第22話:見えざる敵
ここから完結まで一気に放出します!
第27話で完結します。
19:00より30分間隔で更新していきますので、ぜひ最後までご覧いただけますと幸いですm(__)m
ジュリアン・フォン・アードラー侯爵という、隣国の強力な後ろ盾を得たことで、私たちの「月の庭園リゾート」計画は、一気に現実味を帯びて加速し始めた。
侯爵からの莫大な支援金がヴァインベルクの金庫を満たし、彼が派遣してくれた優秀な技術者たちが、私たちのプロジェクトに合流した。領都の一角に設けられた「開発設計室」は、かつてないほどの熱気に包まれていた。
「いいか、お前たち!聖女様が甦らせたこの聖なる石は、そこらの大理石とはわけが違う!石の声を聞け!石の魂を感じろ!半端な仕事をすれば、このワシがその首を刎ねるぞ!」
『神の石工』ギデオンの怒鳴り声が、建設現場に響き渡る。彼の指揮のもと、月の庭園へと続くアプローチには、聖なる石を使った優美な回廊の基礎が、着々と築かれていった。その神業のような石工技術に、領民から集まった作業員たちは、ただただ感嘆の声を上げるしかなかった。
「回廊の柱には、月の光に呼応して香りを放つ夜薔薇を絡ませましょう。そして、足元には光苔を。夜、ここを歩く人々は、まるで星空の川を渡るような心地になるはずですわ」
天才庭師ルミナは、庭園の植物を我が子のように慈しみながら、細心の注意を払ってアプローチの設計図を完成させていく。彼女の描く庭は、ただ美しいだけでなく、訪れる者の心を癒やす、魔法そのものだった。
「今日の賄いは、『聖果』のリンゴをたっぷり使った猪肉の赤ワイン煮込みだ!これ食ってへばる奴はいねえだろうな!さあ、食え!食って働け!」
元宮廷料理人のアントニオは、厨房で腕を振るい、地元の食材と聖果を使った絶品の賄い料理で、皆の胃袋と士気を満たしてくれていた。気難しいはずの彼が、今では一番いきいきと、楽しそうに鍋をかき混ぜている。
そして私は、領主として、その全てを見守っていた。
現場に足を運び、汗を流す作業員たちを光魔法で癒やし、職人たちの熱い議論に耳を傾け、時には最終的な判断を下す。バラバラだった専門家たちが、国も、身分も超えて、一つの大きな目標に向かっていく。
その光景は、何物にも代えがたい、私の誇りだった。
ヴァインベルク領は、確かに生まれ変わろうとしていた。希望という名の礎の上に、誰も見たことのない、輝かしい未来を築き上げようと、一丸となっていた。
◇
その頃、遥か王都。宰相ダリウスの執務室には、凍てつくような沈黙が支配していた。
彼の前には、ヴァインベルク領に関する詳細な報告書が、山のように積まれている。
「…アードラー侯爵家との同盟、だと?」
斥候からの報告に、ダリウスは静かに、しかしその瞳の奥に危険な光を宿して呟いた。
特産品の成功、領地の急激な発展、そして聖女の力の覚醒。それだけでも看過しがたいというのに、隣国の有力者まで引き込むとは。
「小娘め、調子に乗りおって…。もはや、ただの小細工では、あの勢いは止められんか」
ダリウスは、窓の外に広がる王都の景色を見下ろした。全ては、彼の掌の上にあるはずだった。だが、やはりというべきか懸念していた通り、ヴァインベルクから、彼の完璧な計画に亀裂が入り始めている。
「直接手を下せば、ジュリアンが黙ってはおるまい。奴は怜悧だが、一度恩義を感じた相手には、どこまでも尽くす男だ」
ならば、どうする。
ダリウスの口元に、歪んだ、残忍な笑みが浮かんだ。
「表向きは、『不慮の事故』に見せかければ良い。月の庭園の建設現場で、大規模な地盤沈下が起きればどうなる?聖女の力も、天災には無力であろうよ。その絶望の中で、己の無力さを噛み締めながら、全てを失うがいい」
彼は、配下の中でも特に、大規模破壊魔術に長けた闇魔術師の一団を呼び寄せた。その指令は、簡潔にして、非情だった。
「ヴァインベルクの地下岩盤を破壊せよ。建設中の全てを、土砂と共に飲み込ませてしまえ」
◇
その日、ヴァインベルクの建設現場は、快晴に恵まれていた。
ギデオンの指揮のもと、回廊の巨大な石柱を立てる、プロジェクトの正念場ともいえる作業が行われていた。多くの作業員たちが、緊張と興奮の面持ちで、その瞬間を見守っている。
私も、テオやアーネストと共に、その様子を少し離れた丘の上から眺めていた。隣には、いつものようにノワールが控えている。彼が胸につけた月長石のブローチが、春の日差しを受けてきらりと輝いた。
「よし、今だ!ゆっくりと引き上げろ!」
ギデオンの号令一下、巨大な石柱が、ゆっくりと吊り上げられていく。
その、まさに石柱が定位置に収まろうとした、その瞬間だった。
ゴゴゴゴゴゴ…ッ!
突如として、大地が、腹の底に響くような低い唸りを上げた。それは、ただの地震ではなかった。足元が、まるで沼の上にいるかのように、ぐにゃりと歪む感覚。
「な、なんだ!?」
「地面が…!地面が割れていくぞ!」
悲鳴が上がる。ギデオンたちが基礎工事を行っていた区画を中心に、地面に巨大な亀裂が走り、大規模な地盤沈下が始まったのだ。吊り上げられていた巨大な石柱がバランスを失い、作業員たちの上に、無慈悲に傾いでいく。
「うわぁっ!」「逃げろぉっ!」
誰もが、死を覚悟した。
だが、その絶望を切り裂くように、一つの影が動いた。
「――させるか!」
ノワールだった。彼が右手を天に突き上げると、その影から、まるで生きているかのような巨大な闇の手が出現した。影の手は、傾いた石柱を、まるで小枝でも受け止めるかのように軽々と掴み取り、安全な場所へと静かに横たえる。
さらに、彼は地面に手をかざす。闇の力が、崩落に巻き込まれそうになっていた作業員たちの足元から湧き出し、彼らの体を柔らかな膜で包み込むと、瞬時に安全な丘の上へと転移させた。
あまりの神業に、誰もが声も出せずに立ち尽くす。
しかし、地盤沈下は止まらない。いや、むしろ勢いを増している。これは自然現象ではない。
「リリア!」
ノワールが、厳しい表情で私を振り返る。
「これは外部からの魔術攻撃だ!地下の、この土地の『礎』となる岩盤そのものが、強制的に破壊されている!」
彼の言葉に、私はハッとした。敵は、私たちの希望の象徴である、この月の庭園そのものを、土の下に葬り去ろうとしているのだ。
(そんなこと、絶対にさせてはいけない…!)
私は、恐怖に震える足を叱咤し、崩落の中心へと駆け出した。
「リリア!危ない!」
テオの制止の声が聞こえる。だが、私は止まらない。
私は、巨大な亀裂が走る地面の中心に立つと、躊躇なく両手を大地につけた。土の冷たさと、その奥から伝わる、土地そのものの悲鳴のような呻き。
「私の光よ!どうか、この土地の苦しみを和らげ、傷を癒やし、人々を、私たちの未来を守ってください!」
それは、純粋な祈り。私の体から、今までで最も強大で、温かい光の魔力が奔流となって溢れ出した。光は、私の手を伝って、大地へと深く、深く浸透していく。
亀裂の入った地下の岩盤を、光が内側から修復していくのが分かる。脆くなった土を、光の粒子が繋ぎ合わせ、固めていく。それは、ただの治癒ではない。土地そのものを再生させる、**「大地の治癒」**とも言うべき、奇跡の魔法だった。
「ノワール!」
「言われなくとも!」
私が大地を癒やす間、ノワールは私の背後で、闇の結界を最大レベルで展開する。彼の周りに、あらゆる攻撃を呑み込み、無効化する、漆黒のドームが出現した。地下から放たれる、破壊の魔術の余波が、その闇に触れた瞬間、音もなく消滅していく。
光と闇。創造と守護。
私と彼の力が、初めて、一つの目的のために完全に合わさった。
どれほどの時間が経っただろうか。やがて、大地の呻きが収まり、不気味な揺れは完全に止まった。
「…終わった、の…?」
魔力を根こそぎ使い果たした私は、その場に崩れ落ちそうになる。その体を、いつの間にか側にいたノワールが、その力強い腕で、優しく抱きとめた。
「ああ、終わったよ。無茶をする…。だが、見事だった、僕の聖女様」
彼の囁きが、ひどく安心させてくれる。私は、彼の胸に顔をうずめ、安堵のため息をついた。
被害は、最小限に抑えられた。だが、私たちは痛感していた。私たちの輝かしい成功を快く思わない敵が、本気で、その牙を剥いてきたのだ、と。
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