第20話「講演会後の悪夢」
「それじゃあいこうぜ!」
朝食を食べ終えたジークたちは、軽く身支度を整えると家を出た。
今日の目的地は――世界政府環境省の省長、ローダ・エンツォによる特別講演会。
環境省長。つまり、ケインが勤務する環境省のトップだ。
ケインは今日明日と休日ではあるものの、直属の組織のリーダーの話を“生で”聞ける機会を逃したくなかった。
アミは「夫の上司の話を聞いてみたい」という気持ちから。
ジークはジークで、「世界政府に入った時、役に立つかもしれない」という理由で、ケインと一緒に会場へ向かうことにした。
――会場へ近づくほどに、人の波が濃くなる。
多目的施設の入り口付近には、すでに数多くの市民が集まっていた。
警備員や係員らしき人が誘導しているが、それでもざわめきは止まらない。
人の声、靴音、遠くから聞こえる拡声器の案内。空気が熱を帯びている。
「そういやケインは、ローダ省長と会ったことはあるのか?」
会場の通路を歩きながら、ジークがふと思い出したように尋ねた。
ケインは「ん~」と顎に指を当て、少し考える素振りをしてから答える。
「ん~、入職初日だけだな。所属した1人1人と面談があってな。普通は省長や副省長クラスになると、忙しすぎて自分の席を離れられないことが多いからな」
「へぇ……」
確かに、世界政府の“上”が多忙であることは想像に難くない。
そんな中で面談までしてくれるのなら、ケインのように部下が慕うのも納得だ。
ジークは自然と、自分が目指す国防省のトップはどんな人物なのか――そんな想像へと意識が飛ぶ。
厳格なのか、豪胆なのか、それとも静かに強い人なのか。
無論、応えなど出るわけもないのだが……。
そうこうしているうちに、三人は案内された席へと座った。
「うわぁ~、人がいっぱいだね~。世界政府の偉い人も来てるしこんなに市民が集まってし、テロとか起きないといいけど……」
アミが周囲をきょろきょろ見回しながら、少し心配そうに言う。
たしかに、見渡すだけで“密度”が分かる。
これだけの市民が一ヶ所に集まれば、何か起こっても不思議じゃない――昨日のニュースが、頭をよぎる。
ローダ省長の演説を真面目に聴きに来た人もいれば、興味本位で集まった人もいるだろう。
理由はそれぞれでも、“人の多さ”は等しくリスクになる。
――ほどなくして、講演が始まった。
会場がすっと静まり、照明がやや落ちる。
壇上に立つ人物へ視線が集まり、空気が一本の糸のように張り詰めた。
環境省のトップであるローダ省長の話は、実に熱いものだった。
世界政府の成り立ち、世界規模での環境保護の重要性――堅い題材なのに、言葉が不思議と耳に残る。
そして今日のテーマである労働問題についても、具体的な事例を交えながら、丁寧に、しかし力強く説明していく。
さらにローダ省長は、世界政府が信用を失いつつある現状にも逃げずに触れた。
市民の安全を最優先に考えること。
そのために今、力を入れている施策。
今後の方針。
一つ一つの言葉が、まるで熱を持って胸に落ちてくる。
会場の誰もが、ローダ省長の話に聞き入っていた。
講演会終了後。
外へ出ると、空気が少し冷たく感じた。会場内の熱気との差で、肌がひやりとする。
ジークたちは、会場の外にあるカフェで昼食を摂ることにした。
ガラス越しに見える人の流れはまだ途切れない。
店内ではカップの置かれる音やスプーンが触れる音が小さく響き、講演後の余韻があちこちで会話になっている。
ローダ省長の講演は、二人にとってよい刺激になったようだ。
特にケインは深く共感したようで、興奮気味に話している。
そして、話の中で出た世界政府内の問題について、彼も真剣に考えていた。
それはジークも同じだ。
アミは、熱く語る二人を邪魔しないように微笑みながら相槌を打つ。
「うんうん」とうなずくその仕草が、二人の熱量を優しく受け止めているようだった。
昼食を食べ終え、カフェを出る。
空は明るい。だが――人通りの多い通りでも、どこか不穏な“ざわめき”が残っている気がした。
三人は町を歩く。
試験勉強と夕方からのアルバイトがあるジークは、ここで二人と別れて家に帰る予定だ。
ケインとアミは、休日のデートへ向かう。
アミは少し恥ずかしそうにしていたが、ジークはケインへグッと親指を立ててみせた。
(楽しんでこいよ……)
ケインもまた、同じように親指を立て返す。
――兄弟の、言葉にならない会話。
そのままジークが二人と別れようとした――その時だった。
「お前ら動くんじゃねぇ!」
空気を引き裂くような怒鳴り声。
町の中央で、数人の男たちが声を荒げていた。
手には、大きな鉈やナイフ、鞭、古びた銃。
目つきは濁り、口元には下卑た笑みが張り付いている。
一瞬で周囲の温度が下がった。
人々は、街中に堂々と現れた“ならず者”に恐怖で硬直する。
誰もが「現実?」とでも言いたげな顔で、息を呑んだ。
「全員だ! ちょっとでも動いたらこの銃でぶち抜くぜ?」
叫んで逃げ出した女性が一人。
その足元へ――乾いた銃声。
バンッ!
幸い当たらなかったが、弾の跳ねた音に、女性は恐怖で膝から崩れ落ちる。
「逃げんなって言ったろ? 死にたくなきゃな」
男の声は軽かった。
当たれば命はないかもしれない。
それを全く気にする素振りがない。
「おいおめぇら! さっさと金目の物を置いて後ろの方に下がりやがれ! 今すぐに差し出せ! さもないと本当にやっちまうぞ!!」
銃声と怒号に、市民たちは一気にパニックへ傾いた。
財布、貴金属、食料。
手元から投げ捨てるように放り投げる。
床に落ちる音が、やけに大きく響く。
それを見たならず者たちは笑いながら、次々拾い上げていった。
「……ケ、ケイン……」
アミが怯えるように、ケインの服の裾を掴んで後ろに下がる。
指先が震えているのが分かる。
「……アミ、大丈夫だ。今は下手に逆らわない方がいい。財布を置いて下がろう」
ケインはアミを優しく抱き寄せ、声を落として言った。
そのまま言われた通り財布を置き、彼女を守るように背を少し前へ出しながら後ろへ下がる。
ジークも、1000Gにも満たない額しか入っていない財布をその場に置き、二人と一緒に下がった。
(――情けない。けど、今は命が最優先だ)
その時。
「おうおう! ちょっと待てぇい。女は少し前に出ろ! いいか!女は少し前に出るんだ」
ならず者たちの目が変わる。
品定めするような視線が、女性たちへと向けられる。
ざわ、と群衆の中で息を呑む音が重なった。
そして――数人の男が、アミを指差した。
「あ、昨日の高く売れそうなねぇちゃんじゃねぇか!」
「ほんとだぜ! こいつぁついてるぜ!」
昨日アミを襲ったならず者たちも混じっていたらしい。
再び彼女を見つけ、下衆な笑いを浮かべる。
「っ! やめ……て……」
アミは昨日の恐怖が蘇ったのか、震えながら後ずさる。
膝が笑っているのが分かるほどだ。
ケインがすぐに彼女を抱き寄せる。
腕の力は優しいのに、支える意志は鋼のように強い。
「大丈夫。おれが守るから」
そしてならず者たちへ、鋭い視線を送ると、アミと共にさらに後ろへ下がろうとする。
だが、ならず者たちはその眼光など気にも留めず、にやにやしながら距離を詰めてきた。
「お? 何だおめぇは? そのねぇちゃんの彼氏か? 旦那か? そのねぇちゃん、俺らに売ってくれねぇか?」
男はケインを見下すように言い、アミを渡せと迫る。
空気が、どろりと汚れていく。
「断る。アミは渡さない」
ケインはきっぱりと言った。
一歩も引かない声だ。
――しかし、ならず者は笑ったまま、さらにアミへと近づいていくのだった。
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