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第八話 血塗られた野営地

昨夜の襲撃から1日と少し。


岩壁そり立つ峡谷を抜けた商隊は、左右を森に囲まれた地点まで辿り着いた。

王都フリードまでの距離は馬であと半日、距離にしておよそ十キロ。


身軽な旅であれば、馬を走らせて王都の城壁の中に入りたい気持ちが強い。


だが、時刻は既に夕刻。

馬車列での強行軍は無謀で、覚悟を決めて野営をする必要があった。


「ここで野営する」

変わらぬはずのメリダの声が、いつもより重く聞こえる。


(言い換えれば、ここで迎え撃つ、だもんな)


十中八、九、今夜襲撃してくるであろう盗賊団を思うと、どうしても緊張の糸がほどけない。


メリダが決めた野営地は、木立が少なく視界の開けた場所だった。

周囲を見渡して、ルシアンは、違和感を覚えた。

草むらのあちこちに黒い焦げ跡が残り、地面には茶褐色の染みが点々と続いている。

血痕だ、古いものではない。


「王国騎士団の野営地跡だな」

サイクロプス団の斥候兼アーチャーのハイドが低く呟いた。

王都騎士団第三小隊——約二十名がここで全滅したのだ。


商隊の面々に重い沈黙が落ちた。

恐らくこの焦げ跡はあのソーサレスの火球。


盗賊相手に騎士団が全滅したという話を聞いた時、情けない騎士団だと思った。

だが、昨日の襲撃で魔術師の脅威を身をもって感じた後だからこそ、騎士団を笑う事はできなかった。


「メリダ」

ルシアンが指揮を執るメリダに声をかけた。


「一昨日の戦いで死んだ仲間たちを、簡単にでも埋葬したいのだけど……」


メリダは少し考えてから頷いた。

「一刻だけ。それ以上は時間をかけられない」


ルシアンは頷き、適当な場所を探し始めた。


森の端、木々の根元なら土も柔らかいだろう。

草むらを掻き分けると、何かが目に留まった。


小さな木彫りの像がぶら下がったネックレスが、千切れた革紐とともに落ちている。

像は翼を広げた女性の姿をしていた。


「エルーシャ像……」

ルシアンは思わず呟いた。


『秩序の神サルタン』の忠実な眷属で、右手に天秤を、左手に本を持つ美しい女性の姿をした、『風の大精霊エルーシャ』。


その特徴的な姿は、幼少期に生家で学んだ『宗教学』の知識として記憶に残っている。

最初の襲撃でクレアが倒した盗賊が末期に握っていたものも同じだろう。


そして、ルシアンの中で結びついたものがある。

盗賊が頭部に巻いていた布はサルタン教の『祈祷布』に似ている。


懐から、あの時拾った布を取り出す。

(正確には思い出せないけど、やはり、サルタン教…のシンボルだよな)


「どうしたの?」

涼やかな声に、ルシアンは顔を上げた。いつの間にかクレアが近くまで来ていたらしい。


「いや、なんでもないよ」

ルシアンは布と像を懐にしまった。今はまだ、確証がない。


「仲間たちの埋葬場所を探してるんだ。どこがいいかなと思ってさ」


「……そうね」

クレアは周囲を見回した。


「動物や魔獣に掘り起こされないようにしたいけれど、時間がないから、深く掘るのは無理よね。」


「うん、それに万が一アンデッドになっても困る」

ルシアンが付け加えると、クレアは苦笑した。


「現実的に考えて、荼毘に付すしかないわね。松脂を塗りこみましょう」

ガーゴイル団の五名、サイクロプス団三名、彼らの遺体に松明用の松脂を塗りこんでいく。


「レオン、随分と小さくなっちゃったな」

ファイアボールが直撃して、手首から先だけ残して消失したレオン。

物資の仕入れや商人とのやり取りをルシアンに教えてくれたのはレオンだった。


「馬鹿な事を聞いてごめんね、仲良かった?」


「まあ、そうだね。小さい団だから、みんな家族みたいなものだしさ」


そっか・・クレアはそうつぶやく。


「うちは大所帯だから、私は正直名前が怪しい人もいるんだけどね。彼は特別だった。ニックスっていってね、私に剣の握り方を教えてくれて、十二歳の時かな?初めての戦場で、ずっと守ってくれた人なんだよね」

ニックスの身体に松脂を塗りこみながらクレアが話す。


「辛いね」


「そうだね」


二人は言葉少なく作業を続けた。


「火を着ける」

ルシアンが松明の火を遺体に近づけると勢いよく燃え上がった。


火の属性が宿ると言われるフレイムウッドの枝を投げ込むと炎の温度が上がり激しさをました。

時間にして半刻もかかっていないだろう。

八人の遺体は、白い灰となった。


「これが墓標の代わりでいいよね」

ルシアンは浅い穴を掘って灰を埋めると、彼らが使っていた愛用の武器を地面に刺した。


「うん、いいと思うよ」

クレアもそれに倣う。


「切り替えないとね。手が松脂でベタベタ。顔も洗いたいし、この先森に入ってすぐのところに小川があるんだ。飲み水は残り少ないし、パッと洗ってこよう」

松脂がベッタリついた手の平をみて、クレアが提案してきた。


「おい、引っ張るなよ」

二人は森の奥に向かって歩き始めた。


しばらく黙って歩いていたが、クレアが口を開いた。

「こんなに自分の手を汚していて、なんだけど……親しい人がいなくなるのは慣れないね」


「親しい人の死に心が何も感じなくなったら」

ルシアンは静かに言った。

「それはもう、人じゃないよ」


クレアは少し驚いたような顔をしてから、小さく微笑んだ。

「そうだね……ありがとう」


「あとクレア、もし俺が死んだら、手間をかけるけど、同じようにしてもらえると嬉しいな」


ボスッ!


「ぐえっ!」


無造作にクレアがルシアンの鳩尾に拳を叩きこんだ。

「冗談のつもりか知らないけど、私と組んでる時に後ろ向きの事は言わないで」


「っ...優しく言葉で言ってくれてもいいんだよ」


「気合が入ったでしょう?あと少しだけ、お礼よ」


(お礼ね......)


小川は、クレアの言った通りの場所にあった。

澄んだ水が静かに流れている。


ルシアンが手と顔を洗っていると、横で水音が激しくなった。振り返ると——


「うわっ」

クレアが顔どころか、髪まで洗い始めていた。


レザーアーマーを外し、薄い下着姿で全身びしょ濡れになっている。


「ちょ、クレア!」


「気持ちいいわよ」


無邪気に笑うクレアに、ルシアンは慌てて視線を逸らした。


「風邪ひくよ!」

荷物から布を取り出して差し出す。


「これで髪を拭いて。あと、その……もう少し身体を隠して」


「照れてるの?」

クレアが悪戯っぽく笑う。月明かりに濡れた肌が白く光って見える。


「ああそうだよ!眼の毒なんだよ——」


「はいはい、分かったわ」

クレアは布を受け取ると、髪を絞り始めた。


その仕草さえも、ルシアンには眩しく見えた。


――――――――――


野営地に戻ると、メリダとハーベット、サイクロプス団のハイドが焚き火を囲んで話し合っていた。


「今後の、今夜の対策を話す」

メリダが切り出した。


「まず、あのソーサレスが厄介だね。あの威力の火球を連発できるなんて、王国騎士団が全滅したのも納得したよ」


「イリス・クレナという名前らしいよ」

ルシアンが名前を口にすると、全員が振り返った。


「伝心の魔術で名乗ってきました。それと……もう来ない可能性が高いです」

クレアも肯定するように頷いた。


「その根拠は?」


「俺とクレアに……理由は分からないけど、別れの言葉を送ってきたんだ。『死なないでね、また会いましょう』と」


メリダは眉をひそめた。

「その言葉、信用できのるか?」


「分からない」

そもそもイリスというソーサレスの得体が知れなさすぎた。

単純な盗賊団とも思えない。


ハーベットが身を乗り出した。

「しかし、あれだけの威力の魔術師、もう来ないと決めつけるのは危険では?」


「同感です」


メリダが頷く。


「最悪の場合、また現れることも想定しておこう。」


「あとはドーンという名の副頭目と、少なく見積もって五十人ほどの盗賊ですか。あと、あの煙玉で視界がふさがれるのはどうにかしたいですね」

ハイドが口を挟んだ。


「あのマジックアイテムの煙玉は、単純ですが鍋でも被せれば煙が広がるのは阻止できます」

意外な人物、ハーベットから対抗策の提案があった。


「ハーベットさん、お詳しいですね」


「商売柄、幅広く商品を取り扱いますゆえ」


「情報、助かります」


「さて、夜襲か、明け方か……」

メリダが顎に手を当てる。

「いずれにせよ、今夜が勝負時だよ」


議論は続いたが、結論は出なかった。

そもそもできることは限られている。

見張りを増やし、交代で休息を取り、戦いに備えるだけだ。


夜が更けていく。

森の闇が濃くなり、焚き火の光だけが頼りになった。

風が木々を揺らす音が、まるで忍び寄る足音のように聞こえる。


ルシアンは剣の柄を握りしめた。


(サルタン教の信徒しか身に着けないようなものを身に着けた盗賊、何かひっかかるんだよな)

懐から、この野営地で拾った精霊エルーシャのペンダントと、祈祷布を取り出す。


(秩序の神サルタンの信徒が盗賊なんかやるだろうか?)


ガーゴイル団から五人、サイクロプス団から三人、計八人死んだ。

これ以上、犠牲を出さずに勝ちたい。


それとも——


「ルシアン」

クレアが隣に座った。まだ髪が少し湿っている。


「体調は大丈夫?」


「……うん、腹は減ってるけどね。」


「それは同じく、王都に着いたら何食べたい?」


「実は、王都には行ったことがないんだよ。とりあえず肉が食べたいかな」


「美味しいシチューを出す店があるよ。美味しい牛串を挟んだパンも絶品」


「いいね、幾らでも食べられそうだ」


「じゃあ、明日の昼食は王都で、ルシアンのおごりで」


「分かったよ、護衛依頼の達成直後で金もあるだろうし。でも味が微妙だったら、支払いはクレア持ちね」


「「あははは」」


不意に、クレアが両の掌でルシアンの頬を挟みこむ。

「こんな、商隊の護衛なんかで死んでやるほど私の命は安くないんだ。それはルシアン、あんたも同じだよ。分かった?」


「わふぁった」

顔を挟む力が強すぎて、情けない返答しかできない。

でも、その手から伝わってくる柔らかさと温かさが、真っすぐにこちらを見る琥珀の瞳が、ルシアンにも一つの決意を生んだ。


(クレアは俺なんかよりずっと強い。でも、何があっても彼女を守ろう)


彼女の去り際、左目で見たクレアが緋色に包まれた気がした。

長い夜が始まる。

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