第25話:王都解放戦
完結まで残り…3話
王都へと続く街道を、私たちの軍勢は疾風の如く進んでいた。
先頭に立つのは、ヴァインベルク家の旗を掲げたテオ率いる騎士団。その後ろに、第二王子を保護した王家派の将軍と、彼の呼びかけに応じて合流した諸侯の軍が続く。
私たちの軍は、もはや一つの公爵家の私兵ではなかった。逆賊ダリウスを討ち、正義を取り戻すための「解放軍」となっていた。
王都の城門は、固く閉ざされていた。城壁の上には、ダリウス派の兵士たちがずらりと並び、弓を構えている。
「逆賊リリアーナに告ぐ!速やかに武器を捨て、投降せよ!さもなくば、王家への反逆者として、一人残らず射殺す!」
城壁の上から、ダリウス派の司令官が拡声器の魔道具を使って叫ぶ。
その声に応えたのは、テオだった。彼は一歩前に出ると、腹の底から声を張り上げた。
「聞け!王都の兵士たちよ!我らが奉じるは、正当なる血統、第二王子殿下である!諸君らが仕えるべきは、王位を簒奪した逆賊ダリウスではないはずだ!今すぐ城門を開け、我らが軍に加われ!」
その声に、城壁の兵士たちが、明らかに動揺するのが見て取れた。
「惑わされるな!撃て!撃ち方始め!」
司令官の非情な号令と共に、無数の矢が私たちに降り注ぐ。
だが、その矢が私たちに届くことはなかった。
「――光よ、皆を守りなさい」
私が祈りを捧げると、解放軍の頭上に、巨大な光のドームが出現し、全ての矢を弾き返したのだ。
その神々しい光景に、味方からは歓声が、敵からはどよめきが上がる。
「怯むな!奴は魔女だ!」「だが、あの光は…まさしく聖女様の…」
敵の士気は、乱れ始めていた。
「好機だ!突入する!」
テオの号令一下、ヴァインベルク騎士団が、城門へと突撃を開始する。彼らの動きは、もはやただの自警団ではない。ノワールによる地獄の訓練で叩き込まれた連携と、身体能力は、正規の兵士たちを遥かに凌駕していた。
彼らは、城門に取り付くと、瞬く間に守備兵を無力化し、内側から閂を破壊した。
ギシリ、と重い音を立てて、王都の城門が開かれる。
「ヴァインベルクに続け!王都を解放するのだ!」
解放軍が、雪崩を打って市街地へと流れ込んでいく。王都解放戦の火蓋が、ついに切られたのだ。
◇
市街戦は、熾烈を極めた。
ダリウス派の兵士たちも必死に抵抗するが、解放軍の勢いは止まらない。
「リーナ!物資は!?」
「任せて!ギルドの仲間が、裏道からポーションも食料も運び込んでるわ!絶対に息切れはさせない!」
リーナは、商人として培った機転と人脈で、完璧な兵站を維持していた。
「アーネスト、次の狙いは?」
「西地区の兵糧庫です!あそこを叩けば、敵の継戦能力を大幅に削げます!捕虜にした兵士から聞き出しました!」
アーネストは、本陣で冷静に戦況を分析し、的確な指示を飛ばす。
そして、その間にも、ジュリアン侯爵が国境に大軍を展開し、「ダリウス政権を認めない」という声明を発表したという報せが届き、ダリウス派の兵士たちの士気をさらに削いでいった。
仲間たちの奮闘により、戦況は明らかに私たちに傾いていた。
私は、本陣で負傷した兵士たちに、光魔法で治癒を施し続ける。その私の隣で、ノワールが静かに言った。
「リリア。そろそろ行こう。大蛇を仕留めるには、その頭を直接叩くのが一番早い」
「…ええ。テオ、アーネスト、リーナ、後のことはお願いします!」
「おう!姫様とノワールさんこそ、気をつけてな!」
テオたちに後方を任せ、私とノワールは、全ての元凶が待つ王城へと、二人きりで向かった。
◇
王城の中は、不気味なほどに静まり返っていた。
だが、私たちを待ち構える、濃密な魔力は隠しようもなかった。
「来るぞ」
ノワールの警告と同時に、廊下の影から、黒装束の魔術師たちが、無数に姿を現した。宰相直属の精鋭、『闇鴉』だ。
「聖女リリアーナ、ここまでだ。貴様の光は、ここで潰える」
彼らが一斉に、殺意に満ちた魔法を放つ。
「――僕の主の前で、無礼だよ」
ノワールが、私の前に立つ。彼から放たれた、純粋で、濃密な闇が、いとも容易く彼らの魔法を呑み込んでいく。
「なっ…!?古代に潰えたという闇魔法だと…!?馬鹿な、格が違いすぎる…!」
「君たちのそれは、澱んだ泥水だ。僕の闇は、全てを呑み込む夜空そのものだよ」
ノワールが指を鳴らすと、闇鴉たちの影が、彼ら自身に牙を剥いた。悲鳴を上げる間もなく、彼らは自らの影に引きずり込まれ、その場から完全に消え去った。
私たちは、数々の罠や刺客を退け、ついに、玉座の間の巨大な扉へとたどり着いた。
だが、その扉の隙間から漏れ出してくるのは、もはや人の魔力ではない。
禍々しく、冒涜的で、この世のものとは思えないほどの、邪悪な気配だった。
「ノワール…これは…」
「ああ。最悪の予感がする。…行くよ、リリア」
ノワールが、私の手を強く握る。その温もりが、私の恐怖を勇気に変えてくれた。
私たちは、覚悟を決め、玉座の間の扉を、ゆっくりと押し開けた。
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