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サインぐらいしてやれよ【28】


「いやぁどこに行ってもこの人だかりで困るな~。一応変装していたのにすぐにバレちゃうなんて」

 ファサぁと、長い金髪をかき上げる二枚目顔の青年。

 その度に周囲の女の子たちから黄色い声が上がる。


 明らかに勇者なる格好をしたその青年は、なんともわざとらしい自己宣伝していた。

 離れた場所に立つ俺の存在に気付いたのか、青年はちらりと俺に視線を向けてくる。


 外国人っぽいリアクションでオーバーによろめく。

「Oh~、僕としたことが。僕の人気にシットしてライバル勇者の登場だ」

 女の子の視線が一気にこちらに集中してくる。


 俺は半眼でうめいた。

 それ、俺がこんな格好しているからか?


「違うのかい?」


 俺は勇者じゃない。


「だったら僕の前から消えてくれないか。僕の頭の中はライバルのことでいっぱいなんだ。レース前は気が立っていて誰にでもすぐに噛み付いちゃうからね。悪い癖だとは思っているけどこれが僕なんだ。無力な一般市民を傷つけるなんて僕のポリシーに反するよ」

 その言葉に女の子たちが喜び「キャーかっこいい」とか「ステキ」とか騒いでいる。


 ……。

 俺は無言で拳を固めると内心でおっちゃんを呼んだ。


『なんだ?』


 クトゥルクの力が急にみなぎってきたんだけど。


『その力はきっと気のせいだ』


 絶対気のせいなんかじゃない。今すぐクトゥルクをぶっ放したい気分だ。


『そんな理由でクトゥルク使うな。黒騎士と戦う時がすごく虚しくなるだろうが』


「勇者さま!」

 ティムが叫んで二枚目勇者の前に進み出る。


「おいら、遠くウルセイラ村からやってきました。あなたは魔物に襲われていたおいらを助けてくだり、何も言わずに立ち去ってしまって──おいら、ずっとそのお礼が言いたくて。

 あなたは命の恩人です。あの勇姿は一生忘れません。僕もあなたみたいな勇者様になりたいです」


 ティムの言葉に女の子たちが妄想に胸をときめかせて酔いしれる。「さすが勇者様」とか「かっこいいですわ」とか。


「……」

 二枚目勇者が記憶の無いことに少し戸惑いを見せているようだ。それもそのはず。ティムを助けたのはおっちゃんなのだから。


 って、オイ。天狗野郎の株がさらに上がったぞ。今すぐ事情を説明してやったらどうだ?


『いや、このままにしておこう。その方がいい』


 なんだよそれ。なんか釈然としないな。すげーモヤモヤする。


 何を思ったか、急に二枚目勇者が開き直ったかのように自慢の金髪をかき上げて言う。

「礼なんて必要ない。あんなの朝飯前の軽い運動だよ。軽すぎて僕の記憶に無かったようだ。気にしないでくれ。僕は勇者として当然のことをしたまでさ」


 おっちゃんが頭の中で俺を呼んでくる。

 ――って、なんだよ。


『前言撤回。今すぐあの野郎にクトゥルクをぶっ放せ。全力でだ』


 本気か、おっちゃん!?


 ティムが二枚目勇者にサインを求める。

「あの! これにサインしてください!」

 本人にとっては大事な一枚布なのだろう。差し出したその布はお世辞にもきれいとは言えなかった。


 二枚目勇者が不機嫌に顔を曇らせる。

「なんで僕がそれにサインしなければならないんだい?」

 一応周囲へのフォローの為か、二枚目勇者が女の子たちを見回しながら爽やかに言う。

「彼女たちみたいなカワイイ子猫ちゃんの頼みならまだしも、僕は野郎相手にサインはしない主義なんだ。サインなら他の奴にもらってくれ」

 

 ティムがショックを受けた顔で呆然とその場に立ち尽くす。


 俺は女の子たちを押し退けて二枚目勇者に近づくと、無言でその胸倉を掴みあげた。


 二枚目勇者の顔が引きつる。

「な、なんだよ、君。無礼だな。僕はレース前の勇者だぞ。怪我したらどうしてくれるんだ?」


 サインぐらいしてやれよ。


「は? なんだい? 君は。一般人だろ? 僕は勇者になる男だぞ。僕にこんなことしていいと思っているのか?」


 勇者だ? そんな性格で勇者を名乗ってんじゃねぇよ。


「君に勇者の何がわかるっていうんだい? 君こそ勇者を語る資格なんてない。勇者になれないからと僕をひがまないでくれよ。僕は君らとは格が違うんだ。なんといっても僕はドラゴンに乗れる。それが全ての証さ。君にドラゴンが乗りこなせるのかい?」


 やってやろうじゃねぇか。


『そこまでにしとけ』

 おっちゃんが俺の手を掴み、二枚目勇者から引き離す。


 離せよ、おっちゃん!


『いいから落ち着け』


 二枚目勇者は乱れた衣服を整え、俺を見下すように言ってきた。


「どうせ強がりなんだろう? 出来もしないのに大口叩かないでくれないか。僕は幼少の頃からドラゴンに乗る教育を受けてきたんだ。大人ですら怖がって乗らないドラゴンを僕は五歳で乗りこなした。つまり、僕は生まれた頃から勇者になることを運命付けられていた高貴な存在なんだ。ドラゴンに乗れるということは聖なる勇者の証。口先だけの君にドラゴンが乗りこなせるわけがない。なぜなら僕はクトゥルクに選ばれた勇者だからね」


 はぁ!? クトゥルクは俺ぶむっ──


 おっちゃんが頭の中で俺を叱責してくる。

『落ち着け! 何を言おうとしているんだ、この馬鹿野郎が!』


 だっておっちゃん、コイツ──!


『頭を冷やせ! いいからちょっとこっちに来い!』

 おっちゃんに口を塞がれたまま、俺はもがもがと悪態を吐きながらも引き摺られるようにしてそこから強制退場させられた。



 ※



 あの場所からだいぶ離れた壁際の場所まで移動したところで。

 おっちゃんは俺の胸倉を掴み、俺の背をドンと壁に押し付けた。

 俺はすぐさまおっちゃんの手を掴み返し、内心で叫ぶ。


 離せよ、おっちゃん!


 おっちゃんが怒りぶちまけんばかりの気持ちを顔中に滲ませ、俺の頭の中で言ってくる。

『いいか。こんな人混みに密集した逃げられない場所で、絶対に、二度とクトゥルクという言葉を口にするな。わかったな?』


 わかったから離せって!


 ようやく解放されて。

 俺はすぐさまおっちゃんに喧嘩腰に喚いた。


 なぁおっちゃん! 今すぐ俺にドラゴンの乗り方を教えてくれ!


 おっちゃんがうんざりとため息を吐き、答えてくる。

『安い喧嘩だろうが。乗せられるな。もっと冷静になれ』


 ドラゴンってどこにいるんだ? 火山か? どうすれば見つかる?


 顔を片手で覆って、おっちゃんが呆れのため息を吐く。

『なんでお前はこう安い喧嘩にいちいち……あのなぁ。今回は祭りを見るのが目的だったはずだ。これ以上余計な騒動を巻き起こすな』


 なッ! それじゃ俺が毎回毎回クトゥルクの力を使って騒動ぶぐっ──


 俺の口を慌てて塞いでおっちゃんが頭の中で怒鳴ってくる。

『この馬鹿ッ! その言葉を声に出すなとさっき言ったばかりだろうが!』


「あ、あの!」

 ふと声が聞こえてきて。

 俺とおっちゃんはその方へと目をやった。

 そこにはティムが今見つけて駆けつけてきたかのように息をきらしていた。

 俺に向けてぺこりと頭を下げる。

「さっきは、おいらの為にありがとうございました」


 無言で。

 おっちゃんが俺から手を離してくる。


「全部おいらが悪いんです。レース前で勇者様は気が立っているというのに、おいらが図々しくサインなんか求めたりするから──」


 ……。

『……』


 おっちゃんと俺はしばし顔を見合わせ。

 そして。


 俺はティムの傍に歩み寄ると、腰を屈めてティムに優しい声音で語り掛ける。

 そんなことない。あんな奴のサインなんてもらわなくて正解だ。


「え?」

 ティムが頭を上げて俺を見る。

 俺はニッと笑ってティムに言った。


 勇者、目指すんだろ? だったらお前が誰かにサインしてやるくらいになれ。



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