第9話「静かな夜のお酒と夢」
ケインの世界政府入社式を翌日に控えた夜、ジークはある店へと向かっていた。
緊張した面持ちで入り口の前に立つと、彼はゆっくりとドアを開けた。
カラン、という気持ちの良い音がジークの心臓を早くする。
「いらっしゃいませ。……あら? また来てくださったんですね。どうぞこちらへ」
微笑んで出迎えてくれたのは、先日の女性バーテンダーだった。
「あ……ど、どうも……この間はありがとうございます」
ジークはなおも緊張した様子で、女性バーテンダーに頭を下げる。
「ふふ、そんなに緊張なさらなくても。……今日はお一人ですか?」
「あ……はい。先日飲んだお酒がどれも美味しくて……。また飲みに来ちゃいました」
テリーと一緒に訪れた夜、熱い話と共に飲んだカクテルの数々。
家ではもっぱらビールかハイボールばかりのジークにとって、新鮮で記憶に残るお酒ばかりだった。
「ありがとうございます。……あ、そういえばちゃんと自己紹介をしていませんでしたね。私の名前は、セレナ・オルティスと言います」
「セレナさん……」
口に出してみると洗練された美しさと知的さを感じ、彼女にピッタリな名前だなとジークは思った。
……が、名前を呼んで見つめているのがなんだか恥ずかしくなり、慌てて自分も名乗る。
「し、下の名前で呼んですみません! お、俺はジーク・ハワードと言います。よろしくお願いします!」
そんな彼の様子が少しおもしろかったのか、彼女はクスッと微笑んだ。
「うふふ、ご丁寧にありがとうございます。下の名前で呼んでもらって構いませんよ。私もジークさんとお呼びしてもよろしいですか?」
セレナの言葉に、ジークはブンブンと頭を縦に振る。
彼女は再び微笑むと、カウンターに立って微笑んだ。
「ふふ……さてジークさん、何をお作りしましょうか?」
「セ、セレナさんのおススメをお願いします!」
「わかりました。では、お作りしますので少々お待ちくださいね」
セレナは慣れた手付きで、お酒を注いでいく。
そんな彼女の姿をジークは、ぼーっと眺めていた。
この間来た時はテリーとの話に夢中だったが、彼女は自分とさほど変わらないであろうに大人としての落ち着いた雰囲気が感じられた。
彼女がふと振り返り、ジークと目が合う。
すると、彼女はまたしても柔らかく微笑んだ。
「あ……」
その笑顔にドキッとして思わず目を逸らす。
(……綺麗だな)
そんなことを考えてしまい、恥ずかしくなって頭をブンブンと振るジーク。
『兄ちゃんは惚れっぽいんだよなぁ。ちょっと親切にされるとすぐに好意持つし……。そのくせ、女性慣れしてないしなぁ……。ほんと気を付けろよな?』
呆れたような、からかうようなケインの姿を思い出す。
(別に惚れたわけじゃないし! ただセレナさんが魅力的だなぁって思っただけだし!)
心の中でケインに反論するジーク。
そんな彼の目の前に、セレナがそっとグラスを置く。
「お待たせしました。こちらは"ダイキリ"というカクテルです」
そう言って彼女はまた微笑むのだった。
「ダイ……キリ……」
聞き慣れない名前のお酒を一口飲んでみる。
「美味しい……」
思わずそう呟くと、セレナは安心したようにうなずいた。
「ありがとうございます。先日ご来店いただいた時よりも、表情が生き生きとしていましたので、このカクテルがピッタリかな、と」
そう言って微笑む彼女を見て、ジークはまたドキッとしてしまうのだった。
『……兄ちゃん、本当に惚れっぽいなぁ』
(うるせぇ、ほっとけ!)
脳内で再びケインとのやり取りをするジークだった。
ちらほらと他のお客さんもやってきたが、平日ということもあって、最後まで残っていたのはジークだった。
それから2人は他愛もない会話に花を咲かせる。その頃にはジークもすっかり緊張が解けて、リラックスしてお酒を楽しんでいた。
「家にいるとダラダラと安いお酒を、ずっと1人で飲み続けてしまうんですよね。これまでの癖で。ダメだとはわかってるんですけど」
ジークは自嘲気味にそう言いながら、小さくため息を吐く。
「1人で飲む時間もいいものです。……でも、ずっとだと体が心配ですよね……」
そんなジークの言葉に、セレナもうなずいた。
「だから……その……」
ジークはそこで言葉を詰まらせる。
"また飲みに来ていいですか?"と言いたいのに、なぜか気恥ずかしくて出てこない。
彼の脳内には、若いながらバリバリ仕事をこなしているデキる男としての、理想と妄想の自分がカウンターに座ってセレナと話していた。
だが、グラスに映った天然パーマの自分の緩んだ顔に、不意に現実に引き戻されてしまった。
無職の自分が、こんなスマートな大人がゆっくりとした気持ちでお酒を楽しむお店に来てもいいのか、と怯んでしまったのだ。
「またいつでも来てください、ジークさん。宅飲みよりは高くついてしまいますが、そのぶんこだわったお酒を提供いたしますから。それに……飲みすぎないようにストップをかけてあげます、ふふ」
なかなか次の言葉が出てこないジークの意を汲みとってか、セレナが伝えた。
「……」
彼女の一言に、ジークはまたドキッと胸が高鳴る。
「ひゃ、ひゃい!!」
そのせいで思わずおかしな返事をしてしまうジーク。
セレナは、またクスクスと笑い出した。
それは先ほどまでの美しい微笑とはまた違った、職業人としてではない、彼女の素の笑い声なのだろう。
少女のような明るい笑い声に、ジークはさらに翻弄される。
「お、お酒のせいですからね!」
ジークは顔を真っ赤にしながら、なんとか訴えるのだった。
口元を手で隠しながら、ようやく笑い終えたセレナ。
「はい、わかっていますよ」
(……やっぱり素敵な女性だなぁ)
心の中でそう呟くのだった……。
「セレナさん、明日ね。ついに俺の弟が世界政府に入社するんです。あいつを誇りに思う気持ちは本当なんです。だけどそれと同時に、先を越された悔しさもやっぱりあるんですよね。俺も早く追いつきたいなぁ、って……」
ジークはセレナにそう話すと、一口お酒を飲んだ。
多少の苦みを感じるその味は、今のジークの心をゆっくりと開け放っていく。
「……テレビで入社式の様子が報道されるんですけど。あいつ、代表挨拶を任されてるらしくて……。明日俺の弟がテレビに映るんですよ。新入社員代表として……。俺、直視できるのかな……。ちょっと不安です」
そう言ってジークは苦笑した。
ケイン本人にはもちろん、自分よりもさらに心配しているであろうアミにも明かせない胸の内。
やや間があった。
それはセレナがジークを少しの間、見つめていたからだった。
「大丈夫ですよ。きっと見れるはずですよ、あなたの弟さんを」
やがて彼女は落ち着いていて、柔らかい声でそう言った。
「……え? なんでですか?」
首を傾げるジークに、彼女は微笑みながら続ける。
「だって……ジークさんにとって弟さんは誇りなのでしょう? 明日はその晴れ舞台。たとえ悔しさや羨ましさがあったとしても、弟さんがあなたの誇りであるなら、きっとしっかり見れると思いますよ」
「——!」
ジークはセレナの言葉にハッとする。
そうだ……。そうだった……。俺は何を不安がっているんだ。俺の弟が世界政府に入社するという事はつまり、世界の未来を担う優秀な人材になったということだ。
先は越されてしまったけど、ライバルであると同時に……いや、ライバルよりも前に、あいつは俺の大切な弟だ。
兄である俺がその晴れ舞台をしっかり見届けないで、どうする!
「セレナさん……ありがとうございます! 今日、このお店に来れてよかったです!」
ジークはそう言って頭を下げると、カクテルをもう一口飲んだ。
先ほどの一口よりも、心なしか甘い味がしたような、そんな気がするジークだった。
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