第8話:漆黒のプレリュード
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王城で最も壮麗な「水晶の間」。その名にふさわしく、天井から吊り下げられた幾多の巨大なシャンデリアが放つ光は、磨き上げられた大理石の床や、壁一面に嵌め込まれた無数の水晶に幾重にも乱反射していた。
まるで、夜空の星々をすべて集めて閉じ込めたかのような、眩いばかりの空間。優雅なワルツの音色と、宝石や絹が擦れる音、そして着飾った貴族たちの華やかな笑い声が、心地よい喧騒となって満ちていた。
その喧桑が、ふと、中心から波紋が広がるように静まっていく。
会場の入り口に立つ、一対の男女に、すべての視線が釘付けになったからだ。
「漆黒の仮面の魔術師」にエスコートされた「白銀の仮面の淑女」。
ノワールの纏う雰囲気は、ただそこにいるだけで周囲を圧倒した。上質な黒衣は彼の完璧なスタイルを際立たせ、仮面から覗く金色の瞳は、見る者を射竦めるような鋭い光を宿している。
一方の私は、彼が用意してくれた夜空色のドレスに身を包んでいた。繊細な銀刺繍が施されたドレスは、歩くたびに星屑を振りまくように煌めき、顔を覆う白銀の仮面が、神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「な、何者だ、あの者たちは…」
「見たこともない顔だが…あの威圧感、ただ者ではないぞ」
囁き声が、会場のあちこちから聞こえてくる。突き刺さるような視線に、心臓が早鐘を打ち始める。けれど、そのたびに、隣のノワールが「大丈夫、僕がいる」と、繋がれた手のひらに優しく力を込めてくれた。
その温かさに支えられ、私は背筋を伸ばし、毅然と一歩を踏み出した。今夜、私は守られるだけの令嬢ではない。彼のパートナーなのだから。
私たちの存在がよほど気に入らなかったのだろう。会場の中心で衆目を集めていたセシリアが、アルフォンス王子を伴って、わざとらしくこちらへやってきた。
「まあ、どちら様ですの?随分と派手なご登場ですこと。まさか、後ろ盾もないのにこの場に紛れ込んだ、というわけではございませんわよね?」
家柄を笠に着た、あからさまな侮辱。
その隣で、アルフォンス王子も鼻を鳴らした。
「ふん、胡散臭い魔術師め。その女も、人前に顔を晒せぬほどの醜女だから仮面で隠しているのだろう」
彼らの下劣な言葉に、私の心が冷えていくのを感じる。だが、ノワールは動じなかった。彼は完璧な貴族の一礼をしてみせると、穏やかな声で、しかし言葉の端々に毒を含ませて言い返した。
「これはこれは、王子殿下にセシリア嬢。私の連れは、その美しさ故に、無粋な虫が寄るのを防いでいるだけです。高貴な方々には、下々の者の事情はお分かりになりますまい」
その丁寧な物言いが、逆に彼らのプライドをいたく傷つけたらしい。二人の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。
その時だった。近くにいた、王子の取り巻きの一人である侯爵令息が、私に馴れ馴れしく手を伸ばしてきた。
「まあまあ、そう邪険になさらず。この私がお相手いたしますよ、美しい淑女」
その手が、私の腕に触れる寸前。
すっと、私たちの間にノワールが割り込んだ。彼は侯爵令息の手首を、まるで邪魔な小枝でも払うかのように、無造作に、しかし有無を言わさぬ力で掴み、叩き落とす。
「失礼。彼女に、安易に触れないでいただきたい」
声は静かだったが、その場の空気は凍りついた。
「なっ…貴様、この淑女の何だというのだ!」
侯爵令息が食い下がった瞬間、ノワールの纏う雰囲気が一変した。
彼は一歩前に出ると、侯爵令息の耳元に顔を寄せ、周りには聞こえないほどの小声で何かを囁いた。何を言ったのかはわからない。ただ、最後の方に発せられた、低く、力強い響きだけが、私の耳にもはっきりと届いた。
「――俺の――――――――」
その一言を聞いた瞬間、侯爵令息の顔から血の気が引いた。まるで、己の魂を根こそぎ奪い取られるような恐怖を味わったかのように、その瞳は大きく見開かれ、カタカタと震え始める。彼は悲鳴のような息を漏らすと、一目散にその場から逃げ去っていった。
(『俺の』…?)
初めて聞く、彼の荒々しい一人称。力強く、どこか独占欲を匂わせるその響きに、私の心臓がなぜかドキリと大きく鳴った。
私の混乱をよそに、ノワールは何事もなかったかのように私の隣に戻り、優雅に微笑んだ。
ワルツの音色が最高潮に達する。その瞬間を待っていたかのように、ノワールが私にだけ聞こえる声で囁いた。
「リリア、ショーの始まりだ」
彼が、パチン、と指を鳴らした。
その瞬間、水晶の間の豪奢なシャンデリアの光が一斉に消え、会場は悲鳴と共に、完全な闇と静寂に包まれた。
これから始まる、断罪の舞台。その漆黒の序曲が、今、奏でられたのだ。
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