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第二二話 未知との戦い

「戦うぞ」

ギルフォードが、剣を抜いた。


その声は、静かだが強い決意を帯びていた。


「副団長、迂回して戦闘は避けた方が……」

アレンが言いかけたが、ギルフォードは首を横に振った。


「あの時は、撤退するしかなかった。だが、あの黒い化け物を、人間が戦って倒せるかどうか確認することが重要だと思っている。それを知らずに、団長のところには行けん」


「実際に遭遇した副団長がそういうなら異論はないですけど」

アレンがロングソードを構える。


「さらに言えば、今回はクレアにも戦ってもらうが、団長やクレアのような規格外の力なしで倒せるかどうかを確認したい」


「まあ、副団長が言いたいことはわかるぜ、団長やクレアみたいなビックリ枠じゃないと倒せないなら、俺たち傭兵じゃなくて軍隊の担当になる」

ジムがそう言いながらバスタードソードを背中のハーネスの鞘から引き抜く。


「ビックリ枠って私を父さんと一緒にしないで欲しいんだけど」

頬を膨らませながらクレアが二対のショートソードを引き抜く。


「謙遜するな、残念ながら、お前は近いうちに団長を越える」

フォードがクロスボウに矢をつがえる。


「ギルフォードさん、基本的に俺におとりをさせてください。」


「なぜだ、ルシアン?」


「俺がまとになれば、相手の攻撃が魔眼で一手早く見えます。相手が何をしてくるか分からない怪物ですから」


「そうか、ある意味ルシアンもビックリ枠だったな」

ジムが愉快そうに笑う。


「俺は眼が魔眼なだけです。ゴリアテさんやクレアと一緒にしないでください」


「ちょっとルシアン!」

ルシアンから別枠あつかいされたクレアが心外の声をあげる。


「クレア、少し静かにしろ。分かった、ルシアンはおとりを頼む。だが、無理をするな」

ギルフォードが頷く。


立場と経験からギルフォードが指揮を執るのは必然だ。


「はい、任せてください」


魔眼の危機感知を他の五人に拡張できれば大きいが、不確実なものを実戦で当てにするのは危険すぎる。ただし、自分以外も守る対象だと強くイメージしておくことで感知できればもうけものだ。


「それじゃあ、いくぞ!」

ギルフォードの声に合わせて全員が立ち上がり武器を構えた。


異形の怪物は、ゆっくりと立ち上がった。八本の脚が、器用に地面を掴む。それぞれの脚の先には、鋭い爪が光っている。


体中の金色の目が、一斉にこちらを見つめる。


そして――怪物が動いた。

八本の脚を使って、驚くべき速さで突進してくる。


「散開!」

ギルフォードの号令で、全員が左右に散った。


怪物は、こちらの狙い通り、最も近くにいたルシアンに狙いを定めた。

鋭い爪が、ルシアンの側面から首を刈り取るように迫る。

だが、そこまでの速さではない、赤い軌跡を余裕をもってかわす。


だが、八本足という未知の敵、避けた先には頭上から別の爪が振りおろされる。

盾で受け止めたがルシアンはその重さに膝をつく。


「くそっ!力が強い!」


カバーするように、ジムとギルフォードが左右から挟撃する。ジムの大剣が怪物の脚に深く食い込むが、皮膚は堅く太い脚を切断するには至らない。


それを見たギルフォードは、足ではなく攻撃の対象を金眼に変更した。

長剣で胴体に複数ある金眼を一つ二つと潰していく。


フォードも少し距離を置いたところから怪物の眼を狙ってクロスボウを放つ。


そこに大きく跳躍したクレアが、踏み込んだ。

常人とはかけ離れた身体能力がなせる業。相手の背に乗ると、ショートソードを深々と突き立てて、すぐに引き抜き離脱する。


怪物が、苦痛の叫びを上げた。――いや、叫びではない。腹の口から、空気が漏れるようなくぐもった音が聞こえただけだ。


だが、確実にクレアの攻撃はダメージを与えたようにみえた。


すると、潰されていない怪物の体中の目が、一斉にクレアを見つめる。


「え?ちょっ!!」

動揺の声と共にクレアの動きが、不自然に止まる。


怪物の背を蹴って着地した姿勢で完全に硬直しているクレアに向けて、怪物の爪が振り下ろされる。


「クレア!」

ルシアンの魔眼にクレアに迫る赤い軌跡がハッキリと見えた。


横っ飛びで、クレアに体当たりした。二人とも地面に転がる。怪物の爪が、寸前までクレアがいた場所を通過した。


「ルシアン……!」

クレアが、驚いた表情でルシアンを見た。


抱きしめる格好になったが、それに照れている状況ではない。


「あいつの眼を見ちゃダメだ!動きを阻害する邪眼のたぐいだと思う」

ルシアンは、立ち上がりながら叫んだ。


「わかった!みんなも聴こえたよね、アイツの眼をみたいで!」

彼女の琥珀色の瞳が、金色を帯び始める。彼女が深い戦闘状態に入った証だ。


『相手の眼を見ずに戦う』


それだけのことだが、非常に困難だ。

黒い胴体にある金眼は、複数潰したとはいえまだ三十近くある。


「グアッ!マジかよ!」

ジムが硬直したところを怪物に弾き飛ばされる。


辛うじて大剣で爪を受けたものの、右足から血が飛び散る。


「ジムさん!」


「大丈夫だ、かすった程度だ…。動きを止められるのは一瞬みたいだが厄介だな」


そんなジムの脇をすり抜け、クレアが低い姿勢で怪物に向かう。怪物の目どころか、目を閉じている。それでいて、怪物の爪を避けながらカウンターさながらの傷を着実に与えていく。二柱の力を持つクレアならではだろう。


そして魔眼で常に怪物を視界に捕らえているルシアンは気が付いた。

左目の魔眼で怪物を見れば、眼を合わせても邪眼の暗示にかからない。

魔眼が邪眼の効果を打ち消しているのだろう。


ルシアンは荷物からスリングを取り出す。

愛用のロングボウは取り回しが悪いため、簡易的投石器のスリングを用意していた。


地面からこぶし大の石を拾い、スリングにセットする。

狙うはギルフォードたちと同じく怪物の金眼だ。


スリングを振り回し、石を放つ。

遠心力で加速された石が、怪物の目の一つに命中すると白い体液が飛び散る。


(怪物の血は白いのだろうか)


黒い体皮に白い血は目立つ。


怪物が、再び空気が漏れるような音を上げた。

怪物の動きが、少し鈍くなったように感じる。視界が狭まっているのだろう。


ギルフォードは、怪物の背後に回り込んだ。片目を失った直後とは思えないほど、その動きは淀みなく正確だ。断つのは不可能だと判断し、長剣で脚の関節を斬っていく。


クレアが、前方から、ジムとアレンが、側面から攻撃を加える。


その瞬間――


怪物の八本の脚が、同時に地面を踏みしめた。


「危ない!」


ルシアンの魔眼が広範囲に広がる赤をとらえる。


怪物が、大きくジャンプしたのだ。


数百キロはある巨体が十メートル以上の高さに飛びあがる。

日の光を遮りルシアンたちに巨体の影が落ちる。


八本の脚に力を溜めたハイジャンプからのストンピング攻撃だ。


落下地点が、魔眼に映る。アレンの周囲広範囲が赤く光っている。逃げ場といえば……


「アレンさん!池に飛び込びこんで!」

ルシアンは大声で叫んだ。


「え?池って――」

アレンが戸惑っている。どうみても濁った池だ。飛び込みたくないのは分かる。


「いいから飛び込め!」

ギルフォードも叫んだ。


アレンは、一瞬ためらった後、濁った池に飛び込んだ。


次の瞬間、凄まじい地響きとともに怪物が落下した。

地面が揺れる。アレンがいた場所に、怪物の八本の脚が叩きつけられた。もし池に飛び込んでいなければアレンは血のシミになっていただろう。


「助かった……最悪だけど、助かった」

池から這い上がったアレンが、文句を言いながらも、ルシアンに礼を言う。


「攻撃を続けるぞ!」

ギルフォードが号令を出した。


クレアが、再び怪物に向かった。今度は、脚を一本ずつ確実に狙う。

剣が、脚の付け根を斬り裂く。いくらクレアの斬撃に威力があってもショートソードの長さと怪物の足の太さもあって一太刀で斬り落とすことはできない。


一息で同じ脚に二撃三撃と攻撃を加えることで削りとるように斬り落とす。


一本、二本と脚が切り落とされる。


怪物の体から、白い体液が噴き出す。

「やはりあの白いのは血か!」

ルシアンは、その異様さに戦慄した。


怪物は、脚を失いながらも抵抗を続ける。残った脚で、クレアに攻撃を仕掛ける。

だが、クレアは冷静に躱し、反撃する。


ギルフォード、ジム、アレンも、次々と怪物の脚に傷を負わせる。

フォードの矢も着実に金の邪眼を潰し、最後の眼に矢が突き刺さった時、怪物の視界は失われた。


そして、四本目の脚を斬り落とした時、『ズンッ』という音を立てて、怪物は地面に倒れこみ動かなくなった。


「倒した……のか?」

アレンが、息を切らしながら言った。


ジムがバスタードソードのリーチを活かして怪物を剣先でつつくが動く気配はない。


「やった…みたいだな」

安堵の息をはく。


だが、ルシアンの魔眼は、まだ怪物を赤く映していた。

「ジムさん、そいつはまだ生きています」

ルシアンの言葉に、弛緩しかけた空気が霧散する。


「ルシアン、まだ危険が見えるのね」

クレアが、自分の二刀のショートソードを鞘に収めながら確認の声をあげる。


「ああ、間違いないと思う」


「わかった、ジム、大剣を貸して」


「おう」

ジムは、自分の大剣をクレアに渡した。


クレアは伏したままの怪物に向かい、両手で大剣を上段に構えた。

琥珀色の瞳が、さらに強く金色を帯びる。


メイスの加護が十全に発揮されているのだろうか、クレアの体が光を帯びているように見えた。


そして――

大剣を振り下ろした。


怪物の太い胴体が、真っ二つに両断された。


声帯がないのだろうか、断末魔の声をあげる事は無かったが、残りの爪を滅茶苦茶に振り回し、やがて動かなくなった。


ルシアンは、改めて魔眼で怪物を確認した。

もう赤くは映らない。


「倒しました」

ルシアンの言葉に、全員が安堵の息をついた。


「やったぜ……」

ジムが、地面に座り込んだ。


「池に落ちることになるとは思わなかったが、まあ、命があるだけマシか。ありがとうな、ルシアン」

アレンは、濡れた服を絞りながら改めて礼を言う。


「いえ……」

ルシアンは、怪物の死骸を見つめた。


たった一匹を倒すのに、これだけの戦力が必要だった。

ゴリアテは、こいつらの群れの中で戦っているのか。


(無事だろうか)


ギルフォードも、同じことを考えているようだった。


だが__

「俺たちで倒せることが分かった。大きな収穫だ」

ギルフォードは、剣を鞘に収めた。


「進むぞ。団長を探す」


一行は、再び歩き始めた。

怪物の死骸を背に、森の奥へ。


少し進んだところで、ギルフォードが立ち止まった。

「これは……」

ギルフォードが、木の枝を見つめている。


枝が、不自然に折られている。

その下には、石が三つ、三角形の頂点のように並んでいる。


「団長の印だ」

ギルフォードが、低く呟いた。


「三角形の中央から、一番小さい石の方向を真っすぐ進む。これは、レンジャーがよく使う合図だ。俺が団長に教えた…あの大雑把な団長が覚えていたとは意外だな」


全員が、示された方向を見た。


「行くぞ」

ギルフォードが先頭に立ち、一行は石の示す方向へ進んだ。


木々を抜けると、岩陰が見えた。

その岩陰に――

人の姿があった。


片膝を立てて、うつむくようにうずくまっている。

左腕の肘から先がない、大柄な男。

ゴリアテだ。


「団長!」

「父さん!」

ギルフォードが、クレアが叫んだ。


だが、ゴリアテは動かない。


生きているのか、死んでいるのか。

ルシアンは、魔眼で見た。

赤い光は――見えない。

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