第二話:湖舞 音千亜の秘密。
安部優聖のもう一つの名は怪盗パンティーヌ。世界のありとあらゆるパンツを盗み、パーフェクトパンティコレクションを作ろうとたくらんでいる怪盗だ。パンツといっても勿論女性専門だ。男やニューハーフなどにはさらさら興味はないのである。
どのようにしてパンツを調達しているのかは謎であるが、世界の怪盗の中でもナンバーワンになるくらいの実力があることは確かだ。
(ちくしょー……一体どうやったら……)
なんとか遅刻を回避し、今は爆発して欲しいほど嫌いな数学の時間。
しかし考えていることはパンツのことだ。世界の怪盗の頂点に立てるくらいの腕を持っている優聖ですら、まったく歯が立たない獲物が居た。
湖舞 音千亜。彼女は同じクラスで同じ文芸部員。学年の野郎どもは皆イチコロな容貌の持ち主。健康的な黒髪に、知的な黒縁眼鏡。薄い唇がなんとも魅力的だ。
なぜ音千亜には歯が立たないかというと、何回盗ろうとしても何故か盗れないのだ。
「あはは、阿部くん! 今日も竹下くんとラブラブだねぇ~。」
今は皆が大好きな放課後だ。音千亜はニコニコ笑って竹下と優聖をみていた。竹下龍之介というのは、同じ文芸部員で優聖とはBLな仲だった。もふもふした天然パーマ気味な髪の毛がチャームポイントだ。
「あふふふっ、ゆーぅせいっ!」
竹下は優聖に抱きついている。彼はオカマなのだ。
「カマには用は無ぇんだよ!!」
そう、優聖が興味あるものは――音千亜だけ。
「ふふっ、もっといっぱい絡みなさい……」
音千亜は恍惚として呟いた。勘の良い方ならばもうお気付きだろう。容姿端麗な音千亜に彼氏が出来ない理由、それは……音千亜は正真正銘の腐女子なのだ。
「ちょっ! ね、音千亜! 助けてくれぇーっ! っていうか竹下きもいんだよ!」
優聖と竹下の顔の距離は十センチ!
今まさにキスせんとする瞬間!
(おっ……おおぉっ、おっー!!)
優聖は目を見開いた。なんと、座っている音千亜の間からピンクのパンツが見えたのだ!
ぶっちゅううううううううううううう!!
……少し気が緩んだ瞬間、盗む立場の優聖の唇が盗まれた。
「きゃっ!」
「ヌォオオオオオオオオオ!!」
つんざくような叫び声をあげる優聖だが、視線はパンツ一直線だった。そのとき、灰色っぽい影がパンツを横切った。大きさは手のひらくらいで、大きな逆三角形の頭を今にも折れてしまいそうな細いからだが支えている。顔はよく見えない。
「うっ……あっ……きゃあっ……きゃあーっ!!」
音千亜も優聖も悲鳴をあげた。
音千亜は謎の生物の登場による驚愕の悲鳴。
優聖はパンツが隠されたことにたいする絶望の悲鳴。
謎の生物はちょこちょこと音千亜の体を登っていき、すぽっとワイシャツの中に入り込んだ。もぞもぞと動く手のひらサイズのもっこり……。
「きゃーっ!!」
叫ぶ音千亜だが、優聖は助けなかった。
恥ずかしがっているようで嫌がっている音千亜の表情がたまらない! そそくさと謎の地球外生命体はまるで会議に来た係長のように出てきた。
「あ……あいつっ!」
優聖は目を見張った。ブラジャーを頭にかぶって、謎の生物は誇らしげに音千亜の肩に立っていた!