第28話「その日、俺は再び夢を叫んだ」
それから程なくして――。
遠くから複数の足音が近づいてきた。革靴と軍靴が混じる、規則正しい音。
街灯の下を、アーミー課の兵士と警察官が一団となって現場へ駆け付ける。
倒れ伏すならず者たち。散乱した武器。地面に残る爪痕や、戦いの“熱”がまだ路地の空気に残っている。
その中で、ジークは壁際に座り込み、セレナに背を預ける形で呼吸を整えていた。
「――騙し屋ムーフィン一派を、たった一人で壊滅させるなんてな……」
落ち着いた低い声。
その言葉に、ジークは顔を上げる。
声の主を見た瞬間、目を見開いた。
「あ、あなたは……オラクル・ナイツの……!」
月森冬夜。
広場での事件でケインと共にムーフィン一派を退けた、国防省特殊部隊“オラクル・ナイツ”の若い男だ。
黒いコートの裾が風に揺れ、胸元のバッジが街灯の光を受けて小さく光る。
“本物”の圧がそこにあった。
ジークは一瞬で背筋が伸びる。
(やばい、オラクル・ナイツに話しかけられてる……!)
普段なら飛び跳ねる場面だ。けれど――今は胸の奥が重い。
冬夜は淡々と続ける。
「お前の戦いを少し見ていた。正直驚いたぞ? 一般人とは思えない戦闘能力とセンスだ……」
褒め言葉のはずなのに、ジークの喉はすぐに動かなかった。
先ほどの自分の行いが、頭の中でまだ“冷めきっていない”からだ。
――その隣。
冬夜の言葉を聞いていたセレナが、ぎゅっと拳を握りしめた。
唇を噛み、怒りを抑えるように肩を震わせる。
そして、冬夜を真っ直ぐ見据える。
「……見ていたなら、どうしてすぐに助けに入ってくれなかったんですか?」
声は静かだ。けれど芯が鋭い。
「オラクル・ナイツは市民を守るはずですよね? それがなぜ……あなたたちがいればジークくんは――」
セレナは言葉の途中で息を呑み込み、目を伏せかける。
そこには“怒り”だけじゃない。“恐れ”と“後悔”も混じっていた。
冬夜は顔色ひとつ変えず、淡々と返す。
「たしかに我々には市民を守る義務がある。だが、我々は我々の職務を全うしているに過ぎない」
平然とした声。
それが、冷たい壁みたいに感じられる。
セレナはさらに言い返そうとする――が。
「セレナさん、もう良いんです」
ジークが、かすれた声で彼女を止めた。
「俺が未熟なだけですから……」
その言葉に、セレナの肩が少しだけ落ちる。
冬夜は今度はジークではなく、セレナに視線を向けたまま言い放つ。
「……そうだな、お前はたしかに未熟だ。下手に止めに入れば、オレや兵士たちも無傷では済まなかっただろうさ。そこの女性に感謝するんだな」
“そこの女性”――セレナ。
ジークはゆっくりと、彼女の顔を見る。
セレナは怒りを押し込めるように呼吸を整えていた。
それでも、ジークを見返す目は優しかった。
「は、はい……ありがとうございます、セレナさん」
ジークはそのまま、深々と頭を下げる。
「セレナさんがいなかったら俺、あのまま片っ端からならず者たちを倒しに行ってたと思います……本当にすみませんでした」
セレナは慌てて首を横に振る。
「ううん、謝らないで……」
彼女の声は柔らかい。
「ジークくんは、お父さんのお店も私たちのことも守ってくれたんだから……」
その笑顔に、ジークの胸が少しだけ軽くなる。
二人のやり取りを見ていた冬夜は、ふっと小さく溜息を吐いた。
そして話を戻すように口を開く。
「とにかくだ。さっきの戦闘のセンスは素直に認めよう。だがお前の力は不安定だ。力の使い方を覚えた方がいい」
「力の……使い方……ですか?」
ジークは首をかしげる。
冬夜はジークの目を真っ直ぐ見つめて言う。
「そうだ。お前の力は一般人のそれではない。生身でありながら、オラクル・ナイツにすでに近い戦闘力を持っている」
言葉の重さが、ジークの胸に落ちる。
「しかし、だからこそ力の使い方を誤れば、多くの人を危険に晒すことになる」
――さっき、自分が“止まれなかった”ことが、頭をよぎる。
ジークは唇を噛んだ。
冬夜は続ける。
「力の使い方を覚えろ。お前、世界政府に入るんだろ?」
「え……?」
ジークは思わず声を漏らす。
「ど、どうしてそれを?」
冬夜は口元だけで、ほんの少し笑う。
「昨日お前の弟に聞いたのさ。兄はいつか必ず国防省に入るからよろしくお願いします、ってな」
(ケイン……そっか……。サンキューな)
ジークの胸の奥がじんわり熱くなる。
冬夜は背を向け、兵士たちへ調査の指示を視線で送るようにしながら言った。
「試験に合格して国防省に入ることができたら、また会うこともあるだろう。その時は上官として、お前に力の使い方を教えてやる」
そう言い残し、冬夜はその場を立ち去ろうとする。
ジークは反射的に、背中に声を投げた。
「あ、あの! 俺、絶対に試験に合格します!」
自分の声が夜に響くのが分かる。
でも止まらない。
あの日アデルの前で誓ったように、目の前の男に向けて叫んだ。
「合格して国防省に入って、それで絶対にオラクル・ナイツになります!」
冬夜は足を止め、振り返る。
「そうか。そうなるように頑張れよ」
短い言葉。だが、口元に微かに浮かんだ笑み。
ジークにはそれが、確かな承認に感じられた。
「……それから、その手を汚してでも市民を守ってくれたこと、礼を言う」
そう言って去っていく背中を見送りながら――
さっきまで自分のしたことを引きずっていたジークの胸に、ひとつの“目標”が形を作る。
オラクル・ナイツになって、力を制御する。
守るために、強くなる。
ジークの顔に、ようやくいつもの笑みが戻った。
その横顔を見て、セレナもそっと微笑むのだった。
「ジークくん。一旦お店に帰りましょう?」
セレナの言葉にジークは力強くうなずいた。
ジークが警察から事情を聴かれている間も、彼女はずっと付き添っていてくれていたのだ。
「はい。帰りましょう」
二人は並んで、夜の道を店へ向かって歩き出した。
「ジークさん! ありがとう! 本当にありがとう!」
お店に戻ると、リチャードが何度も頭を下げた。
その声には震えが残っている。けれど、それ以上に安堵があった。
「い、いえ、そんな……俺はただ……」
ジークは慌てて手を振る。
するとリチャードはジークの肩に手を置き、まっすぐ言った。
「君のおかげでこのお店が守られたんだ。それにセレナや私のことも必死に守ってくれた……本当に感謝しているよ」
続いてセレナも、少し照れたように――でも真剣な目で言う。
「ジークくん、私からもあらためてお礼を言わせてください」
彼女は一度息を吸い、続ける。
「あなたがいなかったらこのお店はきっと……本当にありがとう」
ジークは急に照れくさくなって頭を掻いた。
セレナとリチャードの話では、あの時ジークが状況を打開してくれなければ、セレナは“全力”で戦うつもりだったらしい。
リチャードを救出し、全員を制圧する自信はあった。だが――それは店の酒も道具も内装も、無事では済まなかったはずだ、と。
ジークがムーフィンを挑発し、気を逸らしてくれたからこそ、被害を最小限に抑えられた。
リチャードはジークと握手を交わし、力強く言う。
「これからもセレナと共に、このお店をよろしく頼むよジークさん」
「はい、もちろんです!」
ジークが返事をすると、リチャードはニッと笑う。
「セレナのことも、よろしく頼んじゃおうかな? なぁセレナ?」
「お、お父さん!? からかうのはやめてよ!」
セレナが真っ赤になって慌てる。
それにつられてジークまで耳まで赤くなる。
そんな二人の様子に、リチャードは楽しそうにニヤニヤするのだった。
――あんなことがあった直後だ。
店は臨時休業にして、三人で後片付けをする。
床に残った足跡を拭き取り、乱れた椅子を直し、割れそうになっていたものを安全な場所へ戻す。
店自体の被害はそれほど大きくないが、空気の中の“嫌な匂い”を消すように丁寧に手を動かした。
やがて、いつもの閉店時間より少し早く――作業は終わる。
「ふぅ……今夜は色々とあったね……」
リチャードは疲れたように笑い、二人に言った。
「今日・明日の営業はお休みにしよう。セレナもジークさんも、ゆっくり休んでくれ」
「そうだね。ありがとう、お父さん」
「ジークくんも、お疲れ様でした」
「はい……お疲れ様でした!」
ようやく、胸の奥の緊張がほどけていくのを感じた。
リチャードは上着を羽織りながら、ふと思い出したように言う。
「さて、私は先に帰るとするよ。セレナ、ジークくんとちょっとお酒を飲みながらお話でもしたらどうだい? 積もる話もあるだろう?」
「うん。今日のお礼もあるし、ジークくんと少しお話してから帰るね」
「うん。それじゃお先に失礼するよ。二人とも、またね」
そう言ってリチャードは店を出ていった。
静かになったBAR Luminous。
グラスの並ぶ棚が、いつもより少しだけ優しく光って見えた。
――厄介な夜を越え、二人だけの時間がここから始まるのだった。
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