俺はそういうことを言っているんじゃない!【19】
宿屋を出て。
おっちゃんに言われるがままに入った酒場では、すでにその席にはディーマンがいた。
「おーい、こっちじゃ」
小猿がテーブルの上で手を振っている。
おっちゃんが俺の背中を押してきた。
『飯を食わしてやる』
飯?
『腹へっただろ?』
あ、まぁ少しは。
『その代わり、ディーマンと俺の酒飲みに付き合うことになるがな』
えー。
『えー言うな。タダで飯食うんだろうが。そのくらい我慢しろ』
まぁ……そうだけど。
たしかに俺には金が無い。
おっちゃんが俺に人差し指を突きつけてくる。
『あと一つ、お前に注意しておかなければならないことがある』
なに?
『ディーマンはお前がクトゥルク持ちだということをまだ知らない。会話はバレない程度に適当に合わせろ。フォローはしてやる』
異世界人だってことは? バレてもいいのか?
『問題ない。クトゥルク持ちだってことさえバレなければいい』
わかった。
俺とおっちゃんは小猿が座るテーブルへと歩み寄り、そして席に着いた。
小さな丸テーブル。三角の点を結ぶ形で均等に座る。
小猿がすでに酔いまわった目で俺を見る。
「む? 新しい異世界人でも見つけたか?」
俺のこと、気付いていない?
ディーマンとはセディスの件で一度顔を合わせている。
俺が目と手以外の全てを服で覆っていたからだろうか?
おっちゃんが流すようにして話を合わせていく。
『まぁな。一昨日そこら辺でうろちょろしていたから保護してやった』
「なぜこんな格好をさせとるんじゃ? 暑かろうに」
『日差しで過剰に水分が奪われるのを防いでいる。全身毛だらけの奴に言われたくないな』
「ふむ。ワシも暑苦しいことに変わりは無いか」
と、小猿は自分の毛を気にするように見つめた。
そして、視線を俺へと向ける。
「ところで何が飲みたい? 小僧っ子よ」
え?
いきなり話を振られて、俺は思わず問い返してしまった。
おっちゃんが俺の口を手で制して止める。
『賭けをしようじゃないか、ディーマン。今夜の夕食の支払いを賭けてな』
小猿の目が鋭く変わる。
「ほぉ。サイを投げるか、良かろう。その勝負受けた」
『フリー・ドリンク制で食事付き。こいつにはラズゴラの果実、俺はバーラス酒。ドラゴン肉と砂エビの蒸し焼き、アボデリテとパン、それとフルーネ。全て二人前だ』
小猿が顔を渋める。
「むむ……。前回の痛手を学習して早々と条件を付けてきおったな」
おっちゃんがニヤリと笑う。
『教えはすぐに活かす性格でね』
鼻で笑って小猿。
「ぬかせ、若造が。ワシの前で人生を語るにはまだ甘いわぃ」
おっちゃんが懐から何かを取り出し、それを握り締めて隠したまま小猿に向け突き出す。
『いざ、勝負!』
「二・五じゃ」
おっちゃんが内心で俺に言ってくる。
『おい』
俺も内心で答える。
なんだよ。
『俺の手の中に何があるか見えるか?』
は?
『いいから言え。早く』
俺はおっちゃんの手の中をじっと見つめた。
……サイコロが二個?
『上出来だ。サイコロ面に六つの数字があるのは知っているな?』
あーうん。
『その意識を保ったまま四と六のサイコロ面をイメージしろ』
なんで?
『今からお前に楽しい魔法の使い方を教えてやる』
楽しい魔法の使い方?
『イメージできたか?』
あ……うん。
『よし』
何かを確信したかのように、おっちゃんは突き出した拳をテーブルに叩きつけた。
そして小猿を真っ直ぐ見据えて言い放つ。
『四・六』
オイ。
おっちゃんがサイコロから手を離せば、そこには四と六の面を示したサイコロがあった。
小猿の顔が一気に険しくなる。
同時、俺は我慢ならずにおっちゃんの胸倉を掴んで凄んだ。
歯軋りに内心でうめく。
な・に・が・楽しい使い方だ! イカサマのやり方教えてんじゃねぇよ!
おっちゃんが頭の中で宥めてくる。
『まぁ落ち着け。偶然だ』
嘘つけ!
『便利だろ? この魔法。賭博屋に行ったら闇討ちレベルに儲かるぞ』
もっとちゃんとした真面目な魔法を教えろよ!
「ふむ。イカサマか」
隣から声が聞こえてきて。
俺は会話を止めて小猿へと目を向けた。
小猿が俺と目を合わす。
「そうじゃろう? 小僧っ子」
俺はびくりとする。
えっ!? いや、その、えっと……
途端に俺は目を泳がせて挙動不審にオロオロと焦った。
「純粋じゃのぉ、小僧っ子。純真たる心は良きことじゃ。しかしこの世は戦いが全て。戦場ではそれが命取りになるぞ」
言って小猿はサイコロへと手を伸ばすと、サイコロの目を転がして二と五にする。
「ほれ。ワシの勝ちじゃ」
『それで勝ちが通るなら俺もこうする』
すぐにおっちゃんがサイコロの目を四と六に返す。
「む? ならばワシは賭け目を四と六に変えて勝負としよう」
『それで勝負が通るなら俺は二と五に転がそう』
ころりん。とサイコロを転がして、おっちゃんがサイコロの目を二と五にする。
小猿は気難しい顔で腕を組んで唸った。
「むむ……。ならば賭け目を二と五に変えるとするか」
『それで勝負が通るなら俺は──』
いいかげんにしろよ、おっちゃんども。いったい何の勝負してんのかわかんねぇよ、もう。
半眼で言い放った俺のその一言が、二人の勝負を終わらせた。




