第十話 灰白の書庫
『灰白の書庫』
その組織はいつから存在し、何を目的にあるのか、知る人間は極限られている。
ただ、そこに会した面々を見たら、驚く者は少なくないだろう。
長く白い髭をたくわえた老人が上座中央に座り、六人の男女が円形の卓を囲んでいた。
最も上座に座るのはイングラス王国の宮廷魔術師モルカンド・ドルナート侯爵だ。
七十歳を超えてなお声には張りがあり若々しい。灰白の書庫では『書庫守』を務めている。
その右隣りに座るのはエルネスト・バルディエ伯爵。王都の『学術ギルド長』として知られ、灰白の書庫では『学匠』を務めている。
更に右隣に座るのはイレーネ・カリスト騎士爵。
二十代にしか見えない見た目にも関わらず、イングラス王国騎士団の副団長を四十年近く務めている。
長命種であるエルフの女性だ。灰白の書庫では『司書官』を務めている。
更に右隣、モルカンドの正面に座るのはオルリック・フェナード。
若干二十二歳の若さにして天才錬金術師と呼ばれ、命令を忠実に実行する無人鎧『リビングアーマー』を作り上げた功績で名を上げた。灰白の書庫では『書記官』を務めている。。
更に右隣に座るのはヴィクトール・ラーセン。隣国にも販路を持つ、イングラス王国最大手の商会の一つ『ラーセン商会』を一代で立ち上げた希代の商人。灰白の書庫では『評議員』を務めている。
最後に、モルカンドの左隣に座るのがイリス・クレナ。『漆黒』の二つ名を持つソーサレスであり、黒髪で黒い瞳、見目が非常に美しい女性だ。灰白の書庫では『知務』を務めている。
「多忙な中、よく集まってくれた。では『灰白の書庫』、第八十三回目の会議を始める。神の叡智に近付こうぞ」
宮廷魔術師モルカンド・ドルナート侯爵の声が、結界に守られた部屋に響く。
白い髭を撫でながら、彼は円卓を見回した。
「まずは聞かせてくれ、イリス。グラナ街道の件はどうだった?」
黒いローブに身を包んだイリスが、指先でテーブルを軽く叩きながら口を開く。
「まず、王国騎士団副団長としてのイレーネに謝罪を。先の騎士団はあそこまでやるつもりはなかったの。ファイアボールを一発撃っただけで、あそこまで瓦解するとは思わなくて」
言葉とは裏腹に、悪びれる様子など全くない。むしろ楽しそうですらある。
向かいに座るイレーネが、冷ややかに返した。
「別に構わない。死んだ十数名は私が数年鍛えて見込みのない者を選りすぐった。大半が貴族の三男、四男で、惰性で騎士になった者だ。そんなものだろう。今騒いでいる貴族連中も一ヶ月もすれば大人しくなる」
「あら、あなたに怒られるのが一番怖かったので安心しました」
イリスがほっと胸を撫で下ろす仕草を見せる。
「ついでに言い訳させてもらうと、盗賊団にサルタンの『教会騎士団』が混ざってましたの。彼らがどんどん生き残った『王国騎士団員』を殺していったのよ。ああ、グラナ街道の件、中々面白いものが見られましたわ」
その言葉に、モルカンドが身を乗り出した。
「詳しく聞こう。君の『観察記録』は常に興味深い」
「今回は大変だったわ。沢山の『役者』がいましたの」
そう言うと、イリスは指を折りながら数え始める。
「一つ、ヴィクトールの依頼で『ヴァイセン年代記』をはじめ、貴重な文献や聖遺物を運ぶ商人達。二つ、その護衛の傭兵達。三つ、盗賊団の中で、約束通り金品以外は私たちに素直に渡す真面目な盗賊。四つ、盗賊団の中で、サルタン教以外の書物や聖遺物が王都に入るのを防ごうとするサルタン教原理主義者……これがさっき言った教会騎士団の連中ですわ」
息つく間もなく続ける。
「私は、一応盗賊団に雇われていた訳だけど、今回は商隊が安全に王都に着いても良かった。でも、原理主義者たちに『貴重な資料』を渡すのは駄目。いっそ盗賊団ごと消しちゃおうかと思ったけど、私の今後の評判にも影響するじゃない?」
その時、商人ヴィクトールが皮肉っぽく笑いながら口を挟んだ。
「まあ、原理主義者どもが『焚書』筆頭の『ヴァイセン年代記』を見つけたら直ぐに火にくべるだろうからな。彼らには我々の『商品』を探してもらおう。善悪なんて所詮は相場と同じさ、需要と供給で決まる」
ヴィクトールにとって、人命も聖遺物も、すべて取引材料に過ぎない。その冷酷さを商人らしい合理性で包み隠している。
「サルタンの教会騎士から盗賊に商売替えなんて不本意そうだったけど、歴史から神サルタン以外を消すこと、あるいは明確な神の序列を定める事に必死なのは分かったわ」
「教会騎士団は、サルタン教教会連中の私兵のようなものだ。王国騎士団とは別組織、私の管轄外だ。やつらがどんな思想で、誰の命で動いているか、興味はないな」
イリスの評価に、イレーネが素っ気なく返す。
「それで、結論としては、盗賊団に雇われている分は働いて、心の中では商隊が無事につくのを応援。ただし、原理主義者達が、積み荷を処分しようとしたら彼らを消す、そんな方針にしたの」
学術ギルド長エルネストが、苛ついたように促した。
「君の苦労話は分かったが、『面白いもの』とやらを、早く教えてくれないものかな?」
王都教育機関の学長らしい、せっかちな教育者の口調。
だが、その眼の奥には異常な知識欲が燃えている。
「あら、ごめんなさい。皆さんお忙しいものね」
イリスが申し訳なさそうに微笑む。
「面白いものは商隊を護衛していた傭兵団の中にいた男の子と女の子なの」
「商隊の護衛をしていたのは、あの傭兵王ゴリアテ・ライネルの『サイクロプス団』と『ガーゴイル団』だったかな?」
モルカンドが記憶を辿る。
「そうですわ。まず面白いのはガーゴイル団の男の子。左目に魔眼を宿しているのは分かりましたけど、見たことがない魔力波長でしたの。弓を使ってましたが恐らくは剣士。自然体で、常に眼にマナを供給しているんですの。もし『常時開放型の魔眼』だとしたらあの男の子の魔力量は測り知れませんわね。どの神の力を宿しているのか非常に興味深いですわ」
「ふむ、それは私も是非『研究』してみたいものだ」
モルカンドの瞳が輝く。
「更に驚いたのは、もう一人、ゴリアテ・ライネルの娘。あの『首狩り姫』クレア・ライネルです。二柱の神と強く、等しく共鳴していましたの」
「ほう……」
「へぇ……」
「それはそれは……」
各々が驚きの声を漏らす中、モルカンドの瞳が鋭く光る。
「私の魔眼『魔視の瞳』では、彼女の中で赤と紫、二色マナが螺旋を描くように混じり合っていました。二柱の神との等しく共鳴する者に出会うのは初めてです」
「僕は魔眼持ちじゃないから知識でしかしらないけど、赤は戦の神メイスだっけ?確かに紫は聞いた事がないよね」
場の最年少、オルリックが面白そうに笑いながら言う。両親が石化した実験の失敗以来、生と死の境界に異常な関心を寄せる彼にとって、複数神との共鳴は魅力的なテーマだった。
「私の推測ですが、恐らく『モス』。邪神とされる女神モスの加護と共鳴している色です」
ふむ……と、イレーネが細い指で卓を叩いた。
「モスの加護をそれだけ強く受ける人間がまだ存在しているのか?四百年前の大戦で一掃されたと思っていたが……そもそも、女神モスと共鳴すると何が起きるのか」
人間やエルフ、ドワーフなど、種族の寿命の差異に異常な関心を持つ彼女もまた複数神との共鳴というイレギュラーには興味を隠せない。
「人間が複数の神と等しく共鳴する現象……しかもこれだけサルタンの顕現力が強い中で、サルタンがもっとも迫害した『女神モス』の名前が出てくるとは興味深い」
モルカンドが白い髭を撫でながら頷く。
「ドルナート侯爵、サルタン教の連中には聞かせられませんな」
エルネストが苦笑いを浮かべるも、表情を改める。
「しかし、実際サルタン教の原理主義者どもは厄介です。最近の活動は目に余りますな。サルタン教以外の聖遺物を秘密裡に破壊し、古い文献を焚書にしている。我々の『研究材料』の収集にも支障をきたしています」
学術ギルド長らしい表向きの懸念を述べながら、その実、貴重な人体実験の機会を奪われることへの苛立ちを隠していない。
「全く厄介な連中だ」
モルカンドが苦々しい表情を見せる。
「『秩序』の名のもとに知識を抹殺しようとするとは。真に愚かしい」
「しかし、彼らのおかげでヴァイセン年代記の在り処が判明しました」
商人ヴィクトール・ラーセンが皮肉っぽく笑う。
「交易商人ハーベットが仕入れた古書に『ヴァイセン年代記』があることを知ったのは原理主義者どもの情報網ゆえです。あいつらには我々の欲しいものを探してもらいましょう」
「王都一番の商会の頭目ともなると、交易相手の商品まで分かるものなんだね。『子飼い』を入れるのは簡単なのかい?」
オルリックが呆れ半分、感心半分のようにつぶやく。
「当然さ。大手の商会であれば、『情報源』の一人二人を入れるのは簡単だからな。商売は情報の戦い、そして人は皆『商品』だ」
ヴィクトールがさも当然という風に答える。人も物も『商材として価値を計る』のがこの男の本質だ。
「『ヴァイセン年代記』……よくぞ見つけ、手に入れてくれた。四百年前の真実が記された、貴重な記録。これで我々の研究は更に進むであろう」
そう言うモルカンドは、机上の古めかしい書物に視線を落とした。複雑な意匠の施された表紙を愛おしそうに撫でる。
「知識の神ノウラが、神界の神々の真実の歴史について信徒に書かせたとされる無二の書物……我々こそが、この世界の真理に到達する最初の存在となりましょうぞ」
エルネストが熱っぽく呟く。
「無論だ。だが、急ぐことはない」
モルカンドが手を上げて制する。
「サルタン教で注意しなければならないのは、原理主義者どもだけではない。教会の連中、フリード王家、そして神サルタンの顕現力が強くなりすぎていることは……人界の天秤を不安定にする」
「はい、十分に注意しなければなりませんな」
エルネストが頷く。
「貴族様は大変ですなぁ。『表向きの顔』を維持するのは疲れるでしょう」
ヴィクトールが同情するように言う。
「ほっほっほ、君たちのように、市井で生きるのが楽だとは思っておらんよ」
モルカンドが笑いながら立ち上がる。
「オルリックとヴィクトールは引き続き聖遺物の研究と収集を、イリスはその二人の傭兵の『観察』を頼むぞ。まだ、事を起こすには早い。価値を見極めるまでは、くれぐれも慎重にな」
「ええ、分かっておりますわ。そそられる子たちですもの、大切に扱います」
イリスが胸に手を当てて恭しく礼をする。
「今日はここまでとしよう。各自、研究を続けてくれ。神の叡智は我々の手の内にある」
エルネスト、イレーネ、オルリック、ヴィクトール、最後にイリスが部屋を後にする。
一人部屋に残ったモルカンドは改めて椅子に座ると頬杖をつく。
「神サルタンには、もう少し自重してもらう必要があるのお……神が嫉妬に狂うとは、人とさほど変わらぬ。女神モスと共鳴する人間か。このタイミングで見つかったのは僥倖かもしれぬ…」
そう言うと一人低く笑い、モルカンドは入手したばかりの『ヴァイセン年代記』を愛おしそうに懐に抱えると部屋を後にした。




