第十六話 Road to 大司教
翌朝、街道を外れて『廃都グランツ』へ向かった。
数十年前まではネロス領の公都だったグランツへ続く『かつて街道だった道』は森の浸食を受けて荒れ果てていた。好んで歩く者はいないだろう。
一刻も歩くと、崩れかけた城壁が見えてきた。
城壁とその奥に広がる朽ちかけた建物群を見るだけで、人が生活している気配は感じられない。
少なくとも生者は。
「ここからは気をつけてください、現れますよ」
廃都の門をくぐったところでベニードが警戒を強める。
彼の忠告は勿論『アンデッド』に対してだろう。
一般的に、アンデッドは『世を呪って死んだもの』が『生者を妬んで蘇る』と言われることがあるが、死した者が全てアンデッドになるわけではない。
旅の途中、ベニード司教と話した『アンデッドが何故生まれるのか』を思い出す。
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「結局、この世に偏在するマナが集団的な知性を獲得して、死者の身体を動かすものがアンデッドです」
入れた茶が熱かったのかチビチビとすすりながらベニードが語る。
「つまり、『不幸な死に方』をしたとかより、『死んだ場所』によるということでしょうか?」
ふむ、と頷きながら肯定する。
「理解が早いですね。あとは『魔力量が多い人』が死んだ時は、その人に内在しているマナが悪い方向に向かってアンデッドになる確率が高いですね。ルシアンさんは要注意かもしれませんね、はっはっは」
「笑いながら言うことじゃないですよ」
ルシアンも思わず苦笑するしかなかった。
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「ご注意を、きます」
廃都の大通りを進むと、ベニードが警告を発した。
それと同時に、ルシアンの左目にも赤く光る存在が複数映った。
瓦礫の陰からスケルトンが三体、錆びた剣を振り回し、カタカタと骨を鳴らしながら迫ってくる。
「まず、ルシアンさんの剣に神聖魔法を付与しましょう。少しの間ですが、肉を持たない霊体系を散らしやすくなるはずです」
そういうと、手で印を結び呪文を詠唱する、『ホーリーエンチャント』だ。
ブロードソードが僅かに軽くなり、魔術を帯びたのを感じられた。
更によどみなく詠唱を続ける
「そして・・・光よ、穢れを裂き、不浄を退けよ・・・ターンアンデッド(浄化の光)!」
ベニードが叫ぶと、白い光がスケルトンを包み込んだ。
一体は、操り人形の糸が全て切られたように、真っすぐに崩れ落ちるが、残り二体はなお向かってくる。
スケルトンの振る剣が盾にぶつかる。
肉が一片もない骨だけの軽い腕で振り回しているとは思えない力に驚かされる。
感情のない空洞の眼窩が不気味に迫る。
それは生者への執着か、それとも ただの本能か——骨の指が執拗に俺の喉元を掴もうとしてくる。
(ただ、人間のような駆け引きは出来ないようだな)
盾で一体の攻撃を受け流すと、骨だけの体は簡単に体勢を崩す。
そこに横薙ぎの一撃を加えると、スケルトンはバラバラに砕け散った。
「お見事」
そういいながら、ベニードが残った一体を拳で粉砕する。鍛え抜かれた拳は鈍器のようにスケルトンを砕き、骨の塊に戻す。
(すごい・・無手で戦う人は何人も見たことがあるけれど、洗練されている)
廃都の中を進むにつれ、アンデッドの数は増えていった。
そのほとんどがスケルトン。そして、若干のグールやレイス。
「申し訳ないですね、向かう先が教会です。当然墓地や治療院などが近くにあるわけで・・まぁ廃都でもっともアンデッドが集まる場所に向かっています。この先も増えるはずです、油断はなさらず」
レイスが壁をすり抜けて現れ、グールが地面から這い出してくる。
ベニードはプリースト兼モンクらしく、ターンアンデッドと格闘術で、ルシアンは慎重に盾で攻撃をいなしながら剣で無力化していく。
「あの、こんな時に聞くのも場違いですが、ターンアンデッドと物理攻撃で倒すのではやはり前者の方が死者には良いのでしょうか?」
ルシアンの偏見だが、ターンアンデッドで浄化されるアンデッドは魂が天国に召されるような神聖さを感じる。対して、物理攻撃で身体を損壊させる方は死者に対して鞭を打つような感覚を抱いてしまう。
「聖職者として、こんな言い方は死者を冒涜しているかもしれませんが、どちらも大差ありません。ターンアンデッドは死者を媒介に蓄積した『負に着色されたマナ』を洗浄し散らす魔術です。物理攻撃で負に着色されたマナの依り代である身体が毀損させ、マナがそこに留まり難くする事と、やっていることは大して変わらないのですよ。……さて、この先です」
ベニードが指差した先には、半ば崩れた教会があった。
両開きの大扉は形を保っているが、壁や屋根は穴だらけで、雨風から守るのに十分とはいえないだろう。
「あそこに、目的のラヌ神の眷属である『土の大精霊ランド』の像があるはずです」
「お探しのものですね?」
「ええ、これを持って、公都に行くことが私の目的なのです」
教会の大扉を開けると、中は薄暗く、カビ臭い匂いが充満していた。
(壁が穴だらけで換気が良いだろうに、カビ臭いものだな)
祭壇の上に、土色の小さな像が安置されている。
「あれですな」
祭壇の上には、思ったよりも小さい、高さ五センチほどの像が置いてあった。
あれが土の大精霊ランドの像なのだろう。
きしむ床を踏みしめ、ベニードが祭壇に近づいた瞬間、俺の視界が真っ赤に染まった。
「ベニード司教、下がって!」
反射的に叫んでベニードを引き戻すと、祭壇の裏から異質な冷気を纏ったレイスが現れた。
壁から滲み出るように現れたそいつは、生前は女性だったのだろう。
長い髪が重力を無視して揺らめき、空洞の眼窩から青白い光が漏れていた。
その手が壁を通り抜けて俺の胸を狙う——魔眼が示す赤い軌跡を辛うじて躱すと、 触れられた部分の服が凍りつき、パリパリと音を立てて砕けた。
半透明の体から漏れ出る冷気が強い、触れただけで凍結し、一緒に生命力を奪われそうだ。
(これは、抱きつかれでもしたら一発であの世行きだな)
「これは厄介ですね、レイスの上位種、ネクロ・レイスですか。ルシアンさんよく気付いてくださいました」
ベニードが苦笑いを浮かべながら、印を結ぶ。
「光よ、穢れを裂き、不浄を退けよ・・・ターンアンデッド!」
白い光がレイスを貫く。だが、若干存在が希薄になった印象はあるが、消滅はせず二人の周囲を旋回する。
俺は剣を構え、レイスの動きを見つめた。
壁や遮蔽物を透過して移動するだけに、レイスの位置を赤い光で教えてくれる魔眼の存在がありがたい。
逆にいえば、魔眼無しではレイスの位置をとらえるのは難しかっただろう。
(下からくる!)
俺は左に跳び、レイスの攻撃をかわした。そして振り返りざまに剣を振るう。
神聖魔術を付与された剣は霊体にこそ大きく効果を発揮する。
真下からの攻撃を完全に避けて剣を振るう時、ネクロ・レイスが『何故、場所が分かった?』と驚いたような気がした。
「光よ、穢れを裂き、不浄を退けよ・・・ターンアンデッド!」
すかさず、ベニードが二撃目の神聖魔法がネクロ・レイスに放つ。
二回目の聖なる光。今度は抗うこともできず、わずかな呻き声とともにレイスの存在が霧散した。
「いや、本当に助かりました。戦いの中で実際に使っているところを見ると、ルシアンさんの魔眼は非常に興味深い力ですね」
「こちらこそ、ベニード司教の、神聖魔術の助けがあって助かりました」
「さて、邪魔が入らぬ内に目的を果たしましょう……」
そういうと、ベニードは祭壇に向かい、跪いて祈り始めた。
「偉大なる創造神ラヌよ、汝のしもべ、ベニードが、御身の眷属たるランド様の聖なる像を拝領することをお許しください……」
祈りを終えたベニード司教は『ランド像』を手にとると、ポンっという小気味良い音と共に、像にささっていた小さなコルク栓を抜いた。
「ベニード司教・・その像は?」
「これは、大精霊ランドの像でもあり、ラヌ神の『神血』を保管する器でもあるのですよ」
「『神血』ですか?」
「ええ、実際は少々特殊な作り方をした葡萄酒ですけれどね。神の血を分け与えていただき、このランド像を持つことが、『ラヌ教の大司教』となる儀式のようなものなのです」
まあ、酒好きの私としては、もう少し葡萄酒の量が欲しいところですが、と笑うベニード。
「ベニード司教は・・『大司教』になられるのですか?」
大司教といえば、聖職者の序列でいえば教皇、枢機卿に次ぐ三番手だ。
勿論、大きな宗教組織では枢機卿や大司教が複数人いるだろうがそれでも相当上の地位であることは疑いない。
「まあ、最近は色々ときな臭いことが増えてきましたからね。若輩ですが、私のような粗野な者でも、それなりの地位につける必要が……っと、これはルシアンさんにはあまり聞かせられない話ですね」
はっはっはと、いつもの笑顔で笑うベニード。
いずれにしても、アンデッドの群れを蹴散らして、目的のものを入手できたのであれば一安心だ。
(護衛依頼も七割方達成かな)
そう思って、神血という名の葡萄酒を前に祈りの言葉を捧げるベニードを見ると、彼の右手が赤く光って見える。
また、昨夜の様にベニードが不意に攻撃をしてくるのかと身構えたがそうではない。
ベニードの視線は右手に持った『ランド像』に向いており、赤い光に包まれているのはそのランド像だ。
(どういうことだ?あの像が俺にとって危険?いや違う……俺への危険じゃない!)
「ベニード司教!飲むのはお止めください。そのランド像が赤く光って見えます」
ルシアンの声に、祈りをやめベニードは顔を上げた。
「ほう……このランド像が危険だと?」
ふむ、と呟きながら、真剣な表情で葡萄酒の入ったランド像ぐるりと手の中で回して観察し、最後に中に入っている神血、『葡萄酒』の匂いを嗅いだ。
「……なるほど。かすかに刺激のある匂いがしますね。グリムルートの根を煎じた毒でしょうか」
グリムルートは、白く美しい花を咲かせるが、根に猛毒があると知られている植物だ。
少量であれば気付けに使われるが、量が過ぎると致死毒となる。
ベニードは像の中身の神血、『葡萄酒』を手持ちのカップに移した。
「ルシアンさん、申し訳ないですがもう一度、魔眼で『ランド像』を視ていただけますか?」
「わかりました」
頼まれた通り、改めて像を視てみると、もうランド像は赤い光に包まれてはいなかった。
代わりにカップに移した葡萄酒が・・赤い葡萄酒が禍々しい赤に包まれて視えた。
「ランド像から葡萄酒に赤い光が移りました。恐らくその葡萄酒、には致死性の毒が入っているかと思います」
ルシアンの言葉に大きく頷くと、ベニードはカップの葡萄酒を床にぶちまけた。
「ルシアンさんにはここにきて、二度も命を救われましたね。ありがとうございました」
そういいながら深く頭をさげる。
そしてルシアンの眼、魔眼である左眼を真っ直ぐ視ながら言った。
「その上で、おめでとうございます。ご自身だけではなく、『他人の命の危機』を視るという魔眼の進化が一つ叶いましたね」
ベニードから指摘されて、初めて気付く。
「そうなのでしょうか……そうであれば嬉しいのですが」
確かに、ルシアンは葡萄酒を飲むつもりは全く無かった。
そして危険を伝えなければ数分後に死んでいたのはベニードだったろう。
だが、今のところサンプルはベニード司教一人、確証はもてない。
ひとまず後回しにしようと決めた。
「ちなみに、葡萄酒に何故毒が?もしかして『毒酒』を飲んで生き残れたら大司教になれる試練みたいなものなのですか?」
「はっはっは、面白い事を考えますね。確かに何かを証明する為に試練に挑むというのは世の中にある話ですが、これはやり過ぎです。単に私に毒を飲ませて殺したいものの仕業でしょう」
「司教を殺したいものがいるのですか?」
「四十そこそこで『大司教』になろうとしている私を、疎ましく思う者は沢山いますからね」
ベニードは肩をすくめた。
「同じラヌ神に仕える聖職者も、所詮は人間です。妬みや嫉みから無縁ではいられませんから」
そう言いながらベニードは、空になったランド像に麻紐を通し、ネックレスのように首にかけた。
「結局、葡萄酒は飲まなくても良かったのですか?」
「ええ、飲んだことにすれば良いのです。神血といっても、聖水を使っていますがただの葡萄酒です・・おっと、これ内緒ですよ。毒を入れた相手には飲んだかどうか分かりません。このランド像を持ち帰れば良いのです」
ベニードは首にかけた『大精霊ランドの像』を恭しく撫でた。
「さあ、出ましょう。街道までもどれば、公都モルデンまではあと二日です」
二人が廃都グランツを後にし、街道に戻ると既に日は沈んでいた。
「お陰で目的はほぼ達成できました。今日は無理をせずにここで野営しましょう。今日のアンデッドとの戦いはこの老体にこたえました」
わざとらしく腰を叩きながら野営を提案する。
「分かりました、それでは火をおこして夕食にしましょう」
手早く乾いた木々を集めると、焚火をおこし、夕食の準備をする。
たった数日の旅だが、食事はルシアンとベニードが交互に作るようになっていた。
今日はルシアンの番だ。
といっても、手持ちの材料が限られている為、どちらが作っても味に大差はない。
だが、ベニードから食べられる野草を教えてもらい、彼に分けてもらった香草の使い方を学べたのはこの依頼での収穫のひとつだった。
干し肉とくず野菜で簡単なスープを作り、固いパンを食べやすくスライスして、スープの器と一緒にベニードに渡す。
「動いた後の食事は美味いですね。」
美味そうに頬張るベニード。
「干し肉が残り少ないので、仕方ありませんが、俺はもう少し肉が食べたいですね」
旅のゴールが見えてきたからこそ、つい軽口をたたいてしまう。
「確かにお若いルシアンさんには物足りないでしょうね。モルデンに着いたら、最初に美味い食事をご馳走しますよ」
ベニードは空になったスープの器に葡萄酒をそそぎ、固いパンを浸して食べている。
「私は、ルシアンさんくらいの年齢にこいつ(葡萄酒)の味を覚えましてね。酒が飲めない方が辛いかもしれません。私ほど『神血』を飲んでいる教徒はいないでしょう。」
そういいながら、パンを頬張り、器を傾けて綺麗に飲み干す。
さて・・と言って、ベニードはルシアンの顔を真っ直ぐに見た。
「ルシアンさん、あなたの魔眼は実に素晴らしいものでした。そして自分の危険だけでなく、他者の危険も感知できる・・魔眼の進化の第一歩ですね」
「他人の危機という話なら、まだ司教お一人だけですし、これからも使いこなせるかどうか分かりませんが……」
焚き火に薪をくべながら、ルシアンが応える。
「それは経験を積めば解決するでしょう。ただ、一つ忠告、いえ助言があります」
ベニードの表情が少しあらたまったものになった。
「その魔眼の力は、極力明かさない方が良いと思います。まだ予測の域を出ませんので詳しいことは言えませんが、王都を中心に不穏な臭いが広がっています」
焚火の雰囲気のせいか、これから『大司教』になる聞いたせいか、いつもよりベニードの言葉に不思議な重みを感じる。
「ベニード司教にはほぼ全てお話してしまいましたね、そう仰っていただけるという事は、司教は内密にしてくださるのですよね?」
「勿論ですよ」
ベニードは悪戯っぽく笑った。
「今日あなたに二度、命を救われた、そのご恩を忘れたら、ラヌ様にお叱りを受けます」
そう言うとベニード司教は人好きのする笑みを浮かべた。
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そこから二日後の夕刻、二人は無事に公都モルデンに到着した。
王都フリードには及ばないが、公都に恥じない立派な都市だ。
わずか数十年前に廃都グランツから遷都されたからだろうか、街並みや建物が新しい。
ベニード司教が指さして教えてくれた『ラヌ教大聖堂』の尖塔が、夕日に照らされて輝いている。
「今夜は少し良い宿に泊まりましょう。ルシアンさんには約束通り美味しい食事と旅の疲れをとっていただきたいですし、私も明日、大聖堂に行く前に少々身なりを整えなければなりませんから」
ボロボロの僧衣の裾をつまむと、確かにほつれや穴まで空いている。
大司教というより、スラムの住人のような身なりだ。
「失礼ですが、そんな高い宿に泊まるお金が?」
比較的安価だった今回の依頼料を思い出して聞いてみる。
「ええ、とっておきというやつです。護衛報酬を切り詰めてしまいましたので、信用ないかもしれませんが、期待してください」
そういいながら案内された『銀の鷹亭』は確かに傭兵が利用する安宿とは一線を画した高級宿だった。食事、ベッドの質、そしてなんと言っても風呂がある点が大きいだろう。
厚みのある肉を頬張り、風呂で汗を流し、柔らかいベッドに身体を預けると、ルシアンはあっという間に眠りに落ちた。
翌朝、朝食を取りに階下に降りた時、ベニードの変貌ぶりには目を疑った。
顔を隠していた髭は綺麗に剃られ、髪は整えられている。
更にくたびれた僧衣ではなく、真新しい白と金の刺繍の入った司教服を身に着けていた。
「どうです、少しは司教らしく見えますかな?」
「失礼ながら、別人かと思いました」
正直、声を聴くまで、本人かどうか半信半疑だった。
「自分で言うのもなんですが、なかなか男前でしょう。髭を剃って少々顔が寒いですが、これが本来の姿ですよ。さあ、護衛依頼の仕上げです。大聖堂まで送っていただけますか?」
そういってウィンクする姿が妙に様になっている。
(ベニード司教って俺の予想以上に有名人なのかも)
宿から大聖堂に行くまでの間、ベニードは老若男女を問わず、多くの民から歓迎する声をかけられた。
そして、その一人一人に丁寧に挨拶する姿は、髭面で葡萄酒をあおっていた面影がなく、徳の高い聖職者にしか見えなかった。
人並が切れ、ラヌ教大聖堂の入り口到着すると、ベニードを出迎えるように五人の僧が立っていた。
彼らの中で後ろに立つ二人は、ベニードを見て明らかに動揺している。
「ベニード司教、道中のご無事で何よりです」
一歩前に出て儀礼的な挨拶をした老司教に倣い、他の四人も頭を下げる。
「出迎え感謝します、ラヌ様とランド様の加護もあり、無事に帰ってくることができました。神血も、美味しくいただきましたよ」
そういって、ベニードが首から下げたランド像を見せると、後ろの二人に滑稽なほど動揺が見てとれた。
「ルシアンさん、サルタニアからモルデンまで、護衛ありがとうございました」
最後にベニードはあらたまって深く頭をさげた。
「こちらこそ、色々と得るものが多い旅でした、ありがとうございます。あの、司教……」
後ろの二人がベニードに対して後ろ暗いところがあるのは素人目にも見てとれた。
それを伝えようとしたルシアンに、ベニードは人差し指を唇にあてた。
(何も言うな、分かってるってことか)
聞いた通り、ラヌ教にはベニード司教を、いや大司教を疎ましく思う者がいるのだろう。
そして、ここからはルシアンが関知できる世界ではない。
「わかりました、では私はこれで」
踵を返して立ち去ろうとすると、ベニードが最後に一声かけてきた。
「ルシアンさん、本当にありがとう。あなたの未来に、ラヌ神の祝福がありますように」
そしてルシアンにだけ聞こえる小声で付け加えた。
「魔眼の力、大切に育ててください。くれぐれも私の忠告はわすれずに」
そういった後、再度深々と頭を下げた。
大聖堂を後にし、一人でサルタニアへの帰路を歩き始めた。
護衛の報酬として受け取った銀貨が入った袋が、腰で重く揺れている。
(ベニード司教が、何か隠しているのは分かったけれど……)
得るものも多く、ベニードからは沢山の事を学んだ。
(向こうが黙っていてくれるなら、こちらから依頼主を詮索するものではないな)
傭兵らしく、気持ちを切り替えることにした。
この十日余りの旅で、確実ではないが、魔眼に新しい可能性を見出せたのが一番の収穫だ。
サルタニアに帰ったらクレアに手紙を書こう。
魔眼のことは詳しく書けないが、少し成長できたことは伝えられる。
そんなことを考えながらサルタニアに戻ると、クレアからの二通目の手紙がきていた。




