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彼らの関係

 「よっ、唯」

 「あ、うん…あ、よっ」

 なんとなく戸惑ってしまって、変なあいさつになった。

 「なんだよそれ」

 田中くんは笑った。

 うん、好きかもしれない。そうやって、笑っていてほしいかもしれない。

 「…でさあ、今度、行かない?」

 「え、あ、ごめん、何だっけ」

 慌てて聞き直すと、もーちゃんと聞けよなと笑いながら、もう一度話してくれる。

 「わっ、それ行きたかった。行こう行こう」

 笑顔で答えながら、私は確信を深めた。

 田中くんが、好きだ。


 買ったばかりという車に乗せてもらって、最近出来たショッピングモールに行くことになった。映画館もあるし、買い物だけじゃなくていろいろ遊べるところなんだとか。

 「でも俺ペーパーなんだ。デスドライブ」

 「えー、気をつけてよ!」

 「はいはい」

 会話が楽しい。

 ときどき、腕がしっかりしてることに気づいてどきどきする。

 男の人だな、なんて当たり前のことを思う。

 うわ、すごいな。

 好きって、すごい。


 すごく楽しいデートだった。

 デートで、いいんだよね?

 夕飯まで一緒に食べて、最後に夜景を見ようってことになった。近くの山の上まで行けば、それなりにきれいなものが見られるという。

 「良く知ってるね。他の女の子とも来たことあるんでしょ」

 「ねえよ」

 田中くんはどこかぶっきらぼうに言った。ん、ちょっと機嫌悪くしたかな?私は不安になる。しばらく車内は沈黙した。


 「このへんでいいだろ」

 車が止まったから、私ははっとして辺りを見回す。…けれど、別に夜景なんて見えない。

 「ここじゃなくて、この裏の方なの。そんな歩かないから」

 車を降りて、歩く。ちょっと暗くて足元がおぼつかない。

 「…手、つなぐ?」

 ちょっと前を行っていた田中くんが、立ち止まってこちらを見ていた。

 「…お願いします」

 十年ぶりくらいに異性とつないだ手は、骨張った男の人の手だった。


 数分歩くと、急に視界が開けて、私は目の前の景色に感嘆の声をもらした。

 本当にすごい。

 夜景なんてテレビでしか見たことなかった私は本当に感動していた。平たい土地に住んでいたし、家族で見に行こうなんてこともなかったから。

 二人で黙ったまま見入る。まだ手はつないだままだった。ちょっと汗が気になってくるかなあ。

 「…唯」

 「ん?」

 田中くんは少しためらっているみたいだった。このシチュエーションで、私も彼が何を言おうとしているか、ちょっと察してしまう。

 「………俺と、付き合わない?」

 一瞬、唯のことが頭を掠めた。

 でも。

 「うん」

 私は頷いてしまっていた。

 



 「なんか最近機嫌いいねえ?」

 「そう?」

 「うん、昨日もにやにやしてたしさ」

 何の気なしの友人の言葉にはっとする。

 昨日は唯の日だ。

 …いや、唯だって機嫌の良い日くらいあるし。それが私と同じ理由だとは限らない。否定しながら、もしかして、という疑念は拭えなかった。


 そう、隠しきれるはずもない。私たちが持っている携帯電話は一つきり。一応メールフォルダは分けてあるけど、それぞれのフォルダに違うパスワードをかけるなんてできるわけないし、今までは積極的にお互いに届いたメールを読みあっていた。もちろんお互いの情報共有のためだ。

 田中くんから届いたメールを、唯は読んだだろう。私と田中くんはもっぱら学校で話して学校で約束するから、まだそんなに恋人らしいメールはやり取りしていない。でも、気がついたかもしれない。


 だって、私も気がついたもの。


 唯と高橋くんが付き合い始めた。


 これで私たちは、「唯」という人間は、客観的に見ると二股をかけていることになってしまった。

 でも譲れない。ここで引いてはいけない。お互いそう思っていることは一目瞭然だった。


 脳内の会議室で私たちが話すことは極端に減った。

 でも私たちの身体が眠っている限り、会議室にいなくてはならない。同じ室内にいながら、他にすることもないくせに、私たちは睨み合いながら一言もしゃべらずに時間を過ごした。いつもより疲れる。

 でも外では唯の圧力なんて関係ない。

 私は相変わらず田中くんと付き合っていたし、唯も多分そうだった。あのあとから唯は高橋くんとどう話をつけたのか、学校で彼と出会うことは一度もなかったし、彼と唯が…私が付き合っているという話を聞くこともなかった。もちろん私も、自分と田中くんが、という話は極力しないようにしていたけど、学校でいつも以上に一緒にいるんだから、周りから見れば丸分かりだっただろう。高橋くんは私と田中くんとのことを知っているだろうか…唯からは何も聞けない。

 そうこうしているうちに一ヶ月が過ぎた。


 「なあ、唯」

 「んー?」


 「俺たち一ヶ月だよな」

 「うわ、もうそんなに経つ?」

 いつものように空き教室で、お菓子を摘みながらだべっていた。私たちのお付き合いときたら、いつもこんなふうに健全だった。原因は多分に私にある。唯への遠慮だとか、私自身の恐れだとかだ。

 「…そろそろ、いいと思うんだけど」

 「……何、が」

 「俺たち、キスもしてないよ」

 田中くんはちょっと怒った顔でこっちを見ていた。

 だよねえ。

 まだ学生とはいえ、成人しているんだ。付き合って一ヶ月で何もなしって、そんなのないよねえ。

 まだ経験がないから心の準備がって言って許してもらっていたけど、彼も我慢の限界だったみたいだ。

 「…来月、温泉行かねえ?」

 「温泉?」

 「………泊まり」

 泊まり。

 …そういう、ことなんだろう。

 やっぱり怖い。唯にも申し訳ない。

 でも断れば、田中くんはもっと不満に思うだろう。

 私が彼のこと好きじゃないって思うかもしれない。

 「…いいよ。行こう」

 彼はほっとした顔をした。


 それからすっかり乗り気の田中くんが仕切ってくれたおかげで、日程も、泊まる宿も、すっかり決まってしまった。

 宿の確認のメールは読んですぐに消した。唯に読まれてはいけない。実際に泊まる日は、サークルの合宿だと説明することにした。

 罪悪感は、ある。

 私だけが、私の身体を使ってしまうことへ。

 黙っていればなんとかなる、と無理矢理楽観的に思って、何も考えないようにしていた。


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