第18話「襲われたアミ、ケインの誓い」
だがその頃。
買い物を終えたアミは、スーパーの袋を両手に提げ、夕方へ向かう前の街をてくてくと歩いていた。
人通りのある大通りは遠回りになる。少しでも早く帰って、夕飯の下ごしらえをして――そんな気持ちが、足を“近道”へ向けさせた。
家々の裏手へ回り込むような路地。壁は高く、空は細い帯のように切り取られている。
いつもならただ静かなだけの道が、今日はやけに“静かすぎる”気がした。
(……まだお昼だし。大丈夫、大丈夫)
そう自分に言い聞かせた、その瞬間。
「あ~! おねぇちゃんカワイイね~♪」
背後から、軽薄に弾む声が落ちた。
びくっと肩が跳ね、アミが振り返る。
路地の入り口から、ぞろぞろと現れたのは五人組の男たちだった。笑い方が同じで、目が妙に濁っている。
そのうちの一人が、肩を揺らしながらアミに声をかける。
「え? あ、あの……」
突然のことで戸惑うアミだが、男たちはニヤニヤと笑いながらさらに彼女に迫る。
一歩、また一歩。逃げ道を削るように距離が詰まる。
「おねぇちゃんを売ったらいくらになるかなぁ?」
「その前にちょっとオレたちも愉しませてもらおうぜ?」
――言葉の内容だけじゃない。
腰や手に、違法であるはずの武器が見えた。
それ以上に、背後に“いる”。
男たちの後ろ。黒い影がうごめく。四肢のバランスがどこかおかしく、息づかいは獣そのもの。
異形のモンスターを連れている点から、これがただのナンパではないことなど一目瞭然だった。
家を出る前にジークが注意するように言っていた、ならず者たちに違いない。
「いや!」
アミは反射的に踵を返し、逃げようとする。だが――
男たちに腕をつかまれてしまう。
「放してっ!!」
「おっと! 逃げちゃダメだよ~?」
皮膚に食い込む指の力が痛い。
五人に囲まれ、路地の空気が一気に重くなる。アミは恐怖で震え、買い物袋ががさりと擦れる音だけがやけに大きく響いた。
「おねぇちゃん可愛いから、きっと高く売れるよ~♪」
ならず者たちがそんなことを話す中、アミは何とか彼らを振り払おうとする。
だが力の差があるため、なかなか振りほどけない。指先が冷たくなっていく。
「い、いや……!」
たまらず恐怖の声を漏らすアミ。
「うへへ……。じゃあ、そろそろ始めちゃおっかな~♪ まずは少し動けなくして……」
ならず者のひとりがそう言うと同時に、モンスターがアミに襲い掛かろうとした――その時だった。
「そこまでだ、手を挙げろ!」
路地の奥から、鋭い声が突き刺さる。
「国防省アーミー課、貴様らを捕縛する!」
この付近に駐留していた世界政府の兵士たちが、アミの悲鳴を聞きつけて駆け付けてくれたのだ。
硬い靴音、揃った呼吸。銃口が一斉にこちらを向く。
「な、なんだ貴様らは!?」
ならず者たちは慌てて武器を構えようとするが、すでに遅かった。
兵士のひとりが素早く近くにいたモンスターを銃撃する。
乾いた発砲音。
モンスターは鳴き声を上げてその場に倒れた。
さらに他の兵士たちも次々に残りのならず者たちに攻撃を加えていく。
男たちは一瞬で勢いを失い、目の色が変わる。
「く! 覚えてろ!」
ならず者たちはそう捨て台詞を吐くと、一目散に逃げていったのだった。
路地に残ったのは、震えるアミと、銃を下ろす兵士たちの影だけ。
「大丈夫ですか?」
兵士たちがアミに声をかける。
アミは何度もうなずき、息を吸おうとして、うまく吸えないことに気づく。喉がひゅっと鳴った。
「は、はい! ありがとうございます!」
それでも必死に言葉を絞り出し、頭を下げる。
そして彼女は、そのまま家に向かって走り出した。
涙目になりながらも――アミは無事に家に辿り着くことができたのだった。
「ただいま……」
玄関の扉を開けて発した声は、いつもより小さく、震えていた。
「おかえり~! ってアミちゃん? どうしたの?」
アミが買い物から帰ると、ちょうど玄関でジークが出迎えてくれたのだが、彼女の表情を見てすぐに異変に気付いたようだ。
ジークの眉が、すっと寄った。
「ジークさん……私……」
アミは目に涙を浮かべて、ジークに抱きつく。
腕が勝手に震え、身体の芯が冷えていくのを止められなかった。
「え? あ、ちょっと! どうしたの?」
ジークは突然のことに驚いたが、すぐに大体の事情を察し、彼女の背中を優しくなでるのだった。
その手が温かくて、やっと息ができる気がした。
それから数分後。
アミがようやく落ち着きを取り戻すと、ジークは声を落として尋ねた。
「アミちゃん……もしかして?」
「……はい」
アミは買い物からの帰り道にならず者に襲われそうになったこと、世界政府の兵士たちが助けてくれたことを話した。
途中、言葉が詰まりそうになるたび、ジークが「うん、うん」と短くうなずいてくれる。
「そう、だったのか……。ごめんな、やっぱり俺も一緒に行くべきだった」
ジークは唇を噛むようにして呟いた。
「い、いえ。ジークさんは悪くないです! ジークさんが注意してくれたのに、人気のない近道を使おうとした私が軽率でした……本当にごめんなさい……」
震える声で謝るアミに、ジークは首を横に振りかけて――言葉を飲み込む。
まだ日中だから巡回中の警察や駐留兵士が多くて助かったものの、これがもし夜だったらと思うとゾッとする。
「とにかくケインが帰って来たら、すぐにこのことを話そう」
「はい、そうですね……」
夜になり、ケインが仕事から帰って来たので彼にも事情を話すことにした。
リビングでジークとケインの二人は椅子に座っている。
アミは少し離れた場所で、膝の上に手を重ね、指先を落ち着かせるように握っていた。
「え!? じゃあ今日、アミがならず者に襲われそうになったのか!?」
二人に話を聞いたケインは、心配と驚きを隠せない様子で叫ぶ。
その声は、怒りに近い震えを含んでいた。
「ああ。ならず者五人に襲われそうになったところを、世界政府の兵士たちに助けてもらったらしい」
「そうか……。クソ、この辺りもかよ……。アミ、怖かったろ。ごめんな、そんな時にすぐ近くにいてやれなくて」
ケインは悔しそうにつぶやいた後、アミの肩を抱き寄せてその髪を優しく撫でる。
アミの身体が少しだけこわばり、そしてゆっくり緩む。
「ううん、私が不用意に近道を通ろうとしたのがいけなかったの……ごめんなさい……」
ケインの胸に寄り添いながら、アミは自分が悪いと言い張った。
ケインは彼女をギュッと抱きしめて、落ち着かせる。
「ケイン、まだお昼だからと油断した俺が悪かった。アミちゃんに注意するように言うだけじゃなく、俺も一緒に行くべきだったんだ」
ジークの言葉は、責任を引き受けるように真っ直ぐだった。
だが、ケインは首を横に振る。
「アミも兄ちゃんも悪くない……。だけど今、世界各地でまた少しずつ治安が悪くなっていってるらしいんだ。仲良くなった先輩職員の話だと、国防省アーミー課の、暴動やモンスター襲撃に対する緊急出動の回数は、年々増加傾向にある。……だけどこの数ヶ月の増え方は異常らしいんだよ。まるで世界規模で、何か良くないことが起きているみたいにな……」
ケインの言葉を聞いたジークは、ゴクリと唾を飲み込む。
室内の明かりが急に冷たく感じた。
「な、なんだよ……それ……。それってまるで……」
そこまで口にしたジークの脳裏に、とある記憶が甦る。
燃え盛る町。逃げ惑う市民とそれを蹂躙するならず者たち、貪り喰らうモンスターたち。銃を撃つ世界政府の兵士たち。巨大な蜘蛛のような化け物、豚のような怪人。自らの目の前で怪物に足から飲み込まれていく母親の表情。苦しそうな父親の死に顔。血と煙の匂い。怒りと悲しみ、絶望の感情。
一気に甦った記憶は、胸の奥をぎゅっと掴んだ。
「……ああ。10年前の世界都市同時襲撃事件の時と同じだ……」
ケインの決定的な一言に、ジークは目を見開いて狼狽える。
「そ、そんな……。なんでだよ……。どうして……また……10年前と同じことが……」
声が震え、呼吸が浅くなる。
アミも、ケインの胸から顔を上げ、ジークの表情に不安を滲ませた。
ケインは大丈夫、と力強く言う。
その一言にジーク、そしてケインの胸に顔を埋めていたアミも顔を上げる。
「こういう時のために、世界政府はあらゆる対策を講じてきたんだ。おれが配属されている環境省も、他省と協力して様々な対応に当たってる。だから10年前のようなことはもう起きないよ。……いや、絶対に起こさせねぇ」
その瞳は強い決意に満ちていた。
言葉の重みが、確かな支えとして部屋に落ちる。
それを見てジークは、波打つ心が落ち着いていくのを感じた。
「ああ、そうだな……ケイン」
ジークは、絞り出すようにうなずいた。
ケインはニッと笑うと、アミの頭を優しくなでた。
「2人とも大丈夫! だからもうそんな顔すんな!」
ケインの言葉にアミも笑顔を取り戻し、三人の夕飯が始まるのだった。
夕食時の話し合いの結果、当面の間は基本的にジークが買い物に行くことになった。
アミが行く場合でもジークが同行する、もしくはケインが休みの日に一緒に行くことが条件だ。
もちろん夕方以降の外出は危険であるため、避けるようにとジークもケインもアミに念を押した。
アミも何度もうなずき、今度は軽率にならないように、と自分自身に言い聞かせるようだった。
今日のように世界政府はしっかりと対応してくれる。
それでも事前に避けられる危険であれば、できる限り避けた方がいいに決まっているのだから。
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