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第11話「BAR Luminous ~ジークの新たな一歩~」

「ジークさん、弟さんの挨拶立派でしたね」

 ケインの世界政府への入社式から数日後、セレナのお店「BAR Luminous」のカウンター席でお酒を嗜むジーク。

「ええ、本当に立派にやりました。俺も兄として負けてられないなって思うくらい」

 ケインの晴れ舞台を思い出しながらそう話すジークの表情は、あの前日の夜よりもさらに晴れやかだった。


 セレナは微笑んで言う。

「ふふ、ジークさんもいつかあの場所に立つんですよね。私も楽しみです」

「あはは……そうなりたいですけどね。今のままじゃ無理ですよ。俺なんてまだまだですから」

 そう言って苦笑するジークだが、その声には一本の芯が通っていた。

 彼はもう、迷ってはいないのだ。


 彼のグラスが空になりかけているのを見て、セレナは尋ねた。

「おかわりはいかがでしょうか? よろしければ、新作のものをお作りしますよ?」

「あ、それじゃあその新作をぜひ……」

 "新作"という言葉に思わず目を輝かせ、グラスを差し出すジーク。

 

 その時だった。

「おや? 初めまして、ですね」

 店の奥から落ち着いた雰囲気の紳士が現れる。

 男性はジークを見ると、小さくお辞儀をした。

「ジークさん、こちらこのお店のマスターです」

 セレナが紹介すると、男性は名刺を差し出した。

「いらっしゃいませ、ジークさん、ですね? 私、このお店のマスターをしております。リチャード・オルティスと申す者です」

「あ、ご丁寧にすみません……ジーク・ハワードと申します。こちらこそよろしくお願いします」

 現在無職であるため、名刺など上等なものを持ち歩いていないジーク。受け取るばかりになってしまい、少々気後れしたように、目線が泳いでしまった。


 だが、彼の名前を聞いて何かに気付いたように視線を彼に戻したジーク。

「……あれ、オルティス? じゃあ……」

 ジークはリチャードとセレナを交互に見る。

「ええ、ここにいるセレナは私の娘です。まだ半人前ですが、私の跡を継いでくれると言ってくれましてね。こうしてお店に立ってもらっているのですよ」

 優しく落ち着いた声だった。ふとジークの中に亡き父の声が甦って来て、彼の言葉に何も返すことができない。

「お父さ……マスター、半人前は余計ですよ」

 セレナは小さく咳払いをし、そんな娘を見てリチャードはからかうように笑った。

「ははは……すまないねセレナ。でも私は君を誇りに思っているよ。実際あまり店に立てない私に代わってよくやってくれてる」

 そのからかうような声は、やはりどこか温かさを含んでいた。

「……もうっ、マスターったら!」

 不意に褒められたセレナが、口元に手を当てて笑った。その笑顔は、これまでの彼女よりも少し幼い印象を感じさせた。

 きっと父と娘、という関係が自然にそうさせるのだろう、と2人を見つめながらジークもまた笑みを零すのだった。



「セレナさんの作るカクテル、どれも美味しくて……すっかりファンになっちゃったんですけど。もしかして、マスターが教えたんですか?」

ジークがカウンターの向こうへ身を乗り出すようにして尋ねると、店内に落ち着いた笑いが転がった。

氷がグラスの中でかすかに鳴る。照明は暖色で、木目のカウンターに柔らかな光を落としている。外は夜――窓の向こうに浮かぶ街の灯りが、ぼんやり滲んでいた。

カウンター奥でグラスを磨いていたリチャードが、白い布越しに手を止めて穏やかに答える。


「ええ、そうです。セレナは優秀ですよ。私の知らない間に、どんどん知識を吸収していってます。将来、いいバーテンダーになるでしょう」

「……さっきから褒めすぎだよ」

セレナは少し頬を赤くして、視線を逸らした。

耳の先までほんのり染まるのが、照明のせいだけじゃないと分かってしまう。


(照れてるセレナさん、可愛いなぁ)

ジークは思わず口元を緩めてしまい、慌ててグラスに視線を落とす。

――いや、見つめすぎはまずい。ケインが脳内でツッコミ入れてくる。


「あ、そういえば。テリーとセレナさんって、どういう関係なんですか?」

ふと切り替えるようにジークが尋ねると、答えたのはセレナではなくリチャードだった。

「テリーくんは親戚の家の子なんです。セレナとは……従姉弟みたいな関係になりますか」

「ああ、なるほど……」

テリーがこんな落ち着いた店を知っていたのが意外だったが、親戚だと言われれば納得だ。ジークは小さく頷く。


セレナが、柔らかな笑みを浮かべて会話を継いだ。

「ふふっ。テリーくん、あまりお酒を飲まないみたいで……これまで二、三回しか来たことがなかったんです。

それなのに急に『大事な友達を誘って行くから貸し切りにしてほしい』って連絡が来て。……それでマスターが貸し切りにしてくれたんです」

「なるほど……」

「そして、その友達がジークさん。ふふ、このお店を気に入ってくださってありがとうございます」

セレナが嬉しそうに微笑む。

その瞬間、ジークの胸がきゅっと縮む。

(だ、だめだ。こういう笑顔に弱いんだ俺は……)

グラスに口をつけて誤魔化すジークの様子を見て、リチャードがふと思い出したように話題を変えた。


「そういえば、ジークさんは……何かご職業を?」

静かな問いだった。探るような圧ではなく、ただ自然な会話の流れとしての質問。

けれど、ジークの喉の奥がわずかに乾く。

「あ、えっと……世界政府の職員を目指してまして。

それまでの間はアルバイトをしようと思って探してるんですけど、なかなか見つからなくて」

言いながら、ジークは無意識に指先でグラスの縁をなぞってしまう。

夜のバイトも視野に入れていた。日中働いて帰ってくるケインに、せめて新婚のアミと二人きりの時間を作ってやりたい――そんな気持ちもあったからだ。


するとリチャードは顎に手を当て、少しだけ考えるように天井を見上げた。

店内に一瞬、静かな間が落ちる。

そして、ゆっくりと口を開いた。

「ジークさん。もしよろしければ……私の店でアルバイトをしませんか?」

「えっ……?」

思わず声が漏れた。

予想外すぎて、ジークの思考が一瞬止まる。目の前のカウンターも、棚に並ぶボトルも、すべてが一拍遅れて視界に入ってくる。


「で、でも俺なんかでいいんですか? 俺、カクテルとか全然詳しくないし……」

慌てて言うと、リチャードは穏やかに笑った。

「もちろんですよ。アルバイトですから、そこまで求めたりはしません。

もちろん、ジークさんがお酒を学びたいというのであれば別ですが」

リチャードは指を折るように説明していく。

「お願いしたいのは、グラス洗浄、発注業務、レジ管理。あとは簡単な調理とドリンクの提供です。

本当に簡単な作業ですので安心してください」

言葉は丁寧で、押しつけがましさはない。

それが逆に、ジークにはありがたかった。


リチャードはそこで一度、ジークの目をまっすぐ見た。

「お店が暇なときは、世界政府の試験の勉強をしていただいて構いませんよ。

……間もなく私は、本当にお店に立てなくなるでしょう。そうなる前に、誰かスタッフを雇いたいのです」

その言い方に、ジークの胸がざわつく。

――“立てなくなる”。それはただ忙しいとか、年齢の話ではない響きだった。


「……マスター。どこか、お体でも悪いんですか?」

問いかけた瞬間、リチャードはふっと笑った。

けれど、セレナは視線を落とし、指先をそっと握りしめる。

その反応が、答えを先に教えてしまう。

「詳しくは追々お話しますが……私は“魔粒子症候群”という病に侵されています。

……誰でもよくご存じの、あの病気です」

ジークは息を呑み、目を見開いた。


――魔粒子症候群。

魔法や、魔力が籠められた武器を使った際に発生する、微量の魔力の残滓。

魔力を扱う者や肉体的に頑強な者は、それを再び魔力に変換して、魔法や能力のリソースとして利用できる。

本来、危険な戦闘に関わるのは、そうした“戦える者”だけだった。


だが十年前――世界都市同時襲撃事件。

平和な街に突如として現れた魔力を宿すモンスター、魔力武器を操るテロリスト。

各地は蹂躙され、鎮圧に駆けつけた世界政府職員の武器にも魔力が籠められていた。


目には見えない魔粒子が、街に――空気に――高濃度で漂った。


魔力を持たない者、もともと病弱な者たちは、そこで深刻な影響を受けた。

魔粒子症候群は、その魔力の残滓が人体に悪影響を及ぼす病だ。

症状は個人差があり、重いものから軽いものまで様々。

一気に高濃度を吸い込めば、命に関わる重篤な症状が出る。


そして、生き延びたとしても――五感が鈍くなり、徐々に体が弱っていく。

(……父ちゃんは、それで……)

ジークの喉が、ひりつく。


「……お父さんはね。たくさんのファンを持つバーテンダーだったんです」

セレナが、言葉を選ぶように口を開いた。

ほんの一瞬だけ辛そうな表情が浮かび、すぐに微笑みで隠す。

「……でも今は、味覚も嗅覚も弱ってしまって。だから私が跡を継ぐんです」

(セレナさん……本当は、ものすごく辛いだろうに)

ジークはセレナから目を逸らせなくなる。

けれど、ここで同情を押しつけたくない。――彼女は今、“前を向いて”言ったのだから。

ジークは息を整え、リチャードの目を見る。

そして、静かに口を開いた。


「……マスター。セレナさん。俺の父ちゃんも、“魔粒子症候群”で命を落としたんです」

言った瞬間、胸の奥に沈んでいたものが、ほんの少しだけ浮かび上がる。

ジークは幼い頃の記憶と、家族のことを二人に説明した。

「そう……だったのですね……」

リチャードは驚いた様子もなく、ただ静かに呟いた。

十年前の事件で命を落とした市民の数は、尋常ではない。

その中でも最も多い死因が、魔粒子症候群――それを知っている人間ほど、軽々しく驚けないのだろう。


ジークは拳を握る。

言葉にするほど、夢の輪郭がはっきりしていく。

「母ちゃんはモンスターに殺されました。俺は……世界政府の職員になって、多くの人を救いたいっていう夢を諦めたくないんです」

セレナもリチャードも、黙って聞いてくれている。

その沈黙が、ジークにはありがたい。

そしてジークは、胸の奥から出てきた言葉を、そのままぶつけた。

「だけど……マスターの話を聞いて、二人の力になりたいって思いました!

あの事件に人生を狂わされた人たちを救うのだって、俺の仕事ですから。

だから……本当に俺でよければ、このお店の手伝いをさせてください!」

ジークは深く頭を下げた。


カウンターの向こうで、セレナがリチャードの顔を見る。

小さく頷き合う。――言葉はいらない合図だった。

「お父さん?」

「ああ。彼も本気のようだ」

リチャードは微笑み、穏やかな声で続ける。

「これからこの店を、セレナと一緒に守ってくれる仲間が増えてくれるなら……これほど嬉しいことはないよ」

セレナも嬉しそうに微笑み返した。

その笑顔は、さっきより少しだけ明るい。


「ありがとうございます! 二人とも!」

ジークは顔を上げ、目の奥が熱くなるのを必死でこらえる。

こうしてジークは、“BAR Luminous”のアルバイトとして雇われることになったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

次回もよろしくお願いします!

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