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第32話「明日はきっといい日になる ~ジークの髪~」

「いやぁ~、急に予約入れてもらって悪いなナナ! 明日大事な日だから、いい感じにしてくれると助かる!」


 ジークは、夜の街を小走りで抜けてきた。

 ネオンの光が濡れた路面に滲み、少し冷えた風が頬を撫でる。

 そのまま飛び込んだのは、同級生――ナナ・ハヅキが営む美容院だった。


 ガラス扉を開けると、ふわっとシャンプーの香りと、ドライヤーの温かい風の残り香が混ざって鼻をくすぐる。

 ナナの店は、予約をガチガチに取らないスタイルだ。

 当日の飛び込みでも、こうして対応してくれることがある。


「しばらく伸ばすって言ってたけど、切ることにしたんだ?」

 ケープをかけながら、ナナがニヤッとする。

「……もしかして、デート?」


「な!? デ、デートじゃないよ!」

 ジークは反射的に否定し――次の瞬間、言葉が詰まる。

「いや……違くないけど……」


「ぷっ」

 ナナは一拍置いてから、満面の笑み。

「なーんだ、やっぱりデートじゃん!? ハワードが女の子とデートねぇ」


 鏡越しにじっと見て、わざとらしく肩をすくめる。

「ヤバい、見たいんだけど! こっそり尾行しようかなぁ? なんてね」


「か、勘弁してくれよぉ……」

 ジークの頬が、じわっと熱くなる。

 ナナはそんな彼の肩をポンポン叩いて、愉快そうに笑った。



「あ、でももし良かったらさ! デートのアドバイスしてくれないか?」

「え?」

 ナナが目を丸くする。ハサミを持つ手が一瞬止まった。

「あたしがアドバイスして良いの? まぁ得意だけどさ」


「ナ、ナナが頼りなんだよ! 頼むよ!」

 頭を下げるジーク。

 ナナは肩を揺らして笑い、すぐに“プロの顔”に戻る。

「おっけー。じゃあ明日のデートで使えるアドバイスしてあげる」



 カチ、カチ、とハサミの音が軽やかに響く。

 髪が落ちるたび、ジークの肩が少しずつ軽くなる気がした。


「……ねぇハワード」

 ナナが鏡越しにジークの目を見る。

「あたしらの中でハワードといえばもっさり天パだけどさ、それは高校時代の話だもんね」

 ジークは思わず苦笑いする。


 ナナは、ハサミを動かしながら続けた。

「あのテロ事件でクラス全体が暗い雰囲気の中、みんなを盛り上げようとハワードはアフロにしてきたもんね。ありゃあ笑ったよ」

「そ、そんなこともあったなぁ」


 ジークは目を細める。

 暗くて重くて、息をするのも苦しかったあの頃――。

 でも確かに、あの“馬鹿みたいなアフロ”が、教室に笑いを戻した瞬間があった。


「でもあのアフロのおかげでクラスのみんなが俺をイジってくれたし、俺自身もそれで救われたんだよ。だから感謝してるさ」

「……そっか」

 ナナは少しだけ声を柔らかくする。

 そして最後に、キュッと形を整えるように手を動かした。


「はい、できた」

 布を外され、鏡を正面に向けられる。

「でも、本当のあんたの髪型はこっち」

 ナナは満足そうにうなずき、声を弾ませた。


「……うん、いい! カッコイイじゃん! 10歳は若返ったよ、ハワード!」

「10歳って、それじゃ高校生だろ!」


 ジークは思わず噴き出す。

 鏡の中には、いつもの“もっさり”ではなく――すっきりと整えられた、若々しいジークがいた。

 目元の黒縁メガネも、妙にハマって見える。


「どう? 気に入った?」

 ナナが、鏡越しにじっと見つめる。


「ああ、すごい気に入ったよ! ナナのおかげだ、ありがとう」

「でしょ?」

 ナナは満足げに笑う。



 その後も、服装やデートプランのアドバイスを受けていると――。


「姉さん、ただいま」

 店の裏口がカチャッと開き、ひょこっと顔を出したのはナナの妹、セナ・ハヅキだった。

 制服ではないが、学校帰りだろう。

 彼女は今年で高校を卒業する年齢だ。


「……あれ? こんな時間までお客さん? 珍しいね」

「お、セナちゃん、こんばんは! 試験勉強は順調かい?」


 ジークは気さくに声をかける。

 髪型はずっと同級生のナナに任せているから、セナとも顔見知りだ。


「え? えっと、誰ですか……」

 セナは一瞬戸惑い――次の瞬間、目を見開く。

「……え? もしかしてジークさん!?」


「そうだよ。そんなに変かな?」

 ジークが苦笑いすると、セナは慌てて手を振る。

「い、いえ! ……ただ髪の印象が変わったので」


 そこへナナがニヤニヤしながら割って入る。

「ふふん、セナ~あたしの腕前を舐めてもらっちゃ困るよ? 結構イケてるっしょ!?」

「うん、すごい」

 セナも素直にうなずき、ジークを見て微笑む。


「ジークさんは元がいいから、髪型を変えたら印象が全然違うね」

 ストレートすぎる褒め言葉。

 ジークは一瞬フリーズしてから、みるみる顔が赤くなる。


「あ、あはは! ……ありがとうセナちゃん」

 照れ隠しの笑い。

 それからジークは気を取り直して、少し真面目な話に繋げた。


「そういや今度こそ俺も世界政府の試験に受かるつもりだ。セナちゃんも試験は来年だろ。もしかしたらセナちゃんとは同僚になれるかもな」


 セナの目が、ぱっと明るくなる。

 彼女もまた、世界政府職員を目指している。大学には行かず、高校卒業枠での入職を狙う道だ。


「はい、わたしもジークさんと同じ国防省を目指します! 一緒に頑張りましょう!」

 力強い声。拳をきゅっと握る。

 ジークも自然と笑顔になる。

「おう、いいね!」

 店を後にしようとするジークに、二人が声をかける。


「ハワード! 明日のデート楽しんでおいでね!」

「ジークさん、応援してます!」

「お、おう!」

 ジークは照れ隠しに大きく手を振り、夜風の中へ出ていった。



 家に帰ると、リビングにはケインとアミ。

 ジークの顔を見た瞬間――二人は固まった。


 美容院から帰ってきたジークが、冗談抜きで10歳ほど若返って見えたからだ。

 いつもの“もさもさ”が"小もさもさ"になって帰宅すると思っていた二人は、度肝を抜かれる。


「ど、どうよ? ナナのおかげでだいぶ印象変わっただろ?」

 ジークは胸を張る。

 ちょっとだけドヤ顔だ。


「変わりすぎてビックリしたけど、いい感じじゃん!」

 ケインは目をぱちぱちさせてから、笑って親指を立てる。

「そういう髪型にするの久しぶりだろ? やっぱり兄ちゃんはその髪が似合ってるぜ」


 アミも、ぱっと顔を明るくしてうなずいた。

「はい! カッコイイです♪ いつもの優しくて落ち着いた感じを残しつつ、若さというかスタイリッシュさというか、そんな感じがとても素敵です!」


 お世辞じゃない褒め言葉に、ジークの肩がふっと緩む。

「そ、そうか? いやぁ……なんか照れるなぁ」

 照れたように、でも嬉しそうにはにかむジーク。

 その顔を見て、ケインもアミも自然に笑みがこぼれた。


 明日はきっと、いい日になる。

 そんな予感だけが、家の中にふわっと漂っていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

次回も読んでいてただけたら、嬉しいです!

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