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第30話「アミとのお出かけ、結婚への羨望」

「たっだいマウンテンゴリラ! ウホホッウホホッ!」

 玄関のドアを開けた瞬間、ジークが全力で叫んだ。

 早朝の空気がまだ冷たく、廊下にその声がビリビリと反響する。


「おかえり~兄ちゃん」

 出社の準備をしながら、ケインがネクタイを整える手を止めずに顔だけ向けた。

「ゴリラって本当にそういう鳴き方なのか? つか今朝はずいぶんとテンション高いのな」


「おうよ! 今日は人生最高に楽しかったからな!」

 ジークは満面の笑み。頬が上がりっぱなしで、目までキラキラしている。

 今にも踊りだしそうな勢いだ。

「ぷっ……なんかよくわからんけど……。まあよかったな」

 ケインは呆れつつも笑って、鞄を持ち、玄関へ向かう。


「じゃ、行ってくるわ」

「いってらっしゃーい!」

 ジークの声を背に、ケインはいつも通りに出社していった。


「ジークさん、今日は一段と元気ですね~!」

 仕事終わりのシャワーを浴びたジークに、アミが洗濯物を運びながら声を掛ける。

 タオルで包み、軽い鼻歌まじりに自分の髪を乾かしているジークを見て、首を傾げた。


「おう、アミちゃん♪ そうなんだよそうなんだよ! 俺ったら今日人生最高に幸せな日かもしれないのだ!」

 ジークはくるっと振り返り、ビシッと親指を立ててポーズを決める。

 乾かし途中の髪がふわっと揺れた。


「なるほど~、それは良かったですね~?」

 アミは上機嫌な彼につられて笑顔でそう返し、だがすぐに付け足す。

「あ、でもあんまり飲み過ぎちゃダメですからね!」


「ちょっ! 酔っぱらって浮かれてるわけじゃないからね、アミちゃん! アミちゃん? アミちゃ~ん!?」

 ジークが呼ぶが、アミはくすくすとわらいながら洗濯物を干すのだった。

「がっくし……」

 酒飲みだと思われて肩を落とすジーク。

 実際に飲んできたわけだが……。

 ――が、次の瞬間にはまた鼻歌を再開して、上機嫌で髪を乾かしていた。



「アミちゃん、今日の買い物と結婚式の打ち合わせは午後からだよね? 俺、今から一寝するからさ」

 ジークは眠そうに目を擦りながら言う。

 夜勤明けの身体は、やっぱり正直だ。

 それに昨日は事件に、掃除に、ドキドキの食事会に、と身体も頭もフルに使っていたのだから。


 掃除機をかけていたアミが手を止め、笑顔でうなずいた。

「はい、わかりました! 私1人で大丈夫って言いたいんですけど……」

 言いかけて、少しだけ表情が曇る。

 この間の“襲われかけたこと”、そしてその後のムーフィンの騒動――記憶がよぎったのだろう。

「この間のこともありますからね……」


 ジークはうんうんと大きくうなずいた。

「アミちゃんみたいな可愛い子が1人で歩くのは危ないからね!」

 恥ずかしげもなく可愛いと言われ、アミは少し恥ずかしそうな笑みを浮かべた。

「アミちゃんに何かあったら、ケインに合わせる顔がない。それに俺もヤダ! だから俺が目を覚ますまで、外出は控えてくれよな?」

「はい、じゃあお願いしますね♪」


 アミは素直に答えつつ、ふと首をかしげる。

「……ところでこの間の、あのムーフィン一派が昨日の夜に壊滅したって今朝ニュースでやってましたけど……。情報統制でもされてるのか、詳しくは流れていなかったんですよね~……」


 ジークはニッコリ微笑む。

 どこか“妙に爽やか”な笑みだ。

「ま、世の中には知らない方がいいこともあるってことだよ、うん!」

 軽く言って、話を締める。


「さ、そろそろ俺は寝るけど、起きなかったら起こしてくれよな!」

「はい、わかりました! おやすみなさい、ジークさん」

「おやすみ~」

 ジークは自室へ引っ込み、布団に潜り込むと――まるでスイッチが切れたようにすぐ眠りに落ちた。



 それから数時間後。

(ん~……今何時だ?)

 ジークはゆっくり目を開ける。

 カーテンの隙間から昼の光が差し込み、部屋の埃がきらきら浮いて見える。


 時計は午後1時少し前。

(さてと……)

 ジークは起き上がり、背伸びをして体をほぐす。

 肩の凝りが少しだけマシになった気がした。


「アミちゃ~ん、おはよ~。じゃあ行こっか」

 リビングに降りると、アミは結婚式のカタログに目を通していた。

 幸せそうでありながら、少し難しそうな顔もしてページを捲っている。

 結婚式はいろいろと決めることが多いらしいからな、とジークはその姿を微笑ましく思った。


「あ、おはようございます! ジークさん、よく眠れましたか?」

 ジークに気付くと、その手を止めたアミ。

「おう、バッチリだぜ!」

 ジークが元気よく答えると、アミもニッコリ笑う。

「じゃあ行きましょうか」

 2人は準備を整え、家を出るのだった。


 まず目指すのは、結婚式会場。

 住宅街を歩く道すがら、アミは時々、視線を左右に走らせていた。

 無意識に警戒してしまうのだろう。肩が少し硬くなっているように見えた。


(うーん、やっぱり1人で歩かせるのは心配だなぁ)

 ジークはアミの横顔を見て、内心でそう思う。

 だからこそ、歩幅を合わせ、少し前に出すぎないように歩いた。



 やがて会場に到着する。

 きれいに整えられた外観、上品な花の香り、静かな空気。

 まるで別世界みたいだった。


「お待ちしておりました。結婚式の打ち合わせでいらしたハワード様でよろしいでしょうか? ただいま、担当の者がご案内いたします」

 受付の案内で、アミは担当者の女性と打ち合わせへ。

 ジークは付き添いとして同席する。


 担当の女性は資料を見て、ジークの顔を見て、また資料を見る。

 それを何度か繰り返して、恐る恐ると言ったように尋ねた。

「……新郎のケインさんで、お間違いないですよね?」

「いいえ、お間違いですね」

 ジークはニッコリ微笑む。


「新郎の兄のジークです。今日はアミちゃんの付き添いで来ています」

「あら、これは失礼しました! なんだか事前にいただいていたお写真と印象がだいぶ違うものですから、ほほほっ!」

「はは……(なんだよぉ。何が言いたいんだよぉ)」

 ジークは心の中だけでツッコミを入れ、愛想笑いでやり過ごした。


 アミが打ち合わせをしている間、ジークは会場を見学することにした。

 もちろん新郎の兄として許可は得ている。


 廊下を歩くと、静かな絨毯の感触が足に伝わる。

 控室、ホール、飾られた花。

 祝福のためだけに整えられた空間は、どこも眩しい。

 極めつけは、この会場で式を挙げた人たちの写真だろう。

 幸せそうな写真がいくつも飾られていた。


(……いいなぁ)

 自然とそんな感想が漏れる。

 結婚式を具体的に想像したことがないジークでも、ここに来ると――いつか自分も、と憧れてしまう。


「あ! ジークさん!」

 打ち合わせを終えたアミが、少し小走りでやって来た。

「お? 終わったかい?」

「はい! また何回か来ないといけませんけど、今日はこれで終わりです♪」

 嬉しそうに笑うアミ。

 その笑顔が、さっきまでよりも眩しく見えた。

「そっか! じゃあ、買い物行こうか!」

 アミはうなずき、2人は式場を後にした。



 せっかく式場がある辺りまで来たのだからと、行きつけのスーパーではなく、少し大きめのショッピングモールへ。

 人の声、BGM、カートの音――賑やかさが一気に戻ってくる。


「ここ来るの久しぶりだなぁ~。アミちゃんは、ケインとデートとかでよく来てた?」

「そうですね~。たまにここで買い物したり、2階の映画館で一緒に映画を観に行ったりとか!」

「へ~、そうなんだ」

 ジークはカートを押して入店し、買い物を始めた。

 棚の間を進み、食材を選び、必要なものをカゴへ。


 二人でケインとアミの晩酌用のワインを選んでいると……。

「そういえばジークさんは、今BARでアルバイトしてるじゃないですか? 何かカクテルとか作れるようになりました?」

 アミがふと尋ねる。

 お酒を見ていればその話題になるのは当然だ。

「ジークさんの作るカクテル飲んでみたいなぁ。ケインもそう言ってましたよ」

「え!?」

 ジークの肩がビクッと跳ねた。


「いや~……ま、まぁ少しは? でもまだ2人に飲ませられるようなもんじゃないよ?」

 苦笑いで誤魔化すが、アミは逃がさない。

「いいじゃないですか~! 私もケインもジークさんが作るカクテルを飲めるのを楽しみにしているんですから!」


 期待に満ちたように言われて、ジークは思わず目を逸らす。

「う~ん、そうかなぁ? よし、それじゃあ頑張って練習してみるかな」

「やった♪」

 アミが小さくガッツポーズする。

 本当はまだまだお酒なんて作れないのだが……。

 二人にためにも、セレナから何か簡単なカクテルを教わろうかと考えるジークだった。



 買い物を続けながら、アミがさらっと爆弾を落とす。

「お店の先輩、セレナさんでしたっけ? その方とは上手くやってますか?」

「お、おう! そ、そそそうだな!」

 あまりの不意打ちにジークは露骨に動揺した。


「セレナさんは素敵な人だし!」

「あれ、ジークさん、セレナさんのこと……」

 アミの口元がニヤッとする。


「そ! そそそんなことないよ!? セレナさんは尊敬する先輩ってだけだから!」

 必死の否定。

 目は泳ぎっぱなし。

 言い訳も若干、噛み気味だ。


「ん~? そうなんですかぁ?」

「う……うん」

 ジークは観念したようにうなずいた。



 買い物を終え、帰り道を歩く二人。

 さっきのお店の話と、セレナの笑顔と、料理と――いろんなものが胸に浮かぶ。


 アミはジークの横顔をちらりと見て、(今ぜったいセレナさんのこと考えてるな)と察したが、あえて触れずに目を細めた。

 二人の足音が並んで、住宅街へ戻っていく。

 昼の光の下、ジークの表情はどこか幸せそうで、そして少しだけ――未来を見ているようだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました!

次回も読んでいただけると嬉しいです。

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