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第34話「縮まる距離、くだける言葉」

 二人で歩く街並みは、どこまでも穏やかだった。

 レンガ造りの建物の影が伸び、街路樹の葉が風に揺れる。

 遠くから聞こえるのは、行き交う人の話し声と、通りを走る馬車――ではなく、この街では小型の魔導車の走行音。

 それさえも、今日は不思議と“うるさく”感じない。


 ジークとセレナは、並んで歩きながら仕事以外の話をしていた。

 好きな食べ物、子どもの頃の話、店の裏話、弟の話――。

 少しずつ、敬語がほどけていく。

 笑うタイミングも、ツッコミのテンポも、自然に合っていく。


「……なんか、今日のセレナさん。いつもよりよく笑いますね」


 ジークが思わず言うと、セレナは一瞬だけきょとんとして、すぐに照れたように笑った。


「そう? だって……楽しいんだもの」


 その言い方がずるい。

 ジークは胸の奥がくすぐったくなるのを感じながら、わざと前を向いて歩幅を整えた。


「あ、そうだ! ちょっとこの先に公園があるんですけど、そこで少し休憩していきませんか? 天気もいいですし!」


 ジークが提案し、セレナがうなずく。


「うん、行ってみたい」


 二人は小道を曲がり、公園へ入る。

 途端に、空気が少しだけ変わった。

 街の喧騒が遠ざかり、鳥の鳴き声と葉擦れの音が近くなる。


 ベンチに座ると、視界が開けた。

 大きな池があり、陽の光を受けて水面がきらきらと反射している。

 それを囲むように整備された花壇。

 色とりどりの花と、伸びやかな木々。

 ほんのり湿った土の匂いが、心をほどく。


「……わぁ。綺麗……」


 セレナが小さく息を吐く。


「ここ、いいですよね。俺も好きです」


 ジークがそう答え、隣を見る。

 セレナの横顔は柔らかく、いつもより“休日”の空気をまとっていた。


「なんだか落ち着くね」


 セレナが呟いた、その瞬間。

 彼女がふとジークの方へ顔を向けて微笑んだ。


(っ……!)


 ジークの心臓が跳ねる。

 だが、セレナの視線は池の方へ向いている。


(な、なんだ、景色を見てたのか……ふぅ……)


 ジークは内心で息を吐いて、同じように景色を見渡す。


「いい景色ですね」


「……うん。本当に綺麗……」


 二人は池の水面を見つめた。

 陽の光が揺れて、きらきらが揺れて、時間まで揺れていくみたいだった。


 しばらく、言葉がなくても心地いい沈黙が続く。


 やがてセレナが、ぽつりと話し出す。


「休みの日はね、いつも新しいカクテルを作れないか考えているの。起きてからずっとね。……だから、こんなにゆったりとした休日は久しぶり」


 声が、驚くほど穏やかだった。

 “頑張らなきゃ”の鎧が、少しだけ外れている声。


「……いいですね。でも、あまり無理しないでくださいね」


 ジークが言うと、セレナは一瞬だけ驚いた表情をして――すぐに笑顔になる。


「うん! ありがとう。ジークくんの方こそ、勉強頑張り過ぎないでね?」

「はいはい、気をつけます」

「ふふ」


 二人は小さく笑い合い、また景色を眺めた。

 肩が、ほんの少しだけ近い。



 しばらくして二人は公園を後にし、再び街中へ向かって歩き出した。


 不思議なことに、さっきより距離が縮まっていた。

 手を伸ばせば肩が触れるほどの近さ。

 それが自然で、でも少しだけ恥ずかしい。


「セレナさん、次は予定していた水族館に行きましょう! 駅から歩いて10分くらいなので、ちょうど良い時間だと思います」


「うん! 楽しみだね!」

 二人は駅へ向かって歩き出した。


 水族館に到着したのは、午後2時を回った頃。

 建物の中へ入った瞬間、空気がひんやりと変わる。

 水の匂い。

 遠くで響く水音。

 照明は落ち着いていて、静かな世界が広がっていた。


「わぁ~、綺麗……!」


 セレナが巨大水槽に目を輝かせる。

 青い光の中を、魚たちがゆったり泳ぐ。

 まるで別世界。


「この水族館ではトンネル状の水槽が有名らしいですよ」


「そうなの? それは楽しみだね!」


 二人はゆっくり歩き出す。

 透明なトンネルの上を、色鮮やかな熱帯魚が横切った。

 尾ひれが光を受けて、キラリと揺れる。


 その美しさに、二人とも言葉を失って見上げてしまう。


 ――そんな時、セレナはふと思った。


(そういえば、私いつの間にか口調がくだけてるな……)


 気づいた瞬間、口元が緩む。

 そして無意識に微笑んでしまう。


 水族館をじっくり見て回っていると、時間はあっという間に過ぎていった。


「あ、もうこんな時間かぁ」

 セレナがスマホを見て呟く。


「そうですね。そろそろ帰りましょうか?」

 ジークが言うと――セレナは首を振った。


「ううん! もう少しだけ……ダメかな?」

 断れるわけがない。


「……もちろん。もう少し見ましょう」

 二人はまた歩き出す。



 水族館を出ると、夕方4時を過ぎていた。

 外の光は柔らかく、少しだけオレンジに寄っている。


 二人はディナーを予約しているレストランへ向かって歩き出す。


 ジークは、さりげなく車道側を歩いた。

 ドアがあるところでは先に開け、セレナを通す。

 ほんの基本。でも、今日は“ちゃんと”やりたかった。


 セレナはその度に小さく「ありがとう」と言う。

 それが胸をくすぐる。


 いつもは可愛い後輩で、子犬みたいに慕ってくるジーク。

 でも今日は――“男性”としてエスコートしてくれている。


 狭い道で自転車が急に飛び出して来た時、ジークはさっとセレナを引き寄せた。

 腕の中に収まった彼女は、転ばずに済む。


「あ、ありがとう」


 セレナがジークを見上げると、彼は照れたようにはにかんだ。


 その瞬間、セレナの心臓が跳ねる。


(ジークくんって細い見た目だと思ったけど、けっこうガッシリしてるんだな……。毎日鍛えてるって言ってたものね)


 腕の感触。胸板の硬さ。

 気づいた途端、顔が熱くなる。

 セレナは慌てて視線を逸らし、赤くなった顔を隠す。


 そして今度はジークがドキッとする。


(セレナさん柔らかかったなぁ……。それにいい匂いもしたし……って、なに考えてんだ俺は!)


 二人は、なんとなく赤面したまま歩くのだった。



 ディナーのお店に到着する。

 ジークは昨日、ナナと交わした会話を思い出していた。


『初デートなんだからあまり高いところはダメよ?』

『え? 初デートだからこそ、高いところの方がいいんじゃないのか?』

『最初から高いお店は相手にプレッシャーになるわよ。それに……。相手は同じお店の先輩なんでしょ? じゃああなたの懐事情は詳しいはずだから、無理してるってわかって気を遣われるわよ』

『そ、そうなのか……』

『だから最初はちょっと背伸びするくらいで、でも気負いすぎない程度のお店にしなさい。見え張りすぎてもダメ!』

『うぐっ……。た、たしかに』


 そうして選んだのは、少しお高いけど敷居は高すぎないお店。

 予約すればコース料理も楽しめる。


 店内は明るく、それでいて落ち着いた空間。

 店員に案内され、窓際の席へ座る。


 一流レストランのような夜景――とまではいかない。

 でも、落ち着いた街並みが窓の向こうに広がっていて、十分に綺麗だった。


「綺麗だね、ジークくん」


「ええ、ほんとに」


 セレナが夜景を見て呟く。

 ジークはうなずきながら、彼女の横顔を見つめてしまう。


(夜景よりも君の方が綺麗だよ、ってね。……でもほんとにずっと見ていたいな、セレナさんのこと)


 ――そんな熱い視線に気付いてしまったセレナが、少し顔を赤らめてジークを見つめる。


「どうしたの……?」


「いえ! なんでもありません! セレナさんと一緒に過ごせて楽しいなって!」


 屈託のない笑顔。

 セレナの胸が、また跳ねる。

 照れ隠しに、セレナは話題を変える。


「そ、そういえば! ジークくんって、料理は得意?」

「え? いや簡単なものなら作れるくらいですかね。あ、酒のつまみを作るのは得意です!」


 セレナの目がきらりと輝いた。


「そうなの? じゃあそのうち、お店にジークくんのおつまみメニューも置いてみる? もちろん、ジークくんさえ良ければだけど」

「ぜひお願いします!」


 そうしているうちに、コース料理が運ばれてきた。

 香りが立ち上り、食器がそっと置かれる音が心地いい。


 二人は料理とお酒を楽しみながら会話を弾ませた。


「へぇ、このお店、珍しい地方のワインをいくつも置いているのね」


 さすがバーで働くセレナ。

 メニューを見ながら産地にまで目がいく。


 だが今日はジークも負けていない。


「この地方のワインは、たしか領主が買い占め騒動を起こすほど人気の品種のブドウが使われたものなんですよね?」


 セレナが驚いて目を丸くする。


「そうそう! ジークくんよく知ってるね! ちゃんと勉強してる証拠だね! えらいえらい!」


「ありがとうございます! お客さんにも説明できるようになりたいし……なによりセレナさんとそういう話もたくさんしたいですし!」


 その笑顔に、セレナの胸がきゅっと鳴る。


「あ、そうだ!」

 ジークが思い出したように声を上げる。


「ん? どうしたの?」


「いや、お互いのことを写真に撮ったり、風景を撮ったりはしたけど、一緒に写ってる写真は撮ってなかったなと思いまして。セレナさん、一緒に写真撮りませんか? 今日という日の記念に!」


 セレナは嬉しそうにうなずく。


「うん、撮りたい!」


 店員にお願いして記念写真を撮ってもらう。

 店員は快く引き受け、スマホを構えてくれた。


「それじゃあ撮りますよー」


 シャッター音が響く。


 それが終わり、店員が去っていった――その瞬間。


 ジークは、セレナの隣に座った。


「あ、あれ? ジークくん?」

 距離が、急に近い。

「自撮りってやつでも一緒に撮ってみたいんです。ダメでしたか?」


 少しだけいたずらっ子みたいな笑顔。

 セレナは赤面して、声が少しだけ小さくなる。


「だ、だめじゃない」

「じゃあ撮りますね!」

「う、うん!」


 ジークは慣れない手つきでスマホを構え、カメラを内側にする。

 画面に二人が入るように――自然と距離が縮まる。


 カシャッ。


 保存された写真を覗き込む二人。


「よく撮れてますね!」

「うん! 綺麗に撮れたね……!」

 嬉しそうに写真を眺めていると――。


「あとで送ってね! お互い撮った写真も共有できるようにアルバム作成しておくから、そこに入れてね?」

「わかりました! いやぁ、なんかこういうのっていいですね」

 その言葉に、セレナが微笑む。


 そして二人は、ようやく気付く。

 さっきから――めちゃくちゃ密着していることに。


 お互い、顔を見合わせて。

 同時に、目を逸らす。


「あ……あはは……」

「は、はは……」


 照れ笑いが重なって、空気がさらに甘くなる。

 二人が食事を終えたのは、午後6時半頃だった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

次回も読んでいただけると嬉しいです。

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