七話
誤字・脱字があるかもしれません。読めなかったら申し訳ないです。
決勝戦、始まります&終わります。
インタビューを終え控室に戻ってきた康治は、休息時間が一時間強残っているのを確認して大きめのベンチに横になる。
少し目をつぶれば、安らいでいく感覚が体の芯から染み出してくる。
それはこれからの決勝戦前に丁度いいリラックス効果を生み出してくれそうだった。
ここまでに溜まったすべての心労をリセットされるような、そんな心地いい感覚に身を委ね、康治は仮眠をとろうとしていた。
つまりは、ふて寝である。
記者に聞かれたことの九割が準決勝のいかさま疑惑についてで、決勝の意気込みすらおまけ程度に考えられたことに人生で一番のストレスを感じ、容赦なく言葉を浴びせてくる記者に辟易した康治はとりあえず寝て忘れることにした。
(何が「恥ずかしくないんですか?」だよ。そういうことは試合の一度もやってから言えっての!)
自分がやったことに対して批判されるのは、全くもって当然だと康治は思っている。
だが「あんな試合をして恥ずかしくないんですか?」と言われれば、黙ってもいられない。
経験者が戦いについての『プライド』を説くのなら、康治は真正面から意見に応じる。
応じられる、と言った方が正しいかもしれない。
なにせ試合中での思考というのは、ある程度経験がある人間にしか伝わらないものなのだ。
それを上辺だけの知識で語られても、答えたところで意味をなさない。
むしろ真面目に答えたとしても真面目に受け取ってもらえず、答え方によっては揚げ足をとられて大バッシング、ということも有りうるのだ。
(ほんとに嫌な世の中だなぁ。もう少しくらい思いやりとか、マナーだとか、人情だとかが通用しても良いと思うんだけど…)
形式的・未来的な社会になればなるほど、失われていくものなのだろうと康治は落ちていく意識の中考えるのであった。
(ああいうのは、考え出した時点で狂っていくものだからな…)
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「これより決勝戦を開始いたします。選手はフィールドへ移動してください。」
控室で熟睡していた康治は、もっと早く起きるつもりが完全に寝坊してしまっていた。
手元にある試合用装備を身に着け、フィールドへ駆けていく。
移動する途中、狭い廊下で大きな袋を運んでいる会場スタッフと鉢合わせし、道をゆずったりだのをしている内に時間が過ぎてしまい、フィールドについたのは試合開始一分前だった。
正面にいる暮橋の立つ位置から、観客に不審がられない程度に距離をとる。
気休め程度の『KILL BULLET』対策だ。
康治は暮橋の構えを見たが、これまで見てきた構えに似たようなものがなく、参考にならなかった。
(やることは決まっているんだ。ただイメージ通りに動いていけば、勝てる。)
自分は勝てるという自己暗示をかけ、しかし集中は鋭く保っている。
「試合開始五秒前」
会場は康治を罵倒する声で溢れていたにも関わらず、二人の放つ雰囲気に負けて、沈黙する。
大会のなかで一番、気味の悪い空白だった。
「開始」
暮橋が最初に放った弾丸は濃紺の軌跡を描きながら、康治のもとへ飛んでくる。
暮橋と康治の間の距離は二十メートル。
康治は弾速が『ATTACK BULLET』以上に遅かったためどうにか反応できたが、その予想外の現象に一瞬思考停止してしまった。
康治が必死に避けたその弾丸こそ、『KILL BULLET』と呼ばれる暮橋の武器だった。
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してやったり、と暮橋は思う。
一発目であれだけ動揺するのは、間違えなく『有るはずのない事前情報』を信用したからだろう。
暮橋が何故事前情報について知っているのか、それについてはとても簡単な話だ。
康治はおろか、この大会に出ていた全選手が知っていた流出情報の、流出元が本人だったのだ。
暮橋は情報にある程度の信憑性を持たせるために、その情報の八割は事実そのものにしておいた。
変えた部分は、有効範囲。
実際は三メートルなどという制限は無く、速度が遅い以外はこれといった弱点がない。
今までは距離をとることで安心していた選手を不意打ちで葬ってきたのだが、残念ながら康治は一発目を避けてしまった。
(まぁ銃の性能もこっちの方が上だろうし、余裕で優勝だな。)
暮橋の握る拳銃の、装弾数は二十発。
二点バースト機能の付いたその銃の弾倉には、劣化弾が詰まっていた。
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普段なら試合中は応援が飛び交っている観客席で、異様な光景が広まっていた。
「ふざけてんのか! 」
フィールドに届くはずもない席に座る男が、苛立ちながら叫ぶ。
「さっさと終わらせろよ!」
さらに高い席に座る男の声で、隣に座る子供は怯えてしまっているようだ。
現代における、地獄絵図だった。
試合時間は三十分を超え、その間に一度の交戦も見られない。
観客が飽きるのも当然だろう。
想定外の性能を持つ『KILL BULLET』を避け続けることしか出来ない康治は、試合中一度も攻撃を仕掛けられていない。
また、異常な量の予備弾倉を準備していた暮橋は、弾切れが起こる度に一瞬で交換を行って、康治が近づける隙を作らない。
途中から雨が降り出したのも観客にとっては、不幸の一つだっただろう。
ドームの屋根が閉まり、空調こそ付いたものの、熱気は溜まる一方だ。
観客達の罵声や怒声が飛び交い、屋根のせいで音は逃げず、ドームの中はあらゆる不快感で満たされていく。
そんな状態が続いていた時、急に変化が訪れる。
ドーム内の全ての照明が消え、闇に包まれる。
供給電力が無くなったことによる停電だ。
暗闇の中見えた紺色の光は暮橋の放った『KILL BULLET』の軌跡だろう。
今まで野次を選手に飛ばしていた観客も、静かに観戦していた観客も、いきなりの出来事に動揺し、会場全体でどよめきが起こった。
ドームが供給電力に依存した主電源から、充電式の予備電源に切り替え、照明が蘇る。
観客がフィールドに視線をもどした時、フィールドに立つ選手は康治のみになっていた。
試合で何が起こったのかは、次話にて。
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