦いが全てだからな。有名ということはそれだけ腕っぷしが良いってことだ。こんなレースに出る必要なんてない。

 ――お。そこの席が空いているな。そこに座るか』


 あ、ほんとだ。そこに座ろう。


 巨大闘技場の観客席――と、いっても石階段に座る簡易なもの──に、おっちゃんと俺は腰掛けた。

 ドーム型というよりU字型。おそらくは場内の開けた部分からドラゴンが飛び出して行くんだろう。

 場内には勇者とそのドラゴンがスタンバイを始めている。

 ドラゴンの巨体が入るくらいだ。向かいの観客席が双眼鏡無しでは見えないほど遠く離れている。

 見渡す限りの人、人、人。

 街の中にこんなにも人が居たのかと、俺は驚きでいっぱいだった。


『宿泊部屋がとれなくて当日到着した奴らもいるだろうからな』


 なぁおっちゃん。


『なんだ?』


 この祭りって有名なのか?


『有名っつーか……まぁ、有名だな』


 勇者ってさ、結局なに?


『何ってなんだ? 勇者についてはさっき説明しただろう?』


 そうじゃなくて。さっきの──


『あー、アイツか。ま、世の中にはあぁいう奴でも心無しに勇者と呼ばれることもある。いちいち気にすることじゃない』


 ぼそりと。俺は頭の中でおっちゃんに言う。

 クトゥルクぶっ放せとか俺に言ったくせに。


 頭の中でおっちゃんが言葉を返してくる。

『最初に言い出したのはどこの誰だったか?』


 なぁおっちゃん。


『なんだ?』


 いつ始まるんだ? これ。


『王様が椅子に座ってからだ』


 どこに座るんだ?


 おっちゃんが向こうを指差す。

『この向かいの、どこかあの辺り──あーちょうどあの辺だ』


 どこだよ。遠すぎて見えねぇよ。


『あそこに赤旗の鉄柱が立っているだろ。あの場所からずーと視線を下ろして──あの辺りだ』


 だから、どこだよ。見えねぇよ。


『見えないか?』


 普通見えねぇだろ。おっちゃんって目がいいな。


『魔法で視力を上げているからな』


 なんだよ、それ。俺にも使えるのか?


『使えない。お前が使える魔法は限られている。手を叩いて明かりを付けるのと、賭けのイカサマくらいだ』


 ……。

 俺は無言で拳を固めた。


『冗談だ。そう怒るな』


 もう二度とやらせるなよ。次やらせたら俺、二度とこの世界に来ないからな。


『はいはい、わかったよ。クソ真面目な奴だな、お前』


 ――ん?


『どうした?』


 ふと、俺たちが座る真下の入場口から一人の兵士が出てきた。

 俺はおっちゃんに問う。


 なぁおっちゃん。


『なんだ?』


 下から誰か出てきたぞ。見た目が勇者って感じじゃないんだが──


『ラッパ隊だ』


 ラッパ隊?


『王様が現れた時とレース開始直前にラッパを鳴らす兵士だ』


 へぇ。そんなのがいるのか。


『ラッパが鳴ったら立てよ』


 立つ?


『起立、着席だ。それだけでいい。深く考えるな』


 わかった。


 ラッパのファンファーレが鳴り、観客席にいた全員が一斉に席を立つ。

 ……。

 何があるわけでもない。

 その後は周囲の流れのままに静かに座った。

 王様が席に着いたようだが、遠すぎて全く見えない。


 あーぁ。見たかったなぁ、王様。


 おっちゃんが軽く鼻で笑う。

 ──って、なんで笑うんだよ。


 頭の中で言ってくる。

『いや、別に。クトゥルクを持っている奴が言う台詞じゃねぇなと思ってな』


 言ったら悪いのか?


『正体がバレれば世界中の王たちが嫌というほどお前に会いに来るぞ』


 会いに来る?


『前にも話しただろう? 黒騎士以外にも世界中の誰もがお前の力を狙っているってな』


 あー。聞いた気がする。


『だから気軽にクトゥルクという言葉を口にするんじゃない。この世界ではそういうのを口にしていると次の日行方不明なるって昔からよく言われたもんだ』


 なんかそれ、祖母ちゃんの知恵袋みたいな話だな。


『ちなみに実話だ。その翌日には遺体で見つかるらしいけどな』


 い、遺体?


 俺は青ざめた顔でぶるりと身を震わせた。


 それって……儀式的な何かなのか?


『儀式的な何かだ。とある国ではクトゥルクの生き血を吸うと不老不死になれるとかいう伝説がある。――あ。たしかこの国にもクトゥルクにまつわる変な伝説があったなぁ……。あれは、なんだったか』


 おっちゃん、俺今すぐ元の世界へ帰りたい。


 がしっと。すかさずおっちゃんが俺の肩を掴んで引き止めてくる。

『まだ無理だ』


 いつ帰れるんだよ。


『さぁな』


 だったら今すぐクトゥルクを別の誰かに譲ってくれ。こんな使いどころの分からない最強の力なんて俺いらないから。


『いらないも何もどうしようもないからな。その力、お前にしか適合しない』


 もうその手には乗らないからな。俺は騙されている。きっとこの力は誰かに譲れるはずだ。


『無駄な努力だな』


 ぐぬっ……!

 俺は苛立たしく歯を食いしばった。

 しかしすぐに、俺はふとさっきのおっちゃんの言葉に違和感を覚える。


 なぁおっちゃん。


『なんだ?』


 さっきの――

 言いかけて、ファンファーレが鳴り響いた。


 場内に目を向ければ、ドラゴンが一斉に両翼を広げた。


 張り詰める空気。

 無音なる時間。

 ほんの一瞬の間を置いて。

 

 次々とドラゴンが大空へと飛び立った。


 飛び立った際の余韻の風で舞い上がる、大量の砂ほこり。

 真っ白の幕に覆われて向こう側が何も見えなくなる。

 これはあれだ。まるで砂嵐サンド・ストームだ。一種の災害レベルである。

 場内と観客席との間に結界が張られていたお陰で、目にゴミが入っただの咳が止まらないだの息苦しいだの、その心配はなかったのだが……。

 まぁ一目見て、俺が思ったことは。

 目の前でバトルされても何も見えねぇってことか。



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