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短編集

婚約破棄された悪役令嬢ですが、ざまぁ専門の相談所はじめました 〜第2王子と組んで国中にスカッと制裁を〜

作者: 夢見叶

 王城の大広間の真ん中で、わたしは片手を腰に当てて立っていた。

 目の前には青ざめた婚約者。第1王子、アルフレッド殿下。


「公爵令嬢フィオナ・レイバーン。お前との婚約を、ここで破棄する!」


 高らかな宣言に、周りの貴族たちがざわめく。

 でも、わたしの心はとても静かだった。


 ああ、やっとだ。

 長かった。


 殿下の隣には、ふわふわの金髪にゆるい笑顔を浮かべた少女。

 庶民出身の聖女と噂される、エミリア。


「理由を伺ってもよろしいですか、殿下」


 わたしがゆっくり問いかけると、殿下は待ってましたとばかりに顎を上げた。


「お前がエミリアをいじめていたからだ! 嫉妬に狂い、彼女を陥れようとした。そんな女と結婚などできない!」


「そうです、フィオナ様。わたし、毎日怖くて……」


 エミリアは、涙を溜めた大きな瞳でこちらを見る。

 その演技力、舞台に立てばいいのに。


 わたしは心の中でため息をつきながら、にこりと笑った。


「では、具体的にどのようないじめを?」


「ぐっ……それは、その……色々だ!」


 何か、ひとつくらい言えばいいのに。

 そう思いつつ、わたしは首をかしげる。


「殿下。王族が、公の場で公爵家令嬢の名誉を傷つけるのです。証拠もなく『色々』では、少々困ります」


「証拠なら……えっと……」


 殿下が言葉に詰まり、エミリアの方を見る。

 エミリアも焦ったように殿下の袖を引いた。


「アルフレッド様、落ち着いてください。あの……フィオナ様は、わたしの部屋に虫を入れて……」


「虫、ですか。ああ、あの件ですね」


 わたしはぱん、と両手を叩いた。

 そろそろ頃合いだ。


「では、衛兵長。先ほど申し上げた書類を」


「はっ」


 大広間の扉が開き、鎧姿の衛兵長、その後ろに書類の束を抱えた文官が続く。

 ざわめきが、一段と大きくなった。


「フィオナ殿。ここでよろしいのですな」


「お願いします」


 わたしは微笑み、文官から書類を受け取って、高らかに読み上げる。


「『平民の少女エミリアを、聖女として祭り上げることで、王家の失政から視線を逸らす計画書』。起案者、第1王子アルフレッド。協力者として、伯爵家、子爵家、その他詳細名簿あり。……この通りです」


「なっ……!」


 殿下の顔から血の気が引いていく。

 エミリアも、ひくりと頬を引きつらせた。


「そ、それは偽造だ! でたらめを!」


 殿下が叫ぶと同時に、今度は別の扉が開いた。


「偽造かどうかは、これで判断すればよい」


 低く、よく通る声。

 現れたのは、この国の第2王子、ジークハルト殿下だった。


 会場が一瞬で静まり返る。

 わたしの胸も、少しだけ高鳴った。


「兄上。印章は本人しか使えないはずだが、その文書には、確かに兄上の印が押されている。王家の印は、魔力でも照合できるのだぞ」


 ジーク殿下が指を鳴らすと、文官が魔道具を取り出し、印章部分に翡翠色の光を当てる。

 光が、ゆらりと赤く変化した。


「アルフレッド殿下の魔力、間違いありません」


「そ、そんな……ジーク、お前まで!」


 殿下は崩れ落ちそうになり、隣のエミリアに縋りつく。

 しかしエミリアは、さっと半歩下がった。


「アルフレッド様、やめてください。わたしはただ、アルフレッド様に言われた通りに……」


「黙れ! 全部お前が言い出したのだろう!」


「ええっ!?」


 さっきまでの甘い雰囲気は、跡形もない。

 わたしは内心で肩をすくめる。


 計画通り。

 これで、わたしの「悪役令嬢」としての役目も終わりだ。


「ジーク殿下。こちらが、聖女詐欺に関わった貴族たちのリストです。寄付金の横領、地方への物資の中抜き、孤児院支援金の着服。証拠はすべて揃えてあります」


「よくここまで集めたな、フィオナ」


 ジーク殿下は一瞬だけ、柔らかい笑みをわたしに向ける。

 心臓が、どくんと跳ねた。


 やめてください、その顔。

 変に意識してしまうでしょう。


「なぜだ、フィオナ! なぜこんな裏切りを!」


 アルフレッド殿下がわたしを睨みつける。

 裏切り、という言葉に、思わず苦笑した。


「裏切りとは、まず信頼関係があって成立する言葉ですよ、殿下」


「なっ……!」


「わたしは、公爵令嬢として、ずっと王家のために働いてきました。この数年、あなたがどれほど国庫から資金を抜き、どれほどエミリア様を利用して民を騙してきたか。その全てを知った上で、証拠を集めていただけです」


「……最初から、俺たちをはめるつもりだったのか」


「はい。最初から」


 あっさりと肯定すると、貴族たちから感嘆とも恐怖ともつかない声が漏れた。


 そう、わたしは悪役令嬢。

 なら、悪役らしく、徹底的に。


「なお、この件に関して、王と王妃陛下にはすでに報告済みです。本日は、民の代表や地方の有力者も招いての晩餐会。ここで真実を明らかにすることを、陛下方はお望みでした」


 上座に控えていた王と王妃が、静かに頷く。

 殿下の顔から、完全に色が消えた。


「アルフレッド。もはや言い逃れはできぬ。お前の王位継承権は剥奪する」


「そ、そんな……俺は王になる男だぞ!」


「王になる男が、国を売る真似をするか」


 王の低い声が、大広間に響く。

 アルフレッド殿下は、がくりと膝をついた。


「エミリアとやらも、聖女を騙った罪で裁かれる。聖女とは、民が自然に敬意を抱く存在のこと。本物は、自分から名乗らぬものだ」


「いやっ、わたしは被害者で……!」


 エミリアの叫びは、衛兵たちの足音に飲み込まれた。


 2人が連れ出されていくのを見届けてから、王はゆっくりと立ち上がる。


「フィオナ・レイバーン。お前には、今回の件で多大な働きをしてもらった。だが……アルフレッドの婚約者として、国中から恨みを買う役を引き受けさせてしまったこと、心から詫びよう」


「もったいないお言葉です、陛下」


 本当は、ぜんぜん気にしていない。

 悪役令嬢の仮面は、好きでかぶっていたのだから。


「この場を借りて、1つだけ宣言させてください」


 わたしは、会場にいる全員を見回した。

 貴族も、地方の領主も、商人も。

 皆が、固唾を飲んでわたしを見つめている。


「フィオナ・レイバーンは、本日をもって、第1王子アルフレッド殿下との婚約を破棄されました。

 ですが、それはわたしにとって――何よりの解放です」


 ざわ、と空気が揺れる。


「わたしはこれから、公爵家の嫡子としてではなく、フィオナという1人の人間として、この国のために働きます。皆さま、どうぞこれからも、遠慮なくわたしを利用してください。悪役でも、便利に扱えるなら本望ですから」


 沈黙の後、どこからともなく拍手が湧いた。

 それは次第に大きくなり、大広間を埋め尽くす。


 婚約破棄のはずが、なぜか祝福ムード。

 ちょっとおかしな話だけど、悪くない。


 そうして、その夜。

 王城のバルコニーで、わたしは1人、夜風に当たっていた。


「やり切った、かな」


 星空を見上げてつぶやくと、背後から靴音が近づいてくる。


「お疲れさま、フィオナ」


 振り向けば、ジーク殿下。

 さっきのきりっとした表情ではなく、どこか柔らかい笑顔だ。


「ジーク殿下。お声をかけていただけるなんて、光栄です」


「もういいだろう、そのよそよそしい言い方は。ここには、俺とお前しかいない」


「……では、ジーク」


 名前を呼ぶと、ジークは満足そうに笑った。


「今回の計画、本当にありがとう。お前がいなかったら、兄上の不正を暴くことはできなかった」


「こちらこそ、楽しかったわ。少しだけ、胸は痛みましたけど」


 わたしはバルコニーの手すりにもたれ、夜の街を見下ろす。


「アルフレッド殿下が、心から悔い改めてくれるならいいけれど。そう簡単ではないでしょうね」


「あの男のことだ。暫くは自分の不幸を呪うだろうな。だが、まあ……それも自業自得だ」


「そうね」


 わたしは小さく笑った。

 ざまぁ、という言葉が頭をよぎる。


「ところで、フィオナ」


「なに?」


「……怒っていないか?」


「何に?」


「兄上との婚約のことだ。元々、俺との婚約話もあっただろう? だが、王家の事情で、お前は兄上の元へ行くことになった」


「ああ、その話」


 もう過去のことだと思っていたのに、急に胸がきゅっとなる。


「怒ってはいないわよ。わたしは公爵家の令嬢。王家の判断に、従うのが役目だもの」


「だが、お前は……」


「ただ、少しだけ、寂しかっただけ」


 星を見上げたまま、素直な気持ちがこぼれた。


「昔から、ジークといる方が落ち着いたから」


 その瞬間、隣で息を飲む気配がした。


「……それを、もっと早く言ってくれればよかったのに」


「今言ったじゃない」


「遅い」


 ジークはわたしの隣に立つと、そっと手を伸ばし、手すり越しにわたしの手に触れた。


「フィオナ。お前はもう、兄上の婚約者じゃない」


「そうね。晴れて自由の身よ」


「なら、もう1度聞かせてくれ。フィオナ・レイバーン。俺の隣に立つ気はあるか」


 鼓動が早くなる。

 さっきまでの大広間での緊張とは、まったく違う種類のものだ。


「それは、第2王子ジークハルト殿下からのお言葉かしら。それとも……ジークから?」


「……ジークからだ」


 少し照れたように目を逸らすジークが、なんだかおもしろくて、愛しくて。

 わたしは笑ってしまった。


「そうね……」


 昔の自分を思い出す。

 まだ幼かった頃、庭園で一緒に本を読んだ日々。

 静かな湖でボートを漕いだこと。

 夜、こっそり抜け出して星を眺めたこと。


 あの頃、わたしはすでに知っていた。

 自分が誰の隣にいたいのか。


「ジークの隣なら、悪役令嬢も悪くないかも」


「それは了承と受け取っていいのか?」


「まだ早いわよ」


「え?」


「わたしは悪役令嬢なの。そう簡単には、落ちないわ」


 いたずらっぽく笑うと、ジークは呆れたような、でも嬉しそうな顔をした。


「じゃあ、これから口説き落とすとしよう。時間をかけてな」


「せいぜい頑張ってちょうだい」


 そんな軽口を叩きながら、ふと気づく。


 婚約破棄されたはずなのに、今のわたしは、とても幸せだ。


◇◇◇


 それから、数か月。


 わたしは王都の一角に、相談所を開いた。

 看板にはこう書いてある。


『悪役令嬢フィオナのなんでも相談所

 復讐、ざまぁ、お任せください』


「フィオナ様、本当にこの看板でよろしいのですか」


 秘書役を買って出てくれた侍女のリサが、心配そうに眉を寄せる。


「いいのよ。わたしは悪役令嬢で通ってるんだから」


「ですが、最近は『国民の守護者』とか『裏方の聖女』とか、色々な呼び名で……」


「そんなの、こそばゆいだけだわ」


 わたしはソファに腰を下ろし、来客用の茶器を整える。


 この相談所には、毎日のように人が訪れる。

 理不尽な税の取り立てに困っている商人。

 夫に浮気された奥様。

 村を脅かす盗賊に苦しむ農民。


 わたしは話を聞き、調べ、時に罠を張り、時に交渉し、

 最後には、相手にきっちり「ざまぁ」を味わってもらう。


 その結果として、泣きながら感謝されるのだから、世の中おもしろい。


「次の相談者は誰?」


「本日は……おや? 予約にはない名前ですが……」


 リサが首をかしげているところに、扉がノックされた。


「入っていいわよ」


 扉が開き、ゆっくりと1人の青年が入ってくる。


「失礼する」


「ジークじゃない」


「客として来た」


「料金は高いわよ?」


「払える」


 即答するあたり、さすが王子。


 ジークは椅子に腰を下ろすと、少しだけ真面目な顔になった。


「実はな、困っていることがある」


「王子様が、悪役令嬢に相談とはね。おもしろいじゃない。内容は?」


「1人の令嬢を、どうやって口説き落とすか」


「……それ、うちの相談所の分野なのかしら」


「復讐とざまぁに関わる話だ」


「どういうこと?」


「その令嬢はな、自分を悪役だと思い込んでいる。だが実際は、誰よりも人のために動いて、悪人どもをざまぁさせている。俺としては、そんな彼女の勘違いを、徹底的にざまぁしたい」


「つまり?」


「自分がどれほど愛されているか、思い知らせてやりたい」


 ぽん、と心臓を殴られたような衝撃。


 顔が熱くなるのを誤魔化すように、わたしは紅茶を口に運んだ。

 手が、少し震えている。


「それは……なかなか難しい案件ね」


「報酬は、王家が全力で支払おう」


「報酬の問題じゃないわよ」


「じゃあ、どうすればいいか、悪役令嬢の視点から教えてくれ」


 真剣な眼差し。

 逃げ場なんて、最初からなかったのかもしれない。


「……そうね」


 わたしはカップを置き、ジークをまっすぐ見た。


「その令嬢は、きっと自分の役目ばかり考えている。誰かのためになるなら、自分が悪役でも構わないって、本気で思ってる」


「ああ、そうだろうな」


「だから、まずは自分が『選ばれる側』だってことを、教えてあげればいい」


「選ばれる側?」


「いつも誰かのために動いている人は、選ぶことに慣れていないの。選ばれることにも。

 だから、ちゃんと言葉にしてあげて。

 あなたを選ぶって」


 自分で言いながら、胸が苦しくなる。

 ジークは、そんなわたしを見つめて、ふっと笑った。


「じゃあ、今、実践してみるか」


「え?」


「フィオナ・レイバーン。俺はお前を選ぶ。何度でも、何度だって選ぶ。

 悪役だろうが何だろうが関係ない。

 俺の隣にいてくれ」


 わたしの相談所なのに、いつの間にか立場が逆転している。

 でも――嫌じゃない。


 むしろ、ずっと、こうされることをどこかで望んでいた。


「……そんなことを、相談所で言うなんて、ずるいわ」


「悪役令嬢に相談するんだ。これくらいずるくないと、釣り合わないだろう?」


「そういうところ、ほんと、タチが悪いのよ。あなた」


 わたしは立ち上がって、ジークの前に歩み寄る。

 彼の目を、真正面から見て。


「でも、そうね。

 その令嬢は、きっとこう答えると思う」


「どう答える?」


「逃げないで、ちゃんと捕まえてみせなさいって」


「……本当にタチが悪いな。お前」


「お互いさま」


 2人で笑う。

 窓から差し込む光が、やけに眩しい。


 婚約破棄されて、悪役令嬢になって、国中から「ざまぁありがとう」と感謝されて。

 それでも、わたしの物語は、まだ始まったばかりだ。


 ジークの隣で。

 そして、たまに誰かを、気持ちよくざまぁさせながら。


 何度でも読み返したくなるような、そんな日々を生きていくのだろう。


 ……悪役令嬢も、悪くない。

【あとがき】


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

フィオナとジークの婚約破棄ざまぁ劇、少しでも楽しんでもらえたならうれしいです。


婚約破棄×ざまぁ×悪役令嬢が大好物なので、好きな要素をぎゅっと詰め込んでみました。

もしフィオナの相談所でのその後や、ジーク視点、アルフレッド側のざまぁ後日談など

まだ読んでみたいなと思っていただけたら……


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