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第16話「輝く笑顔と2人の夢」

「さて、ここからはジークさんにも聞いてほしいんだけどね。誰か夢や目標とする人、追い付きたい人がいたとしても、それだけに縛られたらいけないよ。あくまでも自分がどうなりたいか、が大事なんだからね」

 リチャードがグラスを指で軽く回す。

 カラン、と氷が静かに鳴った。閉店後の店内は、さっきまでの賑わいが嘘みたいに落ち着いていて、暖色の照明だけがカウンターを柔らかく照らしている。


 その言葉に、ジークとセレナはハッとしたように顔を上げ――お互いの顔を思わず見合わせた。

 セレナにとって“追い付きたい人”は、言うまでもない。父であり、師であるリチャードだ。


 そしてジークの脳裏にも、二つの顔が浮かぶ。

(アデルさん……)

 幼い頃、自分とケインの命を救い、自分に夢を与えてくれた英雄。

 そしてもう一人は――。

(ケイン……)

 自分よりも先に夢を叶え、今なお目標に向かって走り続ける、大切な弟。


「追い付く必要はないんだ。セレナは私に、ジークさんは、弟さんとかつて自分たちの命を救ってくれた人を目標にしていると思う。だけどね、その人と同じ人生を願うんじゃなくて、自分ならどんな人生を歩むのか。そしてどんな自分になりたいのか、が大切なんだよ」

 リチャードは、二人の表情を順番に確かめるみたいに視線を向けて言った。

 責める声ではない。むしろ背中をそっと支えるような声だ。


「セレナが私のお店を継ぐと言ってくれた時、私は嬉しさよりも申し訳なさの方が勝っていた。何度も辞めていいと言ったけど、セレナは辞めなかったね。そして努力を続けて最近は楽しそうに仕事をするようになった……。それなら私から伝えることは1つだ。セレナ、私はできる限りのことは教えるつもりだ。……だからそこから先は、自分だけの一杯を追求してほしい。セレナだけの一杯、それがどんなものかは私にはわからない。でもきっと、私が知るよりもずっと素晴らしいものになるんだと思うよ」

 言葉が、まっすぐ胸に入ってくる。

 セレナは瞬きを何度か繰り返し、堪えきれないものが溢れそうになって、目元に涙を浮かべながらうなずいた。


 その姿にリチャードは満足そうに微笑み――次に、ジークの方へ向き直る。

「ジークさん……。ジークさんならきっと、世界政府の職員になれる日が来ます。それは数多くの夢を叶えた人、夢破れた人を見て来た私が断言します。だから、その時には、弟さんやかつての恩人とは違う、ジークさんだけの新しい夢や目標を探してください」

 ジークは神妙な表情で首を縦に振った。

 喉の奥が熱い。胸の中にあった“焦りの塊”が、ゆっくり溶けていく感覚がした。


 その二人を見て、セレナは心の中で誓う。

(お父さんが教えてくれたことを胸に……。私は私だけの一杯を必ず見つけるんだ!)

 リチャードは娘の“覚悟の顔”を見て微笑むと、再びジークへ視線を向けた。


「はい! 俺、早くケインに追い付かなきゃ、アデルさんみたいな人にならなきゃって思ってたんです。だけどマスターの話を聞いて、俺が本当にしたいことは2人に追い付くことじゃないって、わかりました!」

 ジークは、ようやく肩の力が抜けたように明るく言った。


 リチャードは満足そうにうなずく。

「うん、それでいいんだ。……さて、手短に済ませるつもりが長くなってしまって済まないね。ちゃんと残業代は付けるから」

 カウンター脇の時計を見る。

 もうすぐ本当に朝日が昇り始めそうな時間だ。


「あ、大丈夫ですよ! 俺、マスターのお話と2人の作ってくれたお酒で元気出ましたから!」

 ジークが胸を張って言うと、セレナもふわりと微笑んだ。

「うん、私もです。お父さん」

 二人の言葉に、リチャードもうれしそうに笑う。

 その笑みは、ほんの少し疲れを隠すようでもあり、でも確かに誇らしそうでもあった。


「私はもうちょっとだけここに残るから、セレナは先に帰って寝てなさい。ジークさんもゆっくり休んでね。……今日は本当にありがとう」

 その言葉に、ジークとセレナは立ち上がり、お礼を言って店を出た。

 ドアベルが小さく鳴る。外の空気はひんやりしていて、夜と朝の境目の匂いがした。


 歩き出した二人の背中を、店内からリチャードが見送る。

「とりあえず大事なことは伝えられた、かな。……あの子のためにも、お客さんのためにも……まだまだ弱っちゃいられないんだけどな……。あと、何回お店に立てること……やら……」

 声は、どこかかすれている。


 彼は少し苦しそうに息をしながら、虚ろな表情でつぶやき――椅子に、ゆっくりと座り込んだ。

 それでも、その顔は満たされていた。

 娘の成長を見られたうれしさが、確かにそこにあった。



 一方、帰る方向が途中まで同じジークとセレナは並んで帰る。

 早朝の街は静かで、遠くで鳥の声が聞こえた。舗装路の上を歩く足音が、二人分だけ重なる。


「今日は、ちょっと恥ずかしいところを見られちゃったかな……」

 セレナが、ジークの顔を覗き込むように言う。

 夜明け前の薄明かりで、その瞳がいつもより柔らかく見えた。


「そんなことないですよ。セレナさんの一生懸命な姿も、マスターの優しい思いも、どちらもすごく伝わってきました」

 ジークが真剣に返すと、セレナは安心したように微笑む。


「ふふ、私ね。ジークくんが私のお酒を飲んで幸せそうな表情をしてくれたの、嬉しかった……。私が作った一杯で、こんなに喜んでくれるんだ、って」

 少し先を歩きながら、セレナはぽつりと続けた。

 ジークは、その後ろ姿を見ながらついていく。

 と――途中で、セレナが振り返る。


「……だからね。ジークくんのおかげで、お父さんの話を心から信じられました。自分にちょっと自信が持てました。本当にありがとう、ジークくん!」


 ちょうどその頃、朝日が登って彼女を照らし出す。

 金色の光が髪を縁取って、笑顔が眩しい。

 ジークにとって、その瞬間のセレナは――今までで一番輝いて見えた。


「あっ……セレナさん……」

 思わず見とれて、ジークは立ち止まってしまう。


(あぁ、俺はこの人の夢を応援したい。この人の夢が叶うまでずっと応援していたい)

 胸の奥から、自然にそう思えた。


「……あ! ご、ごめんなさい。私ったら、急にはしゃいでしまって……」

 ジークの様子に気づいたセレナは、急に恥ずかしくなったのか、頬を赤くして慌てて謝る。

「あの、セレナさん」

「ん?」

 ジークは一歩、彼女の前へ出る。

 深呼吸して、腹の底から声を出した。


「セレナさんの夢、俺が全力で応援します! だからセレナさんにも、俺の世界政府の職員になるって夢、応援してほしいんです! 絶対に夢、叶えましょう!」

 ジークは力強く言い切り、握手をするために右手を差し出す。

 セレナは一瞬きょとんとして――すぐに、嬉しそうに微笑んだ。

「ふふ、もちろんよ。私も全力で応援する! ええ、絶対に私たちは夢を叶えてみせましょう!」


 そして二人は、しっかりと握手を交わした。

 握った手の温度が、朝の冷たい空気にやけに強く残る。

 気持ちを新たに、夢への誓いを交わす二人を――

 まだ登りはじめたばかりの朝日が、祝福するように照らしていた。



「たっだいマントヒヒ! ブーブー!!」

 家に帰ったジークは早朝であるためできるだけ声を抑えつつも、先ほどまでの件でテンションが上がっており、謎の挨拶で帰宅する。

 玄関の空気は少し冷たく、家の中には朝ごはんの匂いがうっすら漂っていた。


「マントヒヒの鳴き声ってブーブーなのか? お帰り兄ちゃん。今日は遅かったんじゃないのか?」

 洗顔中らしく、顔を泡だらけにしたケインが廊下に現れる。

 その泡だらけの顔が妙にシュールで、ジークは危うく噴き出しそうになる。


 次いで、朝食を作っていたアミも顔を出してくれた。

「ジークさん、お帰りなさい! いつもより遅い帰りなのになんだか元気ですね!」

「兄ちゃん、何かいいことでもあったの?」

 二人は不思議そうにジークを見る。

 ジークは誇らしげに胸を張り、鼻息すら少し荒く答えた。


「おう! 俺は今日生まれ変わったんだ。いやぁ~、実はマスターがな……」

 語り始めた、その瞬間。


「う~ん、酒臭いなぁ。仕事終わりに飲んできたのか? まぁ仕事終わりだし文句は言わねぇけどさ」

 ケインが眉を上げる。

 アミも、ジークの服からふわりと漂う香りに気づいて、心配そうに言った。

「ジークさん、酔ってるなら一度寝た方がいいですよ!」


 二人は、“酔っぱらって長話コース”を危惧しているらしい。

 ジークは慌てて両手を振った。


「いやいや! 酔ってねぇって! いや、たしかに酒は飲んだけどさ。ちょ、ちょっと2人とも待ってくれ~!」

 ――こうして、ジークの“生まれ変わり報告”は、玄関先でいきなりピンチを迎えるのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

次回もよろしくお願いします!

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