第24話「早朝の事件と久しぶりの素振り」
いつものように、途中まで一緒に帰るジークとセレナ。
夜更けの街は昼間の熱をすっかり失い、石畳と路面の隙間から冷たい空気が立ち上ってくる。
遠くで巡回兵のブーツ音が乾いたリズムを刻み、家々の窓の灯りがぽつぽつと星みたいに点っていた。
分かれ道まで来たところで、セレナがいつものように立ち止まる。
風に髪がふわりと揺れて、街灯の光がその輪郭を柔らかく縁取った。
「じゃあジークくん、お疲れさまでした。今日の夜も、よろしくお願いしますね」
「はい、お疲れさまでした。セレナさんなら大丈夫だと思いますけど、今日みたいな連中が増えてきてるみたいですし……。気を付けて帰ってきてください」
ジークの声は自然と真面目になる。
ついさっきまで店で見た、“脅し”が冗談じゃない時代の気配が、まだ肌に残っているからだ。
「ありがとう。ジークくんも、ね?」
セレナはにこっと笑って、手を振る。
ジークも手を振り返し、二人はそれぞれの家へ向かって歩き出した。
(いやぁ~、セレナさんってあんなに強かったのか。怒らせたら怖いだろうなぁ……)
ジークはひとりになった夜道で、さっきの出来事を思い返す。
酔っていたとはいえ、ならず者の男を二人。ものの数秒で制圧。
あの動きの無駄のなさ。あの目の鋭さ。
(でも俺だって守りたいし! 頑張らないとな!)
胸の中で小さく拳を握り、ジークは歩調を上げ――
と、その時だった。
「おいおい、こんな人気のすくねぇ時間に出歩くとは馬鹿なヤツがいたもんだぜ」
背後から、ぞわりとする声。
続けて、もう一人の声が絡む。
「金目の物は持ってねぇのか? ねぇなら財布だけでも置いて下がりやがれ。痛い目に遭いたくなけりゃあな」
ジークは足を止め、ゆっくり振り返った。
街灯の陰からにじみ出てくるように、ガラの悪そうな男が二人。
目つきと立ち方でわかる。“その手の連中”だ。
「な、なんだちみたちは!?」
驚いた声を出しながらも、ジークはすぐに頭を切り替える。
この見た目、この口ぶり――どう見てもならず者。
ジークはじりじりと後ろへ下がりながら、素早く周囲を見回した。
「人質……なし! 他に人影……なし!」
突然、辺りを見ながらブツブツ言い出したジークに、男たちは顔を見合わせる。
「こいつぁイカれてるらしいな。へへ、こりゃあカモが自分から寄って来てくれたようなもんだ」
ならず者の一人が笑いながら、ナイフを取り出した。
金属の鈍い光が街灯にちらりと反射する。
もう一人もじりじりと距離を詰めてくる。
ジークは――不敵に口角を上げた。
「ふ……ふふん! 周囲には俺とならず者が二人……。こうなりゃ、取るべき手段は一つだろ?」
「な、なんだこいつ……!」
「やろうってのか!?」
男たちはナイフを構え、ジークを威嚇する。
と、ジークは――
「おまわりさぁ~ん! 助けてぇ~!」
全力の大声で叫び、全力で逃げ出した。
「……は?」
“戦闘になる”と思っていたならず者たちは、一瞬ぽかんとした顔になる。
だが次の瞬間、怒りで顔を真っ赤にして追いかけてきた。
「あ、てめぇこの! 騙しやがって!!」
「待てコラァ!」
「おまわりさぁ~ん! ならず者だぁ~!」
ジークはさらに大声を上げながら、大通りを目指して走る。
足音が夜道に響き、息が白くはずむ。
が――とある場所で、ジークはぴたりと足を止めた。
「ハァ……ハァ……。む、無駄に走らせやがって……」
追いついたならず者二人が、肩で息をしながらナイフを構える。
「逃げなくていいのか? ん? 疲れちまったか?」
ジークはにやりと笑い、さらりと言った。
「ああ、逃げなくていい。なんでだと思う?」
男たちは反射的に周りを見回し――ハッとする。
そこは、世界政府国防省アーミー課の兵士駐留所。
建物の前に掲げられた灯りと紋章、常に警戒している空気。
ジークの叫び声を聞きつけ、すでに数人の兵士たちが表へ出てきていた。
「てめぇ! 俺たちを捕まえさせるためにわざと逃げてたのか!? カッコ悪いぞ卑怯者!」
「ちくしょう! だせぇ男め! 大声上げながら逃げやがって!」
罵声が飛ぶ。
だがジークはどこ吹く風。むしろ勝ち誇った顔で――
「カッコ悪いしださくてもいいんです~。これぞ頭脳派プレイってね!」
あっかんべー。
怒りが頂点に達したならず者たちは前へ出ようとするが、次の瞬間には兵士に取り押さえられ、あっさりと連行されていった。
「ご協力ありがとうございます。大きな声で叫んでくれたおかげで、我々も迅速に対応することができました」
「いえいえ、日々のお仕事お疲れ様です」
ジークは兵士たちと短く会話を交わし、軽く頭を下げる。
そして何事もなかったかのように、再び家へ向かうのだった。
「ただいま~っくす」
帰宅の挨拶を、いつも通り小声で。
早朝。家の中はしんと静まり返り、廊下の板がかすかにきしむ音だけが返事みたいに響く。
……もちろん、二人からの返事はない。
というか、今日は靴もなかった。
「ん? ああ、二人はあのままデートに行ったんだっけ?」
スマホを確認すると、ケインから随分前にメッセージが入っていた。
「“今日は二人で泊って帰ります!”……って、朝帰り宣言かよ! 仲がよろしゅうございますねぇ」
ジークは半分呆れ、半分うらやましさ混じりに呟く。
それからシャワーを浴び、部屋着に着替え、軽めの朝食を口にして――ベッドに潜り込んだ。
疲れが一気に押し寄せ、瞼が落ち、 ジークはあっという間に眠りに落ちた。
目を覚ますと、お昼を回っていた。
日差しがカーテンの隙間から差し込み、部屋の空気がのんびり温まっている。
ケインたちはまだ帰っていないようだった。
スマホには追加のメッセージ。
「“急遽そのまま二日目のデートすることになったぜ! 夕方までには帰るからな!”……さすがは新婚、どうぞお幸せに~!」
ジークは思わず笑ってしまいながら、昼食を食べ、少し休憩すると試験勉強を始める。
机に広げた教材。鉛筆の音。ページをめくる指先の動き。
集中して、二時間。
休憩に入ると、今度は“お酒の勉強”。
香りやレシピ、技法のメモを読み返す。
眠くなってきたら――日課のランニングとトレーニング。
……だが今日は、それに加えて。
ジークは久しぶりに木刀を取り出し、庭へ出た。
空気はまだひんやりしていて、土と草の匂いがする。
「昨日の事件と言い、バイトでの件と言い最近また物騒だからな。少し素振りでもするか」
そう言って、ジークは木刀を振り始めた。
ビュン、ビュン!
風を切る音が、庭の空に鋭く響く。
腕、腰、足の踏み込み。
汗が額から垂れ、手のひらが少しずつ熱くなる。
ビュン! ビュン!!
(……そりゃあ鈍るよな)
最後の素振りを終えると、ジークは汗だくになっていた。
「あちぃ……。動いた動いた!」
タオルで汗を拭い、時計を見る。
そろそろバイトの出勤時間が迫っていた。
「よし、切り替え!」
ジークは庭をあとにし、シャワーを浴びに部屋へ戻るのだった。
シャワーを浴びて着替えると、軽めの夕食を済ませる。
ケインたちはディナーも食べてくるらしい。
「ちくしょー! 羨ましいなぁ、もぉ! セレナさんが大の男二人を伸しちゃった話とか、俺の頭脳プレイで二人のならず者たちを逮捕した話とかしたいのにぃ~!」
ジークは一人、ぶつぶつ文句を言いながら夕食を終えた。
最後に、水出しコーヒーをゆっくり飲んでくつろぐ。
冷たい苦味が喉を通って、眠気がすっと引いていく。
そしてバイトに出掛ける時間。
ジークは準備を整え、扉を開けた。
夜の空気を吸い込み、足を踏み出す。
――今日も、BAR Luminousへ。
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