0.1秒トリップ
思いついて書いたものです。
連載している黒と翠の主人公のお祖父さんの話です。
気が付いたら、目の前が青空だった。そして太陽が2つ・・・見なかったことにする為に目を閉じた。
思い出せ、ついさっきまで家に帰る道を歩いていただけなはずだと自分に言い聞かせるのを忘れない。
寝転がっているだけのようで、体を起こして周囲を見ると、手とか足とかっぽい何かが転がってるのを全力で無視しても、だだっ広い荒野だった。
周りには何もなく、草木もほとんど生えていないような、岩と赤茶けた大地が続く本当の荒野だ。
嘘。俺信じない。
大学生なの。ただの大学生で、人よりただちょっと(ここ重要)厄介ごとに巻き込まれやすいけど、いとしい彼女との交際も順調な、ただの大学生のはずだと自分に言い聞かせる。
言い聞かせてるあたりもうだめかもしれないと思いながらも、ガンマンとか出てきたらとりあえず笑うかもーと思いながら周囲を見回してみるが、やはり記憶にない場所だった。乙。
一体ここがどこかわからないのに、落ち着いていられる自分すごいと思いながらも考えてることがあれだ気らしっかり混乱しているのに気が付かないまま、手荷物を確認する。
買ったばかりの500mlの缶ビールが2缶とつまみが入ったコンビニ袋と、腕時計、後は財布と運転免許所。
免許所には月代信之助と書かれており、1年前に撮った自分の顔写真が載っている。
よし、俺。記憶はあるよ。夢落ちじゃない確率増えたけどね。
そもそもコンビニでビールとつまみを買ってきた帰り道だったという記憶しかないが、手持ちの荷物からも間違いないと確信する。
「どこだよ、ここ・・・」
ため息とともに出たセリフを聞いてくれる人も動物もなく、とりあえずいつまでも座っているわけにもいかず、立ち上がることにした。
ズボンについた砂を払いながら、何気なく向けた地面には、何かいろいろ書いてあるが、いかんせん広すぎて全体が把握できない。
自分がここに居る原因が分からない以上、少しでも情報は欲しい。
周囲を見渡せば、大きな岩があったので、それに登ってもう一度地面を見てみると。
「・・・ねぇわ、これ。ないない。まじで?」
そこにあったのは、とても大きな丸の中に複雑な模様が描かれた、ファンタジー小説でおなじみの魔法陣だった。
正確には良く似たもの、だが。
見た瞬間に、ここが別世界であることを理解せざる得なかった。むしろ、何時までも現実逃避してられない。太陽2つあるし。
「俺、22よ?そういうのって10代の青少年の仕事ではないかね?」
呟いてみたけれど、それにこたえる人はいない。
正確にいうなれば、生きている人はいない、である。
どんなに見ないようにしていても、そこに転がっている肉片は、人間だった者のなれの果てだと思われる。
あっちこっちにはじけ飛んでいるため、人間の形はしていないが、手だったり足だったりの形はちゃんと残っているので分かったことだが。
後、折れた杖とか、割れた皿とか、ボロボロの布がはためいている塊と化があるが、正直確認したくない。
現代っ子なめるな、あれがピーーーーーーだったら気絶するぞ、おい。
岩の上で頭抱えて、どうしようかと口から出た言葉は、
「俺、明日デートに間に合いそうにないです文子さん。どうしよう」
愛する彼女に質問する内容だった。
結局は肉塊となった召喚士?っぽい肉塊から、使えそうなものをかっぱらって、近くの町に到着したのが町の門が閉じる間際だった。
言語が通じることに安堵しながら、肉塊召喚士?が持っていたお金っぽい貨幣で門で聞いた宿屋に泊った信之助は3秒くらいで眠りについた。
この後、街で起こった暴動に巻き込まれて革命軍に転がり込んだり、うっかり転がり落ちた崖下の洞窟にあった魔剣ハイドロディア・ダスパレス・ダスパレイと契約して主になったりしたが・・・。
「文子さーん。俺絶対帰るから。おまけついてるけど絶対帰るから。だからお願い、俺を待っててー・・・」
「はい飲みすぎー。もう飲みすぎー。お酒やめようねー?でねぇと、帰ったらそのアヤコの前でご主人様呼びすんぞゴラァ!」
「ハイドくんそれやめて!ほんと止めてそれシャレんなんないから止めてほんと止めて」
「じゃ、女子の姿でシンノスケって呼ぶ」
「たとえハイド、お前が男の娘でも100万歩譲っても嫌。あと、文子さんに色目使ったら全力で埋めるから」
「いきなり素面に戻んなよ。あと、愛しのアヤコさんがお前のこと覚えててくれるといいね?」
「むかつく!まじむかつく!俺の文子さんへの愛は永遠なの!信じてるの!だから0.1秒で帰るの!」
「そのためだけに魔王まで倒そうとするお前がすごいわ。感心しちゃう。これがすとーかーってやつ?」
「文子さんらーぶ!」
「やっぱうぜぇ。5年後とかにうっかり送られちゃえよ」
酔っぱらうたびに今は居ない彼女へ叫ぶ信之助と、ハイドと呼ばれている赤い髪に翠の瞳の青年の姿をした魔剣の姿が革命軍では日常化し、全ての恋愛フラグをへし折っていた。
「文子さんらーぶ!」
「うるせー、まじうるせー。だまれー」
「文子らーぶ!」
「とうとう呼び捨てですか。どうでもいいけど」
「文子らーぶ!」
「・・・・・・」
「文子らーぶ」
「・・・・・・」
「・・・文子さん、会いたい・・・」
「・・・はい、寝落ちー」
信之助をベッドに運んだハイドこと魔剣ハイドロディア・ダスパレス・ダスパレイは、酔っぱらった主を見下ろしながらぽつりと一言漏らした。
「・・・そんなにあいたいなら、全部放り出せばいいのに」
魔王を倒さなくても、信之助は自分の世界に帰ることが出来る。
魔剣である自分ならば、この世界から元の世界へ信之助を帰すことが出来るからだ。
信之助はただ、契約者として、主として望めばいい。
元の世界に帰りたい、と。
ただしそうすれば、この世界は魔王という負のエネルギー体に呑まれ、魔界と融合して実質消滅することになる。
なぜならば、魔王を倒せるモノがこの世界には魔剣ハイドロディア・ダスパレス・ダスパレイしか見つかっていないから。
「お前みたいなのが、オヒトヨシって利用されるんだよ」
そしてそんな契約者が嫌いではない魔剣ハイドロディア・ダスパレス・ダスパレイことハイドは、ぐにゃぐにゃ何かを呟いている主のために、部屋の明かりを消した。
数か月後、ようやく魔王を討伐することに成功した信之助とハイドは、周りが勝利で賑わう中、「文子ー!今、帰ります!!」「うるせぇ!ちょっとは大人しくしてろ」と叫びながら、仲間に惜しまれながらも元の世界へ帰って行った。
しっかりお土産まで持って。
信之助が元の世界に帰り着いたのは、まさに召喚された後の0.1秒後だった。
台詞書いてるのが一番楽しかったです。
誤字脱字とかありましたら、お知らせくださるとうれしいです。