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第九話 勝利の代償

「敵襲!来たぞ!」


野営地に響く叫び声が、ルシアンを浅い眠りから引き戻した。


交代で見張りを立て、短いながらも仮眠を取っていたお陰か、身体が瞬時に戦闘態勢に入る。

剣を掴み、天幕から飛び出すと、すでに野営地は混乱の渦中にあった。


「煙玉だ!」

ハイドの警告と同時に、黒い煙が野営地の各所から昇り始める。


「鍋をかぶせろ! 何でもいい、玉を覆え!」


メリダの指示が飛ぶ。ハーベットから聞いていた対策だ。

傭兵たちが素早く手近な鍋や盾、板切れまで使って煙玉を覆い、煙の拡散を最小限に抑える。


完全には防げないが、前回のように視界を失う事はなかった。

投げ込まれた煙玉に続くように、間髪入れずに盗賊たちが雪崩れ込んでくる。

その数、五十人は下らない。


盗賊たちの中央に立つ男がいた。


着流しの下に鈍く光る鎖帷子が見え隠れし、手には意匠を凝らしたブロードソードを持っている。


間違いない、初日の襲撃で盗賊たちを指揮していた男。

恐らくこいつが副頭目・・・メリダが殺した盗賊団の頭目ガルヴァンが末期に言ったドーンという男に違いない。


ドーンはゆっくりと周囲を警戒しながら、真っすぐにルシアンとの距離を縮めてきた。


ルシアンは息を呑んだ。左目に映る男の姿は、真っ赤に染まっている。

だがまだ絶死・絶望の深紅ではない。


(でも、ここで逃げ続ける訳にはいかないよな)

ルシアンは自分を鼓舞しながら、ブロードソードを構えた。


「お前が、今の盗賊団の頭目か?名はドーンというらしいな。お前らの”元”頭目が死ぬ間際にうちの副団長に、教えてくれたよ」

距離を詰められる前、牽制も兼ねてドーンに投げかける。


当のドーンは不快そうに片眉を上げた。

「ふん、俺を盗賊呼ばわりか。まあ確かに、ガルヴァンの馬鹿が死んだ今、この馬鹿どもを率いているのは私だ」


男の視線がルシアンを値踏みするように見る。

「貴様の事は覚えているぞ。首狩り姫と並んでいたガキだな。弓の腕はまずまずだったと認めてやろう」


ドーンが剣を肩に担ぐような構えを取る。

「だが、剣の腕の方はどうかな?」


次の瞬間、ドーンが地面を蹴った。

(速い——!)


肩口から縦に振り落とされる、速度の乗った剣だ。

ルシアンは辛うじてラウンドシールドで受けたが、衝撃で後ろに押し戻される。

続けざまに横薙ぎ、袈裟斬り、突きと、流れるような連撃が襲いかかる。


魔眼を駆使しても防戦一方。

それも、ぎりぎりで受けているだけだ。


(いくら何でも剣速が速すぎる。魔術を付与しているというより、軽量化の術が付与された魔剣か?)


ブロードソードとは思えない軽さで振るわれる剣。一撃一撃は重いのに、振り回す速度が尋常ではない。

ルシアンは必死に応戦しながら、相手の心理的な余裕を崩す方法を模索した。


剣を受け流しながら後退し、一瞬の隙を作る。

ドーンとの間には五メートルほどの距離ができた。


「あんた、サルタン教の信徒だろ?」

確信があったわけではない、直観だ。


「……何故そう思う」


「そう、問い返してくるのが答えみたいなもんだけどな」

そして懐から、拾った木彫りのエルーシャ像と、盗賊の頭巾から回収したサルタン教の祈祷布を取り出した。


「盗賊団の中にはサルタンの信者が沢山いるみたいじゃないか。それとも秩序の神サルタン様は、盗みの神様だったっけ?」

ルシアンは挑発するように言った。


ドーンの動きが止まり、その顔が憤怒に歪む。


「我々の崇高な目的を知らぬ、下賤な傭兵ごときが」

殺気が膨れ上がる。


魔眼に映るドーンが深紅に染まる。


「楽に死ねると思うな!」

激怒したドーンの攻撃が、さらに苛烈になった。


上段からの振り下ろし。ルシアンは横に転がって避ける。だが起き上がる前に、次の斬撃が迫る。

その剣術は、ただの盗賊のものではなかった。


ルシアンが幼い頃に、父から学んだ『騎士の型』に近い。

理詰めの剣筋に実戦で磨き上げた殺意が加わっている。


盾で弾くが、衝撃で盾が凹む。腕が痺れ、感覚がなくなりそうだ。

魔眼が告げる死の予兆、刃の軌跡を必死で読み取り、紙一重で回避を続ける。

だが、左に跳べば右から、下がれば突きが来る。


まるで、ルシアンの動きを読んでいるかのような攻撃。いや、単純に技量の差が大きい。


「どうした、もう終わりか?」

ドーンが嘲笑う。


「......」

片やルシアンは、荒い息を整えるのが精一杯で答える余裕がなかった。


「神を侮辱した罰だ」

ドーン渾身の横薙ぎ。ルシアンは盾で受けたが——


ルシアンをよく守ってくれた盾が真っ二つに割れた。

「しまっ——」


返す刀での斬り上げ。左下から凶刃が迫る!

(避けきれない!)


ルシアンは剣で受けようとしたが、受けた剣が弾き飛ばされる。

剣が手から離れ、地面に転がった。


「終わりだ、小僧」

ドーンがルシアンの眼前まで距離を詰め、真っすぐに剣を振り上げた。

死が・・目前に迫った。


(チェルダロ様、ロダン......次の人生ではもう少し役に立つ魔眼をくださいよ)


最期に考えるのが、神様への愚痴とはね。

諦めて目をつぶった時、一瞬クレアの顔が瞼の裏に浮かんだ気がした。


その瞬間——剣戟の音が響いた。


『キィン』という高い金属音。

目を開くと自分に振り降ろされる剣が受け止められている。


死の刃から救ってくれたそのシルエットは見間違えようがない。

「間に合った!」

赤銅色の髪が風になびく。


「クレア!」


驚きと、安堵、そして複雑な感情がルシアンの胸に湧き上がる。

(男として、逆なら様になるんだけど、かっこ悪いな俺)


「下がって」

クレアの有無を言わせぬ言葉。

だが、その声にはルシアンが無事だった事への安堵と、敵への静かな怒りが感じられた。


ルシアンは後退るように後退し、先ほどドーンにはね飛ばされた剣を拾い上げる。


クレアとドーンが正面から対峙する。


「ふん......『首狩り姫』か」

ドーンが構えを変える。今までの余裕は消え、真剣な表情になった。


「貴様も異教徒だ。まとめて始末してやる」

剣戟が始まった。


ガキン、ガガッ、キィン——

金属がぶつかり合う音が、夜の野営地に響き渡る。


軽量化された魔剣と、クレアの二振りのショートソードが激しく交差する。火花が散り、風圧が周囲の草を薙ぎ倒す。


ドーンの技量は確かだ。

恐らく長い鍛錬と訓練の末に身に着けた正統な剣術、それも並ではない、相当な使い手だ。


だが、クレアは全く退かなかった。

流れるような身のこなしで攻撃を逸らし、隙を見て鋭い反撃を加える。


数合——

僅かに打ち合っただけ。それだけでドーンの顔色が変わる。


クレアの剣が、ドーンの腕を掠める。鎖帷子を切り裂き、血が滲む。


「ちっ」

ドーンが舌打ちする。


さらに数合。今度は脇腹に浅い傷。そして太腿。

ドーンの身体に傷が増えていくのと対照に、クレアは全くの無傷。

呼吸すら乱れていない。


一振りごとに、確実に、相手の命を狩るための距離を詰めていく。


「くそっ、女ごときに——」

焦りがドーンの動きを狂わせた。


そして、その一瞬の隙を、クレアは見逃さなかった。

鋭い踏み込み。


ドーンの絶死の上段斬りを、事も無げに躱し、がら空きになった胴を剣で薙ぐ。


刃が、鎖帷子を断ち切り、深々と肉を抉った。


「がはっ……」


ドーンが膝をつく。腹から、血が止めどなく流れる。口の端からも血が流れだす。

内臓も切り裂いたのだろう、致命傷だ。


「異教徒め……剣技まで野蛮な……」

血を吐きながら、ドーンが悪態をつく。


勝負はついた。クレアもそう思ったのだろう。

ドーンから視線を切り、ルシアンを一瞥し、背後の戦場に目をやった。

だが——


血を大量に流し、瀕死のドーンが不気味に笑った。


「へ…へ……道連れだ……」

震える手を、口元に持っていく。何かを噛み砕く音がした。


ルシアンの魔眼が、ドーンの口元に深紅の光が集まるのを捉えた。


(あぶない——!)


ドーンが口を開く。吐血した血だけではない、どす黒い液体で満たされた口を、見せつけるように大きく開いて笑う。


「クレア、逃げろ!」

考える暇はなかった。


ルシアンは疲労した脚に喝を入れ全力で駆け、ドーンとクレアの間に身体をねじ込んだ。


次の瞬間——

クレアを狙ったドーンの血が混じった赤黒色の霧が、飛び込んできたルシアンの顔を直撃した。


「があああああっ……」


毒だ、間違いない。


顔が、喉が焼けるように熱い。

いや、逆に凍えるような寒さも感じる。


視界も歪む…毒が血管を通じて全身に回るのが分かった。

(呼吸がしにくい、いや呼吸ができない……)


『ムクロ根の毒は十分以内に呼吸困難になって死ぬ』

サルタニアの錬金術師のじいさんの言葉を思い出す。


(ムクロ根には青陽汁だっけ……もう、間に合わないか)


隣ではドーンが痙攣を起こしてうつぶせに倒れていく。

自分の毒にやられたのか、それとも失血で力尽きたのか——


もう、どうでもよかった。


「ルシアン! ルシアン、しっかりして!」

クレアの声が聞こえる。


「ごめん! 私が油断したから、教えて!解毒薬は?」

クレアが泣きそうな顔で見ている気がする。視界がぼやけて、よく見えない。


「……青陽汁、青い」

かすれる声で、やっと告げる。クレアが慌ててルシアンのポーチを漁る。


「これよね!」

クレアは青い液体の入った小瓶を取り出すと、瓶の半分ほどの量を毒を受けたルシアンの顔にかけた。

しゅうしゅうと白い煙が上がる。皮膚の焼けるような痛みが少し和らぐ。


「飲ませないと」

クレアが残りの解毒薬をルシアンの口に注ごうとするが、もう口が、喉が動かない。


「ムクロ根は掠っただけで効く毒だ......もう助からない」

誰かがクレアに言っている。ハイドの声だろうか。


(薄情だな......でも、その通りだね。クレア、君まで毒に触れちゃだめだよ......)


ルシアンは自分の意識が、急速に遠のいていくのを感じていた。呼吸が、どんどん浅くなる。

「だめ……死なないで」

クレアが解毒薬を口に含んだ。そして——


柔らかい感触が、ルシアンの唇に触れた。

朦朧とする意識の中、クレアが口移しで解毒薬を流し込んでくれるのが分かった。


必死に、少しずつ、確実に。


唇の温もりと、流れ込んでくる苦い薬。

それがこの戦場での最後の記憶だった。


――――――

どれくらい時間が経ったのだろう。

身体が重い。でも、生きている。


目を開けると、薄暗い部屋の中だった。外から鳥の鳴き声が聞こえる。

「鳥が鳴いてるってことは朝なのかな...?」


身体は動くみたいだが、力が入らない。


「ルシアンっ!気付いたの?」

視界一杯にクレアの顔が広がった。


「...…」


「大丈夫?動ける?話せる?変なところはない?」


「...…」


「声が出ない?ああ、もう!医者を呼んでこなきゃ!」


「いや、クレア......近すぎるよ」


「なによ!話せるんじゃない!直ぐに返事してよ!」


「ごめん...状況が把握できなくて」


「よかった……本当によかった」

クレアが、ルシアンの手を握ったまま、涙を流している。目は真っ赤に腫れていた。


「どれくらい……経ったのかな?」


「一日半くらい。ここは王都フリードの宿屋。解毒薬が効いたのか呼吸はしてたけど、身体は冷たいし、ずっと意識がないし……」

声が震えている。


「このまま死んじゃうかと思った......。あれだけ毒を受けて、解毒薬が効いたのは奇跡だって、メリダさんが言ってた」


ルシアンは、かすかに唇に残る感触を思い出した。

急に顔に血が上るのを感じる...


「も、もう王都に着いたんだね...良かった。あと、助けてくれてありがとう」


「馬鹿っ!助けられたのは私の方でしょ?」


「いや......クレアが来てくれなければ、斬られて死んでた訳だし」


「私だってあなたがかばってくれなきゃ死んでた。完全に油断していた……勝ったと思って」


互いになんとも言えない沈黙が流れる。


「......じゃあ、貸し借りなしって事でいいんじゃないかな?」


「よくない!」

クレアが声を荒げる。涙がまた溢れる。


「そうだったね、王都で食事をおごる約束をしてたからね」


「…馬鹿ね、そうだよ、約束は守ってもらうからね」

クレアは、涙を流したまま笑った。


(クレア、可愛いよな......笑っていて欲しいな)

頭をよぎったその気持ちは、他愛ないけれど、大切なことのように思えた。


『トントン』


ノックの音が聞こえ、メリダが部屋に入ってきた。


「クレア、ルシアンの様子は・・・なんだ!気が付いたのかい!」


「ええ、まだ上手く身体は動かないですけど、すみません」


「いいんだよ、あんた達が、あの副頭目をやってくれたから、こちらの犠牲は最小限で済んだんだ。医者を呼んでくるから大人しく寝てな」


そういうと、メリダはドアノブに手をかけて、

「邪魔したね」

意味ありげな笑顔を浮かべて出ていった。


ルシアンもクレアも、メリダの言葉の意味が分からないほど鈍くはない。


「そ...そういえば、護衛任務は成功したんだよね?」


「え、ええ。無事に商隊を王都まで送り届けたわ。報酬も受け取った」


「そっか...良かった……」


「そうだね...」


「食事をおごるのは、身体が動くまで……もう少し待ってね」


「…うん」


微妙な空気にしてくれたメリダに心の中で悪態をつく二人だった。


——————

ところ変わって、王都フリードにある王立図書館の中の一室。

魔力のある者であれば、その部屋が強力な魔力結界に包まれているのが分かっただろう。


外界と隔絶された空間。

たとえ、ベテランのスカウトが扉に耳を当てたところで、中の会話は一切聞こえないだろう。


長く白い髭をたくわえた老人が上座中央に座り、6人の男女が円形の卓を囲んでいた。

その中には、あのイリス・クレナが座っていた。


老人が口を開く。


「多忙な中、よく集まってくれた。では『灰白の書庫』、第八三回目の会議を始める。神の叡智に近付こうぞ」


ルシアンの知らぬところで、歯車が回り始めていた。

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