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二人の「唯」

 

 私の名前は唯。だけど、私の中の人格は、唯一じゃない。


 私は彼女を唯と呼ぶ。

 彼女も私を唯と呼ぶ。


 他の誰も、私たちが二人居ることを知らない。知らないのだから、呼ばない。呼ばないのだから、名前に区別がないことによる不都合はない。




 どうやら、物心つく頃、いや、その前から私たちは『同居』していたらしい。私たちは、眠ることで入れ替わる。その変わり目はいかにも自然で、幼いが故にただ「ばかだねえ」とか、「また同じことをやっているよ」なんて微笑ましく見てもらえていて、そんな時期のうちにどうやら『私』の中にはもう一人誰かいるらしいと気がつけたのは幸いだったと言える。

 夢の中で問いかける。

 「だれ?」

 「ゆいはゆいだよ」

 「ゆいだってゆいだよ」

 当時一人称が自分の名前だった私たちは、名乗るのが少々ややこしかった。

 ただ、毎夜毎夜短くないコンタクトによって、私たちは自分の名前だと思っていた『ゆい』は相手の名前でもあって、そして『ゆい』と自分は身体を交換しながら過ごしているらしいことを知る。

 自分の中にもう一人いる、ということに気がついてから、それを両親や他の人に訴えることはなくなった。そのあたりの経緯はもうあまり覚えていないけれど、相手に叱責されるか不審がられておかしいことだと知ったのか、他人の中には『もう一人』がいないことをどこかで知って自然と黙ることにしたのか。

 いずれにせよ、私たちはその現象の名前をいつのまにか知ることになる。


 つまるところ、私は『二重人格』というもののようだった。


 これが、漢字をいっぱい使って表される『症状』なのか、物語を開けば出てくるファンタジーなのか、どうにもわからない。

 症状だとしても、私も唯も「別の人格」を生み出してまで精神を守らなければいけないようなショッキングな記憶や体験を持ってはおらず、もっと非科学的な、たとえばどちらかがもう死んでいて、幽霊になってこの身体に取り憑いているんだとしても、繰り返しになるが私たちは『唯』として生きてきた以外の記憶を持っていない。仮説はいくらでもたてられるが、それらはどうしたって確かめようはなかった。


 私たちは双子で生まれるはずだったのだと、唯は主張する。体二つに納めるつもりで、精神を二つ用意したのに、どういうわけかひとつの体しかないから、仕方なく私たちは同居しているのだと。

 私はと言えば、よくわからない。

 どうしたって、私たちは一緒にいる、それだけが事実だったからだ。




 私たちは夢で会う。

 それ以外に私たちが会議する方法はない。


 お互い日中の行動を知る術は全くないのだ。

 片方が起きていれば、片方が眠る。私たちが出会えるとき、それは『私』の体が眠りについたときだけだ。

 私たちのどちらが表に出るか、それはある程度操作できる。私がしたかった部活のある日は私が起きていて、唯が受けたい体育がある日には唯が起きている。ただ二日続けて私か唯のどちらかが体を支配していることになると、身体的には休んでいても精神的には完徹しているので(身体が眠っている間私たちは夢の中で会い、その間眠ることは出来ない)、しんどくなれば日中に眠ることで交代をすることはできる。交代には、『私(という肉体)』が一旦眠ることが、つまり私たちの会議室を通ることが必要なので、外から観察していてもいきなり人格が変わるということはない。


 この体質に反発したこともある。

 二重人格についての本を読み、私の他にいるらしい『唯』は、どうやら私が作り出した擬似人格らしいと思った。

 「あんたは私なんだよ。いいから、一緒になろう?」

 と声をかけたことがある。無論、夢の中で。

 するとどうだろう、彼女も私に告げたのだ。

 「何を言ってるの、あんたこそ、私から生まれたもうひとつの人格なんだよ」

 私がその本を買い手元に置いておけば、どこかで唯もその本を読むだろう。不思議なことに、その本の体験談には、もう一人の人格は自分が「もう一人」だということを自覚していたのに、私たちはお互い自分が本人だと信じて疑わなかったのである。

 お互いが相手の同意なしに表に出ることは叶わず、記憶も自分が表で体験したことしか与えられず、そしてお互い自分が『唯(という体)』の真の人格だと思っている。私たちの関係は、お互いが観察する限りどこまでもイーブンだった。

 なんだかんだ、生まれてからずっと一緒なので慣れてしまった。否、諦めてしまったというべきか(そもそも夢の中でしか会えないので、衝突も無意味だった)。私たちはなかなかうまくやっているように思えた。


 問題は、私たちが思春期を迎えたときに起こる。いや、初めて起こったわけではない、そのとき初めて表面化しただけなのだ。

 「誰が一番早く結婚しそうかランキング」

 中学校の卒業文集で、一人一枚アンケートを提出するように、紙が配られた。

 「そんなの、わかんないよねえ。でも、唯は結婚すると思うよ。ほんとに」

 と、クラスメイトが無責任に言った。私はそんなお世辞には構っていられず、急に浮上した事実、可能性に心の臓が冷えた。

 結婚だって?


 眠りについた瞬間、『私』の中で眠っていた唯が目覚めて私を出迎えた。

 「どうしたの、唯?顔色悪いよ」

 「唯!」

 私は唯に詰め寄る。

 「私、結婚する気あるよ!」

 は、と唯は口を開ける。

 「どうするの?私たち、男の趣味は全然違うじゃない。付き合ってるときはなんとかごまかせても、結婚となると、他人からすればどう見ても浮気じゃん!」

 みるみるうちに唯の顔も青ざめた。『私』の中で実体のないはずの私たちに、顔色があるというのはどうにも妙な話だ。

 「どうしよう」

 「日本じゃ多夫一妻になんてできないしなあ」

 これはこれまでうまくやってきた私たちにとって最大の問題となった。


 そして恐れていた事態は、私たちが大学生になったときに起こる。


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