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1.巻き込まれた私(ちな)

ふわっと設定。

暇つぶしに読んでいただけたら嬉しいです。


「ちょっと、起きて…」


ん……

ゆさゆさと私の肩を誰かが揺らした。


私がなかなか起きて来ないから、また起こしに来たのか…

「んん…、お母さん…もうちょっとだけ寝かせてよ」


昨日は、ネットサーフィンに夢中で寝たのは朝方だった。


「ちょっと!誰がお母さんよ!」


今度は背中をバシバシと平手で思いっきり叩かれた。


「いった!…もう!なにす……え???」

ガバッと身体を起した私は、目の前の状況が理解できず固まった。


すぐ隣には、私を叩き起こしたであろう茶髪の綺麗な女性、そして、異国風の服を着た人達が私達を見下ろしていた。


なに?ここどこ?…夢?


「なにこれ」

「さあ、私も分からない」


思わず出た言葉に隣の女性も自分と同じ状況なのだと理解する。

見下ろす人達は、何か慌てている様子だった。


「あなた、ひどい恰好してるけど大丈夫?」

「ん?ああ…、昨日コーヒーこぼしちゃって」


灰色のスウェットには、お腹からズボンにかけて茶色のシミができていた。

着替えるのが面倒で、朝風呂する時に着替えたらいいかと放置していた。


隣の女性は、きわどいスリットが入っているキラキラした白いパーティードレスを着ていた。

私の格好と比べたら、月とすっぽん、天地の差である。


「そう…」


女性は涼しい顔でそう答えると、私の視線に気づいたのか、察したのか、


「わたし、キャバ嬢なの」


と答えた。


なるほど、と納得する。


「陛下…この女は、どうしますか?」

見下ろしていた1人が私を指さした。


……ん?


「少しの金を持たせて捨てて来い!」


は?捨てる?


「はっ!畏まりました!」


えー?!


騎士の様な男達は、床にペタンと座り込んでいた私の両脇を抱え引きずるようにして歩き出すと、小さな小袋を私に持たせ神殿の様な建物からポイッと放り出した。


「………え?どういうこと?」


シミ付きの着古したスウェットで髪ボサボサ状態の私は、そこに立ちつくしたまま呆然とした。


ここは…どこだろう。


辺りをキョロキョロ見渡す。

目の前は、広い庭。

左を見れば教会のような建物に入って行く人達が見えた。

後ろを振り返ろうとして、鋭い目つきの男と目が合ってギョッとした。


今追い出された大きな扉の両脇には、ごつい鎧を着た騎士?が立っていた。


「早く立ち去れ!汚らわしい!」


鎧の男は、そう罵ると手に持っていた槍を振りかざす。


「ひっ!!!」


すごくヤバいと感じた私は、その場から走って逃げた。

体力不足の身体に鞭打って、はるか向こうに見える門まで必死で走る。


はぁ…はぁ…くっ、はぁ…はぁ…


やっとの思いで門まで辿り着いた私は、振り返り鎧の男が追って来ていない事を確認して近くの壁に手をついて乱れた呼吸を整える。


こんなに必死で走ったの何て学生の時以来だ。


やっぱり…あれ神殿よね。


その場で状況を整理したかったけれど、目の前を通り過ぎる人たちの怪しむ様な視線が痛い。


私はとりあえず追い出された神殿を離れた。


…ヨーロッパの様な街をとぼとぼ歩いた。


「いたっ!」


ああ…よく考えたら私、裸足だったっけ。

よく見ると走ったせいか傷だらけだ…。

でも今は、どうしようもない。


はぁ…深いため息が出た。


なんでこんな事に…?


手に持った小袋からジャラッと音がした。


そう言えばお金貰ったんだった。

人通りの多い場所で確認するわけにもいかず、無意識にポケットに入れようとして…止めた。

そして、着ていたカップ付きタンクトップの胸の辺りにズボッと突っ込んだ。一応ひったくり対策だ。


歩く事数十分程度…

ベンチを見つけたのでそこに座って状況の整理をする事にした。


たしか…

派遣会社の仕事についていた私は、契約期間満了だからと契約を切られた。

なかなか次の仕事先も決まらず…仕事を探す気力もなくした。

そして、貯金も底をつきかけた私は荷物をまとめ実家に帰ったのだけど…すぐには働く気になれず、家の仕事を少し手伝いながら自分の部屋にひきこもる日々を送っていたはず…。


いわゆる…ニートだった。


よね?


で…今日も自分の部屋で動画見たり、ネット小説読みあさったりネットサーフィンして眠くなったから寝てた。


よね?


確か…あの女性に叩き起こされて、ほのかに光ってる魔法陣みたいな床の上にいた。


あ…これって、異世界召喚なんじゃ……?

そんな…、まさかね…


ここまで状況を整理しても、夢の可能性がおおきい。


だってありえない。

異世界召喚?漫画や小説じゃあるまいし…。


やっぱり、夢だよ。


でも…

体の感覚は…ハッキリしてるし。

このベンチの感触も…。

私は前に手を出してグーパーグーパーと握ってみる。


夢にしては、妙にリアルよね。

そう言えば、あのキャバ嬢の女性大丈夫かな。

茶髪でストレートの長い髪、デコネイルがきれいだった。


そこまで考えてピンと来た!

ああ、なるほどね!


聖女召喚だ!ありえる!


じゃあ…私はなんだろ?

聖女?ないないない!

だって25歳のニートだし!


あ、そうか…

私は巻き込まれ召喚されたモブなんだ!


テンプレ展開に納得した私は、早速…好奇心を抑えきれず、

「ステータス」と呟いた。


…………あれ?

何の反応もないみたい。


そう思った時、近くでピコンという音が聞こえた。

そう言えば、スウェットズボンのポケットに何か硬いものが入っている感じがしていた。


なんだろ?


取り出してみると…まさかの、私が使っていたスマホだった。

そのスマホの画面にはステータスらしきものが…


「え!うそ!」


福崎 ちな  25歳 巫女

レベル1

HP100/100 MP 300/300


巫女?ってなんだろ?

まあ、いいや。

聖女ではないみたいだし…やっぱりモブだったんだと自分の中で納得した。


「これからの事を考えないとね…」


そう呟いて両手を上げて背伸びをした時だった。

目の前の建物の間の暗い路地でキラッと何かが光った瞬間、私の胸に激痛が走った。


「ぐっ!…ふ…うっ」


胸に手を当てると…矢のようなものが刺さっていて…目眩と共に地面に倒れこんだ。


ああ…そうか…私…邪魔だから…。


私の周りで騒ぐ人の声はするけれど…そこで私の意識はプツンと途切れた。





目を覚ますとベッドに寝かされていて…、胸には包帯が巻かれていた。


「あ、気が付いたんだね。よかった」


優しそうな女性はニッコリ笑って近づいてくる。


「あの…ここは?」


「ああ、ここはね。わたしがやってる宿屋だよ」


「宿屋…」


どうやら、あのベンチの近くの宿屋らしい。

胸に矢を受けた私をここへ運んで治療してくれたそうだ。


「ありがとうございました。助かりました」


「あんた運がよかったんだよ」


どうやら、お金が入った小袋のおかげで傷は浅くすんだらしい。


たぶん、私を殺そうとしたのはあの神殿…つまり、この国の手の者だろう。神殿の中で陛下と言う言葉も聞こえたし、外でいらない事を喋らない様に口封じする為かも。


あ、…私…生きてたらまずくない?


「あの…お願いがあるのですが…」

「ん?なんだい」

「わたし…このまま死んだ事にしてもらえませんか?」

「え?」


宿屋の女将さんに、私はすごく遠い国から逃げて来て命を狙われていると話した。

間違ってないよね?少し違うけど命を狙われているのは確かだ。


「そうかい…分かった。協力するよ!」

「ありがとうございます!」


にっこり笑って手を握ってくれた。

頼れる人は今この宿屋の女将さんしかいない。

藁にもすがる思いで頼むしかなかったけど…優しい人でよかった。


それから、女将さんと計画を立てた。

たぶん、刺客は私が死んだかどうか確認しに来るはずだから、私の事を聞かれたら死んで遺体は近くの森に埋めたと報告してほしい。とお願いした。身寄りのない人は、いつもそうやって埋葬されているらしい。


念の為、私の着ていたスウェットに動物の血をつけて近くの森に埋めて貰った。

案の定…2日後、騎士が宿屋へやって来て矢で打たれた女の安否を探って来た。女将さんが予定通り話すと疑う事なく帰って行ったらしい。


助かった…。

これで私は死んだ事になった。


私は女将さんに宿泊費を払って何かお礼をしたいと話したら、

「行く宛はあるのかい?よかったら、ここで働かない?」

と、言われてしばらくお世話になる事にした。

女将さんの遠い親戚の子でしばらく宿屋で預かっていると言う設定だ。


貰ったお金で服と靴を買い、腰まで伸びた髪をバッサリ肩まで切りイメチェンした。

これで神殿にいた人達に見られてもバレないはず…と言うか、寝起きでボサボサの髪で顔隠れてたからね。誰も顔見てないはずよ。


女将さんはイメチェンした私を見て、

「あんたそんな可愛い顔してたんだね!ビックリしたよ!」と言っていたが…お世辞がすぎると思う。

とりあえず、笑っといた。


胸の傷が癒えるまで安静にと言われ…この1週間で色々な事が分かった。


ここは、べリザリオ国の王都らしい。

テンプレ通り、魔法が使えて魔獣もいる世界だった。

王都や色んな街は、魔獣に襲われない様に結界をはって防衛しているのだとか。

一番驚いたのが人間は、平均200歳まで生きるらしい。自分の魔力量に関係していて300歳以上生きてる人もいるのだとか、ちなみに女将さんの名前はアリアナさん。今年で75歳…30代にしか見えない。二人の子供は成人して家を出て、旦那さんは、冒険者で今遠征中で留守らしい。


私の能力についても分かった事がある。

好奇心を抑え切れず色々試した結果、魔法が使えてしまった。ちょっと、ベッドを水浸しにしてしまってアリアナさんを困らせてしまったのは失敗だったけど…。イメージでなんとかなるもんだ。腕のスリ傷もヒールと唱えたら消えてしまった。胸の傷は…アリアナさんが傷をチェックして消毒と包帯を交換してくれるのでそのままにしてある。

ステータスにも魔法やスキルが追加され、内心ドキドキが止まらない。

とりあえず、落ち着いたらこの世界の事を知るため図書館にでも行ってみようかな。



2週間後…

聖女が降臨したと神殿が発表したらしい。近い内に聖女のお披露目があるのだとか、私は傷もほぼ癒えたので宿屋の手伝いをはじめた。朝食の支度、部屋の掃除、洗濯、受付係…結構忙しくて、アリアナさんはこれをほぼ一人でしていたなんて信じられない。器用に魔法を使っている所を見ると、この世界はこれが普通なんだなーと、感心してしまう。


この世界の人の髪の色は、茶髪より淡い色の人が多い事に気付いた私は店を手伝う前日に魔法で淡いローズブラウンに染色した。真っ黒な髪は珍しくて目立つと言われたから、アリアナさんの助言には感謝しかない。


「本日から2泊ですね。銀貨5枚になります」


「ちなちゃん、そっちは私案内するからこっちお願い」


「はーい」


明日は、聖女様のパレードが行われるとあって宿屋ひだまりは大忙しだ。

私も慣れないながらも接客して、手伝いだして5日目となればある程度慣れてきて営業職で培ったスマイルも役に立っている。


宿泊客の話によると聖女様が現れたのは前聖女様が亡くなってから20年ぶりらしい。だから、街中がお祭り騒ぎ状態。なんでも聖女様が国にいる間、豊穣の加護を受けて国が豊かになるのだとか…。


ほんとうに?

…勝手に召喚しといて、聖女じゃないからって即刻神殿から追い出して殺そうとした国が…?


そんな国に豊穣の加護ね…。


都合のいい話を聞いてると…反吐が出る。

まあ、平民は知らない事だし仕方ないけどね。



翌日、聖女様のパレードが盛大に行われた。

アリアナさんと一緒に聖女様をひと目見ようと目にした光景は、白い花吹雪の中まるでウエディングパレードを見ている様だった。


数頭の白馬が引くオープンな馬車に乗り白いドレスを着た、あの時いた女性と隣に座る金髪碧眼の王子様の様な人がにっこり微笑んで手を振っている。


「あの方が聖女様!綺麗な方ね」

「王太子殿下と婚約されるんじゃないか?」

「この国も安泰だな」


そんな喜びの声が聞こえて来る。


じゃあ…殺されかけた私は、何なの?

何の為にこの世界に来たんだろう…私。

あの子が羨ましい…。

家に…帰りたい。

お父さん…お母さん…助けて。


胸が急に苦しくなって涙が溢れた…。

私は、アリアナさんに先に帰ると告げ、涙を見せないように走って宿屋の自分の部屋まで戻った。

その日…

やっぱり、頃合いを見てこの国を出ようと決意した。



「ちなちゃん エール1杯!」

「はーい」

「あ、俺も俺も!」

「はーい。ちょっと、待って下さいね」


この世界へ来て1ヶ月がたった。

私は宿屋の手伝いをしながら空いた時間図書館に通った。昼過ぎから近所の娘さん(サラサちゃん)が夕方まで手伝いに来てくれるので、私はその間休憩させてもらっている。午前中の掃除や洗濯は魔法を使うので魔力回復の為だ。


宿屋から20分程歩いた所に大きな図書館がある。本を借りるには身分証明書がいるけれど、館内で読むのは誰でも自由だ。


「こんにちは」

「……っ!」

突然声を掛けられて肩がビクッと震えた。

いつの間にか右隣に座っている人に声を掛けられたらしい。

「こ、んにちは?」

その人物は、とても淡いウエーブのかかった金髪に若草色の瞳をした美青年だった。

「最近、よくお会いしますね」

「…そうですか?」

最近昼過ぎの空いた時間はここで本を読んでる事が多いけど、周りの人を気にした事がなかった私は…覚えがなかった。


それに、毎日2、3時間程度の貴重な情報収集の時間に他の人の相手なんかしてる暇はないのだ。人の相手は宿泊客だけで十分足りてる。


「いつも熱心に何を読まれているんですか?」


男は、私の方へ椅子を引き寄せ顔を近づけて来て本をのぞき込んだ。私は思わずその男から身体をのけぞらせた。


何なの?この人?


「へぇー、色んな国について調べてるんですね。この南ルライト王国は、妖精王がいる国ですよ。あと、こっちのウェントワースはエルフ族がおさめる国です」


男は、ニコニコしながら勝手に話し始めて…無視できる様な状況ではなくなってしまった。


まあ、悪い人じゃなさそうかな…。


「…くわしいんですね?」


「僕は、旅が好きなので何度か行った事があるだけですよ」


「旅?」


「あ、僕の名前はアレクシスと言います。気軽にアレクと呼んでください。あなたは旅に興味があるのかな?」


「…私は、ちなと言います。近い内に旅に出る予定なので…」


「だったら、僕の分かる範囲で良ければ聞いてください。いつもこの時間ここにいる事が多いので」


本からの情報より旅してる人に聞く方が断然良いに決まってる。


いい人そうだし?ちょっと、胡散臭いけど…情報収集になるし、知り合っといても損はないかな?


「はい、ありがとうございます」

なんだか嬉しくなって満面の笑顔でお礼を言うと、アレクは目を見開いて顔を真っ赤にして俯いた。


「………」

「え?あの…どうかしました?」

「いや、別に何でもないですよ。では、よろしくお願いします」

「あ、はい。よろしくお願いします?」


ん?なんで…よろしくお願いします…なんだろ?


不思議に思っているとアレクは顔を赤くしながら微笑んで来た。


うっ…美青年の微笑みはやばい。

ちょっと、それ反則でしょ!

こっちまでドキドキして顔が熱くなって…思わず両手で顔を隠した。


何なの?この人…!




その日を境にアレクと頻繁に図書館で会うようになった。会えない日は、宿屋にアレクの使いの人がメモを置いて行ってくれる。

こんなに親切にしてくれなくても…と、思う反面、嬉しくなっている私がいる。


それにしても…宿屋ひだまりは、聖女様のパレードが終わったと言うのに盛況で…なかなか、旅に出るタイミングが見つからないでいた。


まあ、でも毎日の様に掃除で浄化魔法、洗濯で水と風魔法、食事の準備で火魔法と氷魔法を使ってるおかげで勝手に経験値が貯まってレベルが3に上がった。


福崎 ちな 25歳 巫女、ひだまりの看板娘

レベル3

HP300/300 MP500/500

火、水、風、土、光、闇、聖、氷、雷、空

隠密、隠蔽、鑑定、探知、速読、幸運


ステータスは、こんな感じに…。

色々試していたらこんな事になっていた。


少し身体が軽くなった気がする。あと、お肌の調子もすごく良い。そう言えば、この世界に来てからずっとスッピンだけど…大丈夫かな?みんな何も言わないし、25歳なんておこちゃま扱いなのかな?

魔法とスキルに関しては、もう…チートでしかない。


表示にはないけど最初から言葉が分かるのは仕様なのだろうか?文字も書けるし読めてしまう。

不思議…。


スマホは、今の所ステータス表示とアイテム収納機能が使える様だ。アイテム収納は、たまたまお金をスマホの上に載せた時に吸い込まれる様に消えていった事で分かった機能だった。その時、収納アイコンが発現されて偶然見つけたものだった。下手したらずっと知らないままだったかもしれない…。





「こんにちは ちな」


「あ、アレク こんにちは」


別に毎日アレクを待っている訳じゃないけど、顔を見るとなんだかホッとする存在になりつつある。

だけど…そのうち別れは絶対にやって来る。

私の…この国から出ると言う決意は変わらないのだから。


「どうしたの?暗い顔して?何かあった?」

「ううん。何でもないよ。今日は旅する上で準備した方がいい物教えてほしいの」

「え?旅の予定が決まったの?」

「ううん。決まってないけど準備だけはしておこうと思って」


いつもの右隣の椅子を近づけて座ったアレクは、私の顔をじっと見て私の手を両手で握った。


「ちな…」

「ん?」

「ちなは、どうして旅がしたいんだ?」

「それは…」

「それは?」

「私がここにいちゃいけないから…」

「は?」

「………」

「突然いなくなったりしないって…約束してくれ」

「え?」

「旅の予定が決まったら前もって知らせてくれ」

「うん。そのつもりだよ。お世話になってるし黙って旅に出たりしない。約束する!ゆびきりね」


そう言って私は、アレクの右手をとって小指と小指を結んだ。


「ゆびきり…?」

「ふふふっ、約束って事!」

「そうか…、約束だ」


準備する物をひと通り聞いて、国を越える為の通行証明の身分証明書を作る為に冒険者ギルドに一人で行くのが怖かった私は、アレクに一緒について来てほしいと頼んだら快く了承してくれた。


アレクと街を歩くのは、はじめてで少し緊張する。ひと通りの多い所ではさり気なく手を繋いでくれて心臓がうるさく鳴った。


はじめて入る冒険者ギルドは…宿屋と違って少し威圧を感じる所だった。震えている私の手を握りアレクが受付係に説明してくれた。何とか手続きを終えた私の手元には、ちなと名前が刻まれたカードが鎮座する。


「アレク、ありがとう」

「ああ、よかったな」


そう言って微笑みながら私の頭を優しく撫でた。





朝食の片付けが終わった頃、アリアナさんに手紙が届いた。その手紙を読み終わったアリアナさんは、手紙を胸に当てて涙ぐんだ。


「アリアナさん…大丈夫ですか?」


「うん。大丈夫よ。1週間後にあの人が帰って来るの」


「よかったですね!ご馳走作らないと!」


「ええ!そうね!…本当に…本当に…無事で良かった」


アリアナさんは、ぽろぽろ流れる涙をエプロンで顔を隠す様に拭った。


ちょうど、私を雇った時期から音信不通になっていた事は、働き始めた時に聞いていた。

たまに、アリアナさんはお客さんのいなくなった食堂で椅子に座り深いため息をついている事があった。きっと、旦那さんの事を心配しているんだと感じる程…寂しそうに見えた。

アリアナさんの話では、今回の遠征が終わったら危険な依頼を受けるのは止めると旦那さんと約束したらしい。


私は、旅に出る話をするのは今だと思い…口を開いた。


「アリアナさん…私、近い内に旅に出ようと思っています」


「え?ちなちゃん…?」


「無事旦那さんも帰って来られますし、今がいい機会だと思うんです。アリアナさんには、命を救って頂いて、身元も分からない…こんな私を雇って住まわせてくれて、すごく…すごく感謝しています。でも、私…この国を出て自分の居場所を探す旅に出たいんです」


「ちなちゃんさえ良ければ、ここにずっといてくれてもいいのよ?」


アリアナさんは、私の頬に手を当て眉尻を下げた。


「それは…できないんです」


「どうして?」


私は、スッと右手を上げ他の人に聞かれないように防音魔法をはった。


「私を…殺そうとしたのはこの国の…一番偉い方です」


「え?…そんな…」


「私は…とても、とても遠い国から間違えて召喚されました。帰るすべは…今の所、ありません。でも、希望を捨てず旅をしながら探そうと思うんです。旅先で手紙書きます…」


私がニッコリ笑って見せるとアリアナさんもひとつ息を吐いて笑ってくれた。


「分かったわ。私も手紙を書くわね」

「はい。あ、の…旅に疲れたら…会いに来てもいいですか?」

「ええ!いつでも待ってるわ」

「ありがとうございます」


アリアナさんは、私を優しく抱きしめてくれた。




残りの1週間は、あっという間に忙しく過ぎて行った。


アレクにも1週間前に旅に出る事を報告した。


「私…1週間後、アリアナさんの旦那さんが帰って来たら旅に出る事にしたの」


「そうか、分かった」


「アレク、色んな事教えてくれて…ありがとう。すごく感謝してる」


「別れの言葉みたいな事…言わないでくれ」


「そうだね。まだ、1週間くらいあるし…また、ここで、会えるもんね」


「ああ、そうだな」



そんな会話を交わした後、私は会うのが辛くなって…図書館に行くのを止めた。


2回だけ宿屋に、

『図書館で待ってる』

と書いてあるメモが届いたけど…足が進まず結局行く事ができないまま…。


私…アレクが好き。


そう気付くのにそんなに時間は掛からなかったと思う。

最初こそ…胡散臭い男だと少し疑ったけど…。

ほぼ、毎日話をしていく中でアレクの優しさと誠実さがとても嬉しかった。

何度か他の女性に話し掛けられる所を見たけれど、全く相手にせず私の所へ来てくれる彼にドキドキした。

こんな平凡な貴族でもない…この国に捨てられた私に手を差し伸べてくれるアレクの存在は、とても、温かくて心地良かった。


アレクは…私の事…好きかな?

どうして、こんなに…私によくしてくれるの?

いつも触れ合う距離まで近づいてくるのは…どうして?

聞きたい事はいっぱいあるけど聞けないよ。

私は…臆病だから。


でも…最後に自分の気持ちを告白したかったな…。



そして、無事アリアナさんの旦那さんが遠征から帰還した。すごく傷だらけで足を引きずっていたので、恩返しにと回復魔法でケガを完治させたら二人共目を見開いて驚いていたけど、

「ありがとう」と感謝された。




「お世話になりました」


「気を付けてな」

「ちなちゃん これ少しだけど」


アリアナさんが私に小袋を手渡して来た。チャリンと音がなった。


「私お給料貰ってましたし、受け取れません」


「いいから、いざという時に使って?」


そう言うとアリアナさんは、ニッコリ笑って私の手を両手で握り込んだ。


「ありがとうございます。じゃあ…また!」


「ええ!またね!」


私は、深く一礼してから振り返らず馬車の停留所へと急いだ。

胸から込み上げて来る何とも言えない気持ちを噛み締めて、私はひとり亜人達の住むフォレスト国行の馬車が止まる停留所を探す。


「ちな…」


「…?」


近くで聞き慣れた声が聞こえた気がした。


アレク…の声。

会いたすぎて幻聴まで聞こえるなんて…。


じわっと涙が滲んで視界が歪んで見えた瞬間。

後ろからギュッと誰かから抱きしめられた。


「僕の事…置いて行くつもり?」

「……っ!」


そう言って私の肩口に顔を埋めてくる会いたかった人は、少し私を抱き締める腕が震えていて…私は、その腕にそっと手をのせた。


「アレク…一緒に…ついて来てくれる?」

「うん。ずっと一緒にいる」

「ずっと…?」

「そう…ずっと」


「すごく…嬉しい」


私は、そっと振り向いてアレクの顔を覗き込んだ。顔はすでに真っ赤で慌てて手で隠そうとする彼に。想いを込める様にギュッと一瞬抱きついた。


「そろそろ行かないとフォレスト行きの馬車が行っちゃう」


満面の笑顔を向けて手を引っ張る私をアレクは引き留め優しく微笑んだ。


「実は特別に馬車は用意してあるんだ。のんびり行こう。ちな」


「え…っ!うん!」


手を引かれ用意された特別な馬車までエスコートしてもらい…乗り込んだ馬車は、ゆっくりと私とアレクを乗せて出発した。


隣に座る私の愛しい人は、すぐ顔が真っ赤になってしまう恥ずかしがり屋だけど…私を迎えに来てくれた。


だから、私も…ちゃんと気持ちを伝えたい。


「私…アレクの事 大好き」


「……っ!」


満面の笑顔で彼の手を握ると彼は私を優しく抱きしめて、


「僕も…ちなを愛してる」


耳元でそう囁いた。




福崎 ちな 25歳 巫女、アレクシスの番

レベル5

HP500/500 MP750/750

火、水、風、土、光、闇、聖、氷、雷

隠密、隠蔽、鑑定、探知、速読、幸運



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― 新着の感想 ―
怪しい不信感しかないのだけれども主人公よそれで良いのか……?(困惑)
どう見ても訳アリな女に近づいてくる、親切で優しく物知りで、他の女に見向きもせず、逃避行にまで付いてくるイケメンて、怪し過ぎませんか
スキルから空が消えてる。空って、何が出来るのかしら?
感想一覧
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