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第二話 サイクロプス団

朝日が差し込む簡素な部屋で、ルシアンは脇腹の鈍い痛みに顔をしかめながら目を覚ました。

寝返りを打とうすると、激痛が走る。


昨日の闘技場、拳闘試合でクレアから受けた肘の一撃が、予想以上に響いていた。


「くそ、まだこんなに痛むのか……」

打ち身に効く軟膏の効果を期待したが、一晩の治療では気休めにもならなかったようだ。

昨晩よりも紫色に変色した脇腹を見て、愚痴をこぼす。


「おい、起きてるか?」

扉を叩く音と共に、ドノヴァンの声が響いた。


「もうすぐ日が真上に昇る。約束の時間に遅れるぞ」


「ああ…分かってるよ」

ルシアンは無理やり身体を起こした。


ガーゴイル団の拠点は、サルタニアの商業区画にある三階建ての建物だ。

一階が食堂と大広間、二階には十部屋ほどの団員の部屋、三階は団長と副団長の私室と武器庫になっている。


―ガチャリ―


ドノヴァンが扉を開けて顔を覗かせる。


「おい、本当に大丈夫か?」


「平気だよ」

強がって答えるが、立ち上がる時にふらついてしまった。ドノヴァンの目は誤魔化せない。


「あまり無理すんなよ。俺としては休ませてやりたかったんだが__成り行きでサイクロプス団との会合には同席してもらう事になっちまったからなぁ」


「分かってる。着替えるから少し待ってくれ」


「急げよ。『緑竜の翼』亭まで結構歩くからな」


―バタン―


扉が閉まると、ルシアンは深くため息をついた。


同年代の女の子に、得物(武器)無し、素手の勝負で完敗。

しかも相手は手加減していたという。


(クソッ、情けない……)


悔しさが胸に込み上げてくる。

貴族の家に生まれ、幼い頃から父に剣術や武芸を当たり前のように叩きこまれた。

零落して傭兵に身をやつしてからも八年間戦い続けてきた。

それなのに、クレア・ライネルの前では子供同然だった。


「行かなきゃ……」

気持ちを切り替えるように一言つぶやくと、重い足取りで部屋を出た。


―――


『緑竜の翼亭』は、サルタニアの大通りに面した酒場だ。

酒も料理も上等とは言えないが、安価でボリュームがあり、身体を動かす仕事に就くものには人気のある店だ。且つ席数が多いため、傭兵団の会合にもよく使われる。


ルシアンとドノヴァンが到着した時、すでにサイクロプス団の面々が席に着いていた。


そして、ちょうど昼時。

普段なら満席となる頃合いだが、店内は不自然に閑散としていた。


理由は明白だ。


店の中央に座る巨漢の男と、彼を取り巻く連中が発する剣呑な雰囲気は、善良な一般市民が近づくには刺激が強すぎた。


巨漢…男の名はゴリアテ・ライネル。『傭兵王』や『暴君』の二つ名を持つ男は、ただ座っているだけで威圧感を放っていた。190センチを超える巨躯に、戦傷で白くなった無数の傷跡。左腕は肘から先が義手になっている。


その隣に座るクレアは、昨日とは違って麻布の服に、黒革のホットパンツという出で立ちだった。赤銅色の髪を後ろで一つに結び、琥珀色の瞳でルシアンを一瞥する。なぜこんな危険という文字を体現したような男からこんなに可愛い娘が産れたのか、素性を知らないものが見れば父娘(おやこ)だとは信じがたいだろうが、並んでいると、娘の方も十分に普通ではないとよく分かる。


ゴリアテの向かいの席には、ガーゴイル団の団長、ゲイルが座っていた。歳は四十になったばかりだが、ゴリアテ同様、無数の戦傷が年齢以上の貫禄を感じさせる。


その隣に座るのは副団長のメリダ。イングラス王国では珍しい褐色の肌に、くすんだ金髪。

目を惹く見目だが、同時に近づけば食われる肉食獣を連想させるのは、戦場で大斧(バトルアックス)を振るう彼女を知っているからだろうか。


「よう、遅かったじゃないか」

ゲイルが振り返る。


「すみません団長、俺が……」


「まあ、いい。早く座れ」


ルシアンとドノヴァンは末席に腰を下ろした。


「そこの小僧、昨日の闘技場、見てたぜ」

ゴリアテが口を開いた。豪快な笑みを浮かべて、ゲイルを見る。


「なかなか粘ったじゃないか。うちの娘を相手に、生きて三分以上も持ちこたえるとは思わなかった」


「こっちは、素手ならもう少し勝負になると思ったんですがね。流石は傭兵王の娘だ」

ゲイルは苦笑いを浮かべた。


ゴリアテの表情が少し翳った。

「……ニーナじゃなく、俺に似てきちまった」


亡き妻の名前を呟いて、隣に座るクレアに目をやる。


「ニーナに似て、器量は悪くないんだがなぁ。荒くれ者の中で身を守れるようにと剣を握らせてみたら、こんなになっちまった。」


「父さん、余計なこと言わないで」

クレアが頬を赤らめて抗議する。


「クレアはまだ十六歳でしょう?これからますますいい女になるわよ。素材がいいもの。好きな男の一人でもできれば、女は変わるものよ」

父娘のやり取りを愉快そうに見ていたメリダが口を挟み、ゲイルの肩に頭を預ける。


副団長のメリダがゲイルの愛人である事はガーゴイル団の中では周知の話だ。

ドノヴァンがそれを見て苦笑を浮かべる。


ドノヴァンはゲイルの実子だが、母親つまりゲイルの妻は幼少の頃に他界して記憶にない。

ドノヴァンにとって、メリダは母親であり姉のような存在だ。


「あの、護衛依頼について、もう話し合いは終わったんですか?」


ドノヴァンの疑問にゲイルが頭を振る。

「これからだ。二度同じ話はしたくないからな」


「よし、仕事の話をしようか。今回の護衛依頼は結構な大仕事だ」

ゴリアテの声に合わせて、サイクロプス団の団員が、広い円卓に今回の依頼書と大きな地図を広げる。


「王都フリードまで、大型商隊の護衛だ。馬車十五台、商人と従者含めて総勢五十名。期間は十日間の予定だ」


ルシアンは目を見開いた。馬車十五台という規模は、通常の護衛依頼の規模ではない。

昔、目にした王族の輿入れだって、周りの騎兵を除けば馬車は数台だったように記憶している。


「報酬は金貨四十枚、これは成功報酬だ。道中の糧食や、闘いで損耗した武器などの費用もある程度までは補填してくれるそうだ」


「ヒュ~♪気前がいいね。」

メリダが愉快そうに笑う。


「そう、悪くない金額だ。それだけの金を払っても、確実に王都まで輸送したいらしい。そして、ほぼ間違いなく盗賊の襲撃があるだろうとの事だ」

ゴリアテの表情が険しくなる。


「グラナ街道の盗賊か。討伐に向かった王国騎士団一小隊、十騎以上が返り討ちあったらしいですね」

つい先日、傭兵ギルド内でも大きな話題になった情報だった。


「流石に知っているか。盗賊団に王国騎士団が壊滅させられたなんて、醜聞に等しい。奴らは必死に隠そうとしているらしいが、俺たちにとっちゃ、情報が命に直結するからな。」


「仮にも王国騎士がやられるって、その盗賊団、結構やばいんじゃないの?あ、同じもの、お代わりちょうだい」

言葉とは裏腹に、他愛もない様子のクレアが店員に空のジョッキを指して『レモン水』を追加でオーダーする。


「重武装の騎兵なんて、正面からやるんじゃなけりゃ目立つしな。盗賊団からすれば、奇襲し易い相手だったんじゃないですかね?」

ドノヴァンも会話に加わる。


「それは勿論あるだろうさ。でもなドノヴァン、今回の依頼で考えなきゃならんのは、『商隊の馬車十五台』は騎兵よりもずっと目立つし、足もずっと遅いってことだ」


「護衛依頼は腐るほどやってるけど、今回のやつは過去一番の規模だね。ゲイル、どうするんだい?」


「もちろん、請けるさ。俺たちは金がねえからな。拳闘興行なんて日銭にしかならねえからな…」

ちらっとルシアンに目をやる。


「ゴリアテの旦那、じゃあ本題に入らせてくれ」


「おう、報酬の分配だな」


「今回はうちから20名、サイクロプスから10名の計30名だ。ガーゴイルが金貨30枚、サイクロプスが10枚でどうです?」


ゴリアテは少し考える素振りを見せた。

単純な人数比を考えれば、サイクロプスにとって不公平な配分だ。


「……いいだろう。ゲイル、配分に関しては、お前の団への信頼料だと思っておく」


「ありがとうございます。それで、全体の指揮はどうします?」


「今回、俺は同行できねぇ。娘のクレアは参加させるが、まだまだ戦場を見る視野が狭い。」


「あいにく、俺も別件で同行できませんが、うちの副団長メリダが行きます。こいつは戦場の機微を見るのは俺より上だ。指揮はメリダでどうです?」


「いいだろう。お前ら!今回の仕事では、ガーゴイル団のメリダがボスだ。メリダの言葉は俺の命令だと思え。従えないやつは、分かってるな?」

ゴリアテの言葉に異を唱えるものは現れなかった。


―――

報酬の分配について決まると場の雰囲気が和らいだ気がした。

ルシアンも緊張の糸がゆるむのを感じたが、同時に脇腹の痛みが主張をはじめて顔をしかめる。


(明後日の出発までに、マシになっているといいけれどな)


「ねえ」


「へ?」

気付くと目の前にクレアが立っていた。


昨日の事を思い出し、つい身体が引けてしまう。


「痛むんでしょ?ここ」

クレアはルシアンの脇腹を指さす。


「いや…問題ないよ」


「嘘ね。あたしも結構いいのを打ち込んだつもりだし、何より動きがヘン」

そう言うと、クレアは腰のポーチから小さな瓶を取り出すと、ルシアンに差し出した。


「ソーサラーが調合したハイ・ポーションよ。飲んどきなさい」


差し出された小瓶を受け取ろうとして、ルシアンの手が止まった。


緑色の液体が、陽光を受けて宝石のように輝いている。


「これ、かなり高いんじゃ……」


「いいから飲みなさいよ。依頼中に死なれたら面倒だから」


そう言いながら、クレアは強引にポーションの瓶を押し付ける。


「ありがとう」

礼を言うと、クレアは一瞬驚いたような顔をした。

その表情を見た瞬間、闘技場の控え室で彼女に見えた緋色の残像がチラついたように感じた。


「べつに、あんたの為って訳じゃないから」

言い捨てるように、彼女は自分の席に戻っていった。


ハイ・ポーションを一気に飲み干すと、全身が温かくなる感覚の後、脇腹の痛みが和らいでいく。

(すごい……ポーションって初めて飲んだけど、こんなに効くとは思わなかった)


『パンッ』

ゴリアテが手を叩き、全員の視線が集まる。


「よし、今日は解散するぞ。ガーゴイルには、うちの奴らが世話になるがよろしく頼むぜ」


「あいよ、誰も死なないように微力を尽くすよ。ああルシアン、この後、ギルドへの報告をお願いね。

報酬の分配については、ギルドに証人になってもらう必要があるから、サイクロプス団からも1人出しておくれ。その後は、商店を回って明後日の朝、北門に糧食やら必要な物資を届けるように手配しておいてちょうだい。クレアのおかげで身体の痛みもマシになったみたじゃないか。」

メリダがニヤリと笑う。


「分かったよ。合わせて30人分の道中の糧食と医薬品、消耗品の手配はしておく。その他に、特別に用意するものはある?」


「そうだねぇ」


「今回は盗賊団の中に魔術師がいる可能性がある。念のため、破魔石の矢じりを幾つか買っておこうかね」

その声には、数え切れない戦場を生き抜いてきた者だけが持つ重みがあった。


破魔石は魔術を構成する「マナ」を散らす性質がある。

仮に破魔石で出来た矢を魔術師が受けた場合、それが急所でなくても魔術を行使しにくくなる代物だ。


「魔術師が盗賊団にですか?」

ドノヴァンが驚いた声をあげるが無理もない。


魔術師は本人の才能意外にも、師に習い、多くの書物を読み、術の研鑽に多くの時間をかける必要がある。つまり金がかかる。


また魔術師になれば、仕事に困ることも少ない。盗賊に身をやつすのは普通なら考えにくい事だ。


「噂だけどね。やられた騎士団は不自然な霧につつまれて、足を止めたところに火球を撃ち込まれたらしいの。用心をするにこしたことはないわね」


「分かった、仕入れに錬金術師の爺さんのところにも寄るよ」


「あの小僧、随分と機転がききそうじゃねえか」

ゴリアテが関心したようにつぶやく。


「クレア、お前が今回はサイクロプス団側の代表だ。ギルドへの報告と、物資の調達はお前も一緒についていけ。商人との交渉を勉強させてもらってこい」


「ちょっと父さん!私より年上のニックスとかいるじゃない。勝手にきめないでよ」


「お前も、団員を率いる事がある…いや別にお前をずっと傭兵にしたい訳じゃないんだが…まあとにかく行ってこい、団長命令だ。」


「もうっ!しかたないわね!」

睨むように、いや文字通り睨みつけてくるクレアに思わず唾を飲む。


(なんか、怖いんだけど)


「はぁ……お腹が減って死にそうだから半刻後にギルド前で落ち合いましょ」

そういうと足早に『緑竜の翼』亭から出ていった。


クレアが立ち去った後、ルシアンは一度深い深呼吸をすると、飲み干して空になったポーションの小瓶を手の中で転がした。


「……高いんだろうな、これ」

独り言をつぶやきながら、ふと彼女の後ろ姿を思い返す。


闘技場で見せた圧倒的な強さと、不器用な優しさ。そして節々で感じる凄み。


彼女の色んなギャップが、妙に心に引っかかった。


「クレア・ライネル…か」


ルシアンは左目に少し熱を感じた。

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