第21話「ジークの勇気、ケインの実力」
ならず者たちがアミの腕を掴もうとした――その瞬間だった。
「や、やめるんだぁ君たち!」
割って入ったのはジークだった。
声は裏返り気味で、威勢の良さとは程遠い。
胸を張ってはいるが、足元はどこか落ち着かない。
無造作なパーマに、真面目そうな黒縁メガネ。
顔つきも“迫力”というより“誠実”寄り。
それらを見たならず者たちは一拍置いて――吹き出した。
「おいおい、兄ちゃん! 何正義のヒーロー気取りで止めに入ってんだよ!」
「そうだぜ? そのねぇちゃんは俺らが先に目ぇ付けてんだ。横入りはいけねぇよなぁ?」
ゲラゲラと下品な笑い声が広がる。
男たちはジークを取り囲むように、じりじりと円を狭めてきた。
周囲の市民は息を呑み、誰も助けに動けない。逃げたいのに逃げれば撃たれる――そんな恐怖の檻の中。
それでもジークは、引かない。
いや、引けない。
ここは自分が引きつけておくべき、と考えたのだ。
「ふ……ふふん! 君たち、ここがどこかわかってるのかぁ?」
ジークは咳払いのようにわざとらしく喉を鳴らし、胸を張る。
「ここはさっきまで世界政府の省長の講演会が行われていたんだぞ~? つまり周りは優秀な兵士でいっぱい! 早く逃げないと捕まっちゃうぞぉ~?」
近くに世界政府の兵士がいる。――その“はず”。
だからこそジークは、強気に出た。
まるで相手を煽るように。
だが——。
「は?」
「何言ってんだ、こいつ。それがどうしたってんだ?」
ならず者たちはジークの言葉を意にも介さず、また笑い出す。
笑い声の奥に、明確な悪意が滲んでいた。
「んなもん、全員ぶっ潰せばいいだけじゃねぇかよ」
その一言で、ジークの背筋が冷える。
“脅し”が通じない。
こいつらは、世界政府を敵に回すことすら恐れていない。
それでもジークは、口を止めない。
止めたらその矛先は、アミや別の女性たちに向くだろう。
「へ、へぇ……! いいのかなぁ? 君たちは世界政府を敵に回すのかなぁ?」
当然その言葉にもならず者たちは動じなかった。
「だからどうしたってんだよ」
「あ~もうめんどくせぇな。とりあえずボコしちまおうぜ!」
男たちが武器を構える。
鉈が鈍い光を反射し、ナイフの刃がぬるりと揺れる。
古びた銃口が、じわりとジークの胸の高さへ向いた。
じり、じり、と距離が詰まる。
――その時。
「兄ちゃん、サンキュー! 兄ちゃんのおかげでこいつらが目を逸らしてくれたから、楽勝だぜ!」
突如、辺りに響いたのはケインの声だった。
振り向く間もない。
ケインはすでに、ならず者の一人から鞭を奪い取っていた。
その動きは、速い。雑踏の中でも“線”が見えるほどに鋭い。
バシンッ!
乾いた音とともに、鞭がしなり、ならず者の手元を正確に叩く。
武器が宙を舞い、石畳に落ちて跳ねた。
「ぐあぁっ!」
「てめぇ! 何しやがる!!」
ならず者たちが一斉に襲いかかる。
だがケインは、武器を奪われた男たちの攻撃をひらりひらりとかわしていく。
躱し、踏み込み、鞭を振り、また躱す。
その一連が、踊りのように滑らかだった。
「な、なんなんだてめぇは……」
苛立った男が睨みつける。
ケインはニッと笑って答えた。
「おれは世界政府環境省職員、入社一年目のハワードだ! よろしくっ!」
言い終えるや否や、鞭が再び走る。
バシン! バシン!
男たちが次々と倒れ、呻き、気絶していく。
そんなやり取りを見ていたジークは、思わず安堵の笑みを浮かべた。
(さすがだな、ナイスケイン)
胸の奥の不安が、少しだけ軽くなる。
予定とは違う流れだが、ケインも世界政府の職員だ。
そして彼の強さを、兄であるジークが誰よりも知っている。
同じ日に、同じ男に憧れ、努力してきたのだから。
ジークは拳を突き上げ、勢いのまま声援を送る。
「いいぞぉ、ケイン~! 悪い奴らをやっつけろ~!」
その声を横目で受け、ケインは呆れたように笑う。
「なんだ、兄ちゃんは見てるだけかよ?」
わざと挑発するような口調。
ジークもふざけて返す。
「違います~。一般市民は、私的な戦闘を禁止されてるんですぅ~。自身や家族の安全を最優先にしなきゃいけないのですぅ~」
ケインは「おお、そういやそうだったな」と笑いながら、鞭を振るう。
――兄弟の軽口が、空気をわずかに緩めた。
だが、その緩みは長く続かなかった。
ならず者たちがある程度気を失った、その直後。
人混みの奥から、すうっと“違う気配”が現れた。
音が、薄くなる。周囲のざわめきが、わずかに引く。
彼らを率いていたリーダーらしき、スーツ姿の男がさらなる部下を伴って現れたのだ。
「ふむふむ、ずいぶんと派手にやられたようですねぇ……ムッフン♪ しかもこんな若造一人に」
男は長く伸びた髭を弄りながら、ケインを見据える。
妙に甲高い声。
妙に愛嬌を作った言い回し。
だがそれが、――生理的恐怖を植え付けてくる。
「ムーフィン様、すみません。この男、かなり強くて……」
ムーフィンはその言葉を受け、ニヤリと笑う。
そして後ろに控えさせていた十人ほどの部下を、前へ出させる。
「たしかにそのようですねぇ。ですが、この人数ならどうです? さすがに一人で連戦は厳しいでしょう」
不敵な笑み。
数の暴力を自慢するような口ぶり。
その瞬間、アミの顔色が変わった。
さすがにケインの身の危険を感じたのか、彼女は思わず叫ぶ。
するとムーフィンが、ゆっくりそちらへ視線を向けた。
「おやおや、なかなかに高値で売れそうな女性がいますねぇ。この女性は無傷で回収と行きましょう」
ムーフィンはアミを品定めするように眺め、舌なめずりをする。
その仕草に、空気が一段冷える。
「っ!」
寒気が走ったのか、アミは思わず後ずさった。
かすかに肩が震えている。
そんなアミを庇うように、ケインが前に立つ。
再び鞭を構えて、彼らを睨んだ。
「おいおい兄ちゃん! まさか俺ら相手に二人で戦う気かよ? 無謀にもほどがあるぜ?」
ムーフィンの部下たちがゲラゲラと笑う。
嘲りの笑い。勝った気でいる笑い。
「ケイン、大丈夫なのか?」
ジークの問いに、ケインはうなずく。
そしてアミに、ジークのところまで逃げるように言う。
アミは心配そうにケインを見る。
だが、ケインが力強くうなずいた。
彼が嘘をついてことはない。
(今回もきっと大丈夫)
アミは、信じて任せることにした。
「兄ちゃん、おれがこいつらぶちのめすまでアミを頼んだぜ!?」
ケインはジークにそう言うと、ムーフィンの部下へ突っ込んでいく。
「任せろ!」
ジークはアミを自分の後ろに下げる。
彼女の呼吸の荒さから、その恐怖が感じられる。
「大丈夫だよ、アミちゃん」
少しでも落ち着かせようと、ジークは彼女に優しく言い聞かせるのだった。
自信満々のならず者どもたち。
だが、ケインの鞭と体術を組み合わせた巧みな攻撃に、なす術もなく打ち据えられていく。
誰もケインの間合いに入れない。入った瞬間に弾かれる。
――しかし。
「そこまでです、ハワードさんとやら。この子がどうなってもいいのですか?」
冷たい声が割り込んだ。
声のする方を見ると、そこには邪悪な笑みを浮かべながら、市民の少女に銃を向けるムーフィンの姿があった。
「っ!」
少女は恐怖でガタガタと震えている。
足が動かない。声も出ない。涙だけが、頬を伝う。
「……人質なんて卑怯な真似しやがる」
ケインがムーフィンを睨みつける。
だがムーフィンは、さらに笑う。
「卑怯? そんなことはありませんよぉ? これは立派な戦術です。さぁ……この娘を助けたいのなら、武器を捨てなさい」
そう言ってムーフィンは、少女のこめかみに銃口を押し当てる。
金属の冷たさが伝わる距離。――一歩間違えれば終わりだ。
「くっ……」
「さぁ、早くなさい! 本当に撃ってしまいますよ?」
ニヤニヤと笑うムーフィン。
その目は、愉しんでいる。
人の恐怖を、自身の支配を。
(ここは一度相手の要求を呑んでおくしかないか……)
ケインは歯を食いしばり、手にしていた鞭を投げ捨てる。
鞭が地面に落ち、乾いた音が響いた。
それを見て、ムーフィンは勝ち誇ったように高笑いする。
「ハハハ! いい判断ですねぇ。さぁお前たち! そいつを血祭りに上げ、高く売れそうな女子供を誘拐しなさい!」
「へい! ムーフィン様!」
十人ほどのならず者たちが、ケインへ一斉に襲いかかる。
その瞬間――
「いやあぁっ、ケインっ!」
アミの悲痛な叫び声が、町に響き渡った。




