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二人の男

 学校へ向かう途中に、大きな池がある。所々柵がなくて危ないと言われている。子どもが落ちて死んだとか、それで幽霊が出るとか、おもしろ半分に噂される場所でもあった。

 池の端を歩きながら、私は水面を睨みつける。

 遠く水面には、歩く私のシルエット。

 きっと唯のシルエットと同じ。ううん、きっと、ではなく、確実に。

 だって私たちは同じ身体なんだから。


 田中くんと昼食の約束は、高橋くんと唯に譲らざるを得なかったので、後日となった。

 彼に謝ると、笑って許してくれたけれど、

 「じゃあ、今日は埋め合わせってことで、学食くらいなら付き合ってくれるだろ?おごってくれるのは次のときでいいからさ」

 ということで一緒に学食で昼食をとることになった。

 もっぱら話したのは講義での話。田中くんは物静かなインテリって感じの外見なのに、その実かなりおしゃべりで、話も面白い。こんなに笑ったのは久しぶりってくらいに笑って、なかなか食事が進まなかった。

 「はー、面白い。田中くん、すごいね」

 「いや、俺もこんなに笑ってくれることはなかなかないから、話しがいがあるっていうか」

 「話しがいがなくてもずーっとしゃべってそうだけど、田中くんなら」

 「まあ、口から生まれたって良く言われるよ」

 久しぶりの学食だったけれど、結局味もメニューも全然覚えてなくて、頭に残ったのは楽しかったってことと、田中くんの笑顔だった。本当に楽しそうに笑うんだ。


 「今日いいことあった?唯」

 唯が訊ねてきた。

 「ん?べっつにー」

 本当に特にいいことがあったわけではない。強いて言うなら、久しぶりにたくさん笑ったことくらいかな…。

 楽しかった昼食を思い返す私を、唯は目を細めてみていた。

 「…やめた方がいいと思うなあ」

 「え?」

 「田中、くん」

 どう言う意味だろう。

 唯はその場に座って、膝を抱えた。

 「ああいうの、一途に見えて、結構ちゃらいっていうか。すーぐ浮気しそう」

 こんなことを唯が言うのは珍しい。人をけなすなんて、お互い滅多にしないことだった。だからちょっとむきになってしまう。

 「そんなことないよ。私がちゃんと唯に言ってなかったから、なんとなく不信感持っちゃってるかもしれないけどさ、田中くんは本当にいい人だよ」

 「そ」

 唯はあっさり引き下がったけど、どうにも引っかかる言い方だった。

 まあこの間の唯の言じゃないけど、私も高橋くんにはいい感情もてないし、お互いさまなのかな…。

 最近は結構穏やかだったのに、またこの間のようなもやもやした空気のまま、私たちは別れた。




 「はよっす」

 「お、おはよー」

 最近田中くんとよく会う。本人にもよく会うね?と聞くと、実は前から結構すれ違ったりはしていたんだとか。お互い気づかなかったり、声をかけてなかっただけだったらしい。

 延期になっていた駅近くのご飯屋さんでのランチは、次の週の土曜日になった。この日は私の日だから、唯とバッティングしないし、もししても私が優先でいいだろう。

 またあんな楽しい食事ができるんだなあとなんとなくご機嫌で構内を歩いていたら、今度は田中くんよりワントーン高い声で話しかけられた。

 「お、唯じゃーん!」

 高橋くんだった。私と彼が会わないようにするって、唯、言ってたじゃん。さっそく遭遇してしまった。

 一瞬固まってしまったのを、彼は無視されたと思ったらしかった。

 「あ、待てって、唯!」

 駆け寄ってくる気配。

 「た、高橋」…くん、と言おうとして留まった。唯は呼び捨てで呼んでいるらしいから。

 「どーしたんだよ、唯。俺のこと無視したりしてさ」

 「ごーめんって。気づかなかった」

 遠慮なく肩にまわされる腕をなんなくかわしながら——これくらいは唯だってやっているだろう——軽く謝った。

 「高橋ー」と遠く呼んでいる声が聞こえる。女の子の声だ。

 「ほら呼んでるよー、高橋クン」

 「後で行くー」

 高橋くんはその女の子に向かって大声を上げた。

 女の子はしばらく何か言っているけど、諦めたように去っていった。

 「いいのかなーそんなふうに邪険にして。嫌われちゃうよー」

 「いーんだよ、唯は俺のこと嫌わないもんなー」

 ぞわっとした。そういう台詞、私、嫌いなんだよね。でも本気で嫌がったら多分唯に怒られるから、

 「ちょーしにのんな」

 と言いながら足を軽く踏みつけるくらいにする。

 「いってー、お前ほんとに女かよ、唯、バカ力!」

 わざとらしく喚く高橋くんを放っておいて、私も教室に向かうことにした。


 すました顔を繕って歩いているけど、心中は全く穏やかでない。

 大体私はあんな男、全くタイプではないのだ。

 付き合うんならまだ…。

 まだ、…田中くんみたいな。

 ん、と私は立ち止まる。

 「…あれ」

 私、田中くんのことが好きかもしれない。


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