俺は何かを忘れている【22】
――その後。
おっちゃんとなんだかんだと喧嘩腰で言い合いながら宿に帰り着いた俺は、おっちゃんの案内で大衆浴場の蒸し風呂に入り、そのままくたびれるように部屋に戻ってきた。
酒に酔い回ったおっちゃんは床に倒れるように眠り込んだまま、いびきをかいて床で寝てしまっている。
部屋に一つしかないベッド。ここはおっちゃんが借りた部屋だから俺は床で寝ようと思ったが、
『俺はベッドが嫌いなんだ。使いたきゃお前が好きに使え。俺は床で寝る』
と、ぶっきらに言われたので俺がベッドを使うことにした。
床で寝ているおっちゃんを放置して、俺は上着を脱いでラフな服装になるとそのままベッドの上に大の字になって倒れこんだ。
あー暑い。扇風機が欲しい。なんかすげー疲れた。
俺は本当にアバターで、ここはゲームの世界なのだろうか?
時々そんな不安が脳裏を過ぎる。
アバターなのに暑さを感じるとか、それにこの疲労感。まるで体ごとこの世界に飛ばされて来たみたいだ。
何もかもが本当に現実のように思えてくる。
睡魔でさえも。
俺は静かに目を閉じた。
そういえばずっと、俺は何かを忘れている気がする。
なんだろう。思い出さなければならない大切な事。
……。
えっと。
ま、いっか。明日考えよう。
明日になればきっと思い出す。
そう思った俺はそのまま襲いくる睡魔に静かに身をゆだねた。
ほんのひとときに見た夢。
学校で授業中に朝倉と話していたら先生に叱られる夢だった。
俺はハッと目を覚ます。
寝ていたベッドから頭を起こして周囲に視線を走らせる。
あれ? ここ……。
変わらない宿屋の一室。
おっちゃんは相変わらず床で寝ていて、部屋中にいびきがうるさく響いていた。
……なんだ。夢か。
ぽすっと安心するようにベッドの上に頭を落とす。
まるで予知夢でもみてしまったかのように、変に現実味のある気味の悪い夢だった。
夢の中で朝倉と交わした会話を今でもはっきりと思い出せる。
【知ってるか? ブラッディ・ゲームって、一度ゲームの世界に入ったら二度と戻れない戦争ゲームらしいぜ】
【なるほど。だからブラッディ・ゲームっていうのか。それなら納得だ。――あ。そういや朝倉、昨日の】
俺は何を納得したんだろうか? 夢の中では納得できたはずなのに、目が覚めて思い返してみるとツッコむべきところが満載だ。
そもそも朝倉がゲームの話?
はは。マジ似合わねぇ。
……。
そういえば朝倉の様子がなんか変だったよな。オンラインゲームをやたら気にしていたし。まさか正夢になるなんてことは──あるわけないか。風にひらめくスカートの、女のパンツを見ることに日々の喜びを感じる奴だ。そんな奴が今更ゲームに興味を持つなど
……。
しばしの間を挟んだ後、俺はふと違和感に気付く。
あれ?
そういやなんで俺、目が覚めてもこの世界にいるんだ?
いや、ちょっと待て。何かがおかしいだろ。なぜ目が覚めても戻れない? 俺はいつになったら元の世界に戻れるんだ? もしかして俺の体に何か異常が起きているとか──
忘れていた何かをようやく思い出して。
俺は急いで床で寝ているおっちゃんを声で起こす。
おっちゃん、大変だ! 起きてくれ!
声に驚いておっちゃんが慌てて床から飛び起きた。
『な、なんだ! どうした!? 黒騎士か!』
激しく周囲を見回すおっちゃんに、俺は尋ねる。
なぁおっちゃん! 俺、いつになったら向こうの世界へ帰れるんだ? ログアウトってどうやればいい?
『……』
おっちゃんは半眼でぼりぼりと胸板を掻きながら、しばし思考を巡らせていた。
やがて寝ぼけた顔で面倒くさそうに答える。
『お前はこっちの世界の人間だろうが。何言ってんだ?』
吐き捨てて。
おっちゃんは再び俺に背を向けてゴロンと床に寝転がった。




