第6話:陽だまりの約束
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柔らかな日差しが瞼を透かし、私はゆっくりと目を覚ました。
地下牢の冷たい石の感触でも、公爵家の重苦しい空気でもない。ふかふかのベッドと、小鳥のさえずり。窓の外に広がる若葉の緑が、目に鮮やかだった。まるで、今までかかっていた灰色のヴェールが、一枚剥がれたかのように。
キッチンの方から、何かを焼く香ばしい匂いがしてくる。ベッドから降りてそっと扉を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
シンプルなシャツの上にエプロンをつけたノワールが、フライパンを操っている。
「あ、起きたんだね、リリア。おはよう」
振り向いた彼は、まるでずっと昔からそうしていたかのように、自然に微笑んだ。
テーブルに運ばれてきたのは、完璧な半熟具合のオムレツと、温かいパン、そして新鮮なサラダ。
「すごいわノワール…まるでお店で出てくるみたい」
「昔、君が厨房で侍女に教わりながら作っているのを、暖炉の上からずっと見ていたからね。見様見真似だよ」
彼はこともなげに言うけれど、その言葉の一つ一つが、猫だった頃の記憶と繋がっているのだと思うと、胸の奥が温かくなった。
その日、私たちは本当に、穏やかな時間を過ごした。
暖炉の前で私が本を読んでいると、ノワールはごく自然に私の隣に座り、私の膝にこてんと頭を乗せてきた。
「疲れたのかしら?」
私がそう尋ねると、彼は目を閉じたまま首を横に振る。
「いや、ここが一番落ち着くんだ」
その声はどこか眠たそうで、私は思わず彼の艶やかな黒髪に指を差し入れた。猫の毛を梳くように、優しく、ゆっくりと。すると、彼の喉の奥から、満足げな息遣いが聞こえてくるような気がした。
午後は、庭の小さな家庭菜園でハーブを摘んだ。ふと顔を上げると、ポーチのロッキングチェアで、ノワールが気持ちよさそうにうたた寝をしていた。日に当たり、無防備に揺れるその姿は、まさしく昔のノワールそのものだった。
私は彼の隣にそっと腰を下ろし、この静かで優しい時間が、どうか一日でも長く続けばいいと、心から願った。
◇
リリアの穏やかな寝息が聞こえてくるのを確認し、僕は音もなく寝室を抜け出した。向かう先は、この隠れ家に設えた小さな書斎だ。
一歩足を踏み入れれば、日中の甘やかな空気は霧散する。今の僕は、リリアの愛猫 (だった)ノワールではない。彼女を傷つけた愚か者共に、裁きを下すための存在だ。
机の上に広げた王都の地図と、壁に貼り付けた貴族たちの相関図を、冷徹な思考で見つめる。
僕は目を閉じ、己が内に満ちる闇の魔力を練り上げた。足元の影が蠢き、僕の忠実なしもべ――闇の使い魔たちが姿を現す。彼らは僕の意を汲み、音もなく夜の闇に紛れて王都へと飛び立っていった。
しばらくして、使い魔たちが持ち帰った情報を、僕は指でなぞりながら整理していく。リリアを陥れたあの茶番劇。その裏で交わされた金の流れ、密約の数々。
「セシリアと王子はただの駒…やはり裏で糸を引いている者がいるな」
予想通りだ。あの愚かな王子と嫉妬深い義妹だけで、あれほど周到な計画が立てられるはずがない。
…だが、動機が不明だ。ヴァインベルク家の、リリアの持つ何を狙っている?
思考を巡らせながら、僕は静かに立ち上がり、リリアが眠る寝室の方を一瞥する。
金色の瞳に映るのは、ただ一つの揺るぎない決意。
(リリア、君にはもう何も心配させない。君が笑ってくれるのなら、僕はこの手をいくらでも汚そう。お前たちが奪った彼女の笑顔と穏やかな日々…その代償は、お前たちのすべてで支払ってもらう)
夜が明け始める頃、僕はそっとリリアの寝室へ戻った。
ベッドの傍らに膝をつき、彼女の穏やかな寝顔を見つめる。地下牢で見た、絶望に満ちた表情はもうどこにもない。それだけで、僕の心は満たされた。
彼女の頬にかかった一筋の髪を、壊れ物に触れるように優しく払う。
そして、誓いを立てるように、その清らかな額にそっと唇を落とした。
「もう少しだけ待っていて、リリア。君が再び、胸を張って太陽の下を歩ける世界を、必ず僕が取り戻してみせるから」
窓の外が白み始め、新しい一日が始まろうとしていた。
それは、僕が彼女に約束した、穏やかな日常の続き。
そして同時に、壮絶な復讐劇の幕開けを告げる、静かな夜明けだった。
今回もお読みいただき、
本当にありがとうございましたm(_ _)m
まだあくまで主従愛、家族愛です。
ここから少しずつ愛が育まれていけばいくのでしょうか。
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