本当のこと言えよ【21】
酒場を出て。
俺はおっちゃんと一緒に夜の街を歩いていた。
なぁおっちゃん。
『なんだ?』
ディーマンって、元は人間なのか?
『ん? なぜそう思った?』
いや、なんとなく。たまに俺たちの前で見せる言動が人間っぽいなって。
『……。気のせいだろう』
なぁおっちゃん。
『なんだ?』
さっき酒場にディーマンを迎えに来た人なんだけど。――こう、頭にターバンを巻いて、頬に刀傷をつけたマッチョで怖い感じの大男
『あぁ』
あの人、おっちゃんの知り合いなのか?
『……いや、知らんな。なぜだ?』
初対面って感じじゃなかったから。
『気のせいだろう』
なぁおっちゃん。
『なんだ?』
ディーマンってさ、本当にココに仕事で来たのか?
『仕事といえば、たしかに仕事だな』
ディーマンの仕事って何? どんな仕事をしているんだ?
『今日はやけに質問が多いな』
気になるんだ。それに色々……知っておきたい。
『……』
しばし無言になり、沈黙が続いた。
二人の足音だけが夜の街に響く。
夜の街に人通りはあまりない。
時折、過ぎ去る酒場からまだ賑やかな声が漏れ聞こえてくる。
獣の声も聞こえない。野良の動物はこの街には居ないようだ。
もし、物陰から人が飛び出してきたら驚いてしまうかもしれない。
それぐらい人通りの少ない道だった。
……。
なぜだろう。さっきからおっちゃんが俺と顔を合わせてこない。
気になって俺はおっちゃんの顔にちらりと視線を送った。
何を考えているのか表情からでは読むことができない。
俺はおっちゃんに声をかける。
なぁおっちゃん?
『教えない』
教えないとかじゃなくてさ、もっとこう、ちゃんと真面目に答えてくれよ。
『教えられることは教える。だが言えないことは言わない』
なんだよ、それ。なんか決まりごとでもあるのか?
『ないと言えば嘘になる』
誰が作ったんだ?
『さぁな』
じゃぁ教えられる範囲でいいから教えてくれ。
ディーマンの職業って何? 傭兵を集めるのが仕事なのか? おっちゃんのことも仲間に誘っていたし──
『お前には関係ないことだ。もう気にするな』
俺には関係なくともおっちゃんには関係あるんだろう?
『まぁな』
ディーマンって何者なんだよ。白の騎士団とか、昔の仲間のこととか、戦争のこととか、他にも何か色々言っていたし、それに──
『あの話は聞かなかったことにしとけ』
なんで?
『……』
俺は不安に顔を向ける。
なぁおっちゃん。
『なんだ?』
……戦争が、始まるのか?
おっちゃんが無言で足を止めた。
俺も足を止める。
『なぜ、そんなことを訊く?』
俺はここぞとばかりにおっちゃんに吐き出した。
あの墓参りもなにか意味があるように思えたんだ。それにわざわざ俺を呼び出してまで──
『お前を誘ったのは黒虎が逃げるからだ。そう言ったはずだ』
おっちゃんってさ、たまに俺を誘導みたいなことするよな? あの墓参りも俺がやらなければいけないみたいな感じがしたんだ。まるで、俺が会いに行かなければならないみたいな、そんな感じがして……。
『……』
否定、しないんだな。
『全ては偶然だと言えば、お前は信じるのか?』
信じられるわけないだろ。何聞いても教えてくれないし、それに今までのことだってある。最初にこの世界に来た時だって俺を騙してログアウトさせてくれなかったじゃないか。
『あの時はな。だが今は違う』
違うって、何がどう違うっていうんだよ。
『……』
黙ってないで何か言ってくれよ。じゃないと俺……
『……』
返らぬ言葉に、俺は顔を俯けていった。
なぁおっちゃん。
『なんだ?』
もしかして俺、この世界の──
言いかけて。俺はそこで口を閉じた。
最後の言葉がどうしても言えなかった。肯定されるのが怖かったのかもしれない。
『この世界の、なんだ?』
首を横に振る。
……なんでもない。なぁ、おっちゃん。
『ん?』
俺は顔を上げて真っ直ぐにおっちゃんを見つめた。
おっちゃんって何者なんだ? なんでずっと俺に話しかけてきたりするんだ? そろそろ本当のことを話してくれよ。
『本当のこと、か……』
呟き、おっちゃんは夜空を見上げる。
『なんで俺があの時お前に【刻が来た】と言ったか、わかるか?』
俺は無言で首を横に振る。
『星が空を巡るように、何もかもが動き出したってことだ』
……。
俺は夜空を見上げた。
星が空を巡るなんてことはあり得ない。理科の授業でそう習った。巡っているのは地球なのだと。
おっちゃんが視線を落として微笑した。
そのまま俺の背を軽く押して前に進める。
俺とおっちゃんは再び道を歩き出した。
おっちゃんがぼそりと言う。
『安心した』
え? 何が?
『お前がそんな感じで安心した。あの時の、俺の判断は間違ってなかったようだ』
あの時っていつ?
『教えない』
またそれかよ。
おっちゃんが微笑する。
『いつかお前にもそれが分かる時が来る。その時までに俺は、今のお前に在りのままのこの世界を伝えたいと思っている』
在りのままのこの世界? 今の俺に?
『そうだ。今のお前に、だ』
それ、どういう意味だよ。
『……』
しばしの沈黙を置いた後、おっちゃんが鼻で笑って言ってくる。
『もし仮に、だ。お前がこの世界の覇者となったら最初に何を望む?』
【そなたはこの世界で何を望む?】
あの時の長老の言葉がおっちゃんの言葉と重なった。
誰もが求めるクトゥルクの力。――それを、俺は持っている。
この世界を支配しようと思えばきっと簡単にできてしまうだろう。でもそれをすることで何がしたいかと問われれば、特に何もすることなんてない。
『覇者に興味はないのか?』
そんなの目立ちたがり屋みたいでダサいし、ダルいし、きっと面倒事ばかりだと思う。面倒事なんて俺、嫌いだから。
『そうか……』
なぁおっちゃん。
『なんだ?』
ずっと疑問に思っていたんだが、なんで俺をこの世界に呼ぶんだ? クトゥルクがなければ戦いなんて起きないだろ。
『そう思うか?』
うん、すごく。
おっちゃんが肩をすくめてお手上げする。
『それは違うな。クトゥルクがなくても戦いは日常的に起きている』
クトゥルクがなくても?
『そうだ。この世界は向こうの世界と違って毎日が平和じゃない。魔法も存在するし化け物だって常にそこら辺を闊歩している。食物連鎖ってわかるか?』
あーうん。授業で習った。
『俺たちはその中間層に居て、結界の外では常に魔物の襲撃に遭い、生きるか死ぬかの選択を迫られるわけだ。この世界では武器や魔法を持たずに結界の外を出歩くなんて考えられない。だからといって結界の外を出歩かなければ良いというわけでもない。結界なんて所詮は一時凌ぎの平穏だ。戦いこそがこの世の全て。俺たちは生きる為に常に毎日色んなものと戦っていかなければならないわけだ。その為にはより強い力が求められる』
戦い、か……。
そうだよな。クトゥルクがあってもなくても魔物と戦っていくしかないんだよな。
『それに敵は魔物だけとは限らない』
おっちゃんは人差し指をこめかみに当て、言葉を続ける。
『戦いばかりを強いられていると、やがてここんとこが狂ってくる奴らがでてくる。――それが黒騎士だ。戦いの中で奴らは支配を覚え、魔物よりもさらに強き力を求めて対立し、互いを潰し合うようになった。常日頃、自分よりも強い相手を捜し、力を証明したくて戦いを仕掛けたいと思っている。それを上手く利用しているのが国の王たちだ。国の兵力として飼われた黒騎士もいれば、国に属さない流浪の黒騎士もいる。流浪の黒騎士に至っては賊となり村や街を襲ったりする奴と、猛者を捜すプライドの塊だけの奴が居たりする』
色んな黒騎士がいるってことか。
『そうだ。奴らにとって戦いは生き甲斐だからな。国王の駒に利用され、あちこちで戦争の火種になっている。そんな奴らを黙らせる方法はただ一つ。圧倒的恐怖を与えてやることだ。上には上がいることを体に叩き込んでやるわけだ。それにはより大きな制圧的力が必要となってくる。この世で最も大きな力と言えば一つしかない』
それがクトゥルク……。だから俺を呼び出すのか?
正解。とばかりに、おっちゃんが俺に人差し指を向けてくる。
『クトゥルクを持っているのはお前だけだからな』
なぁおっちゃん。
『なんだ?』
この力って誰かに譲れないのか?
『譲るって誰に譲る気だ? セディスか?』
いや、できればおっちゃんに。譲るっていうか返したい、この力。
おっちゃんが顎に手を当て、曖昧に答えてくる。
『さぁどうだろうな? クーリングオフ期間は過ぎたしなぁー』
なぁおっちゃん。
『なんだ?』
適当に言って誤魔化したりしてないよな?
『そう思うか?』
だったら俺と視線を合わせろよ。さっきから俺と目を合わせてないだろ。
視線を合わさず顔を背け、おっちゃんは両頬にそっと手を当てた。裏声で言う。
『えーやだ。なにこの感じ。視線を合わせるだけでドキメギしちゃう。なにこれ初恋?』
図星だろ?
『気のせいだ』
だったら俺と視線合わせろよ。
おっちゃんが普通に視線を合わせてくる。
『まぁ、あれだ。この世界を知らない純粋なお前に嘘言って遊ぶのは楽しいなぁってことだな』
なぁおっちゃん。一回試しに全力でおっちゃんに向けてクトゥルクぶっ放してみていいか? 俺、絶対おっちゃんに何か騙されているような気がしてならないんだ。




