第2話:永遠の別れ
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季節は巡り、あれから5年の歳月が流れた。
私は15歳になり、王立魔法学園の卒業を間近に控えていた。けれど、私の状況は何一つ変わらなかった。むしろ、『魔力なしの公爵令嬢』という評価は揺るぎないものとなり、学園での孤立は深まるばかりだった。
唯一の変化は、私の腕の中にあった。
かつて小さな子猫だったノワールは、今ではすっかり年老いていた。漆黒の毛並みには白いものが混じり、動きもずいぶんとゆっくりになった。それでも、その金色の瞳が私に向ける穏やかな光は、少しも変わらなかった。
「ノワール、あまり無理してはだめよ。ほら、日向はここが一番暖かいわ」
私は書斎の窓辺にクッションを置き、そっとノワールを寝かせてやる。彼は心地よさそうに目を細め、か細い声で「にゃあ」と鳴いた。その一つ一つの仕草が愛おしくて、同時に胸が締め付けられるようだった。
獣医からは、もう長くないだろうと告げられている。わかっている。生きとし生けるものには、必ず終わりが来る。けれど、私の世界からこの温もりが消えてしまうことを、どうしても受け入れられなかった。
「お願い、ノワール。もう少しだけ、私のそばにいて。あなたがいなくなったら、私…」
言葉が続かず、涙がこぼれ落ちる。ノワールは弱々しい動きで前足を伸ばし、私の頬に触れた。まるで、泣かないで、と慰めてくれるかのように。
そして、運命の日は、私の15歳の誕生日にやってきた。
その日、公爵家では私の誕生日を祝う気配など微塵もなかった。父は領地の視察で不在、継母とセシリアは、仲の良い侯爵家のお茶会に出かけている。広すぎる屋敷に、私と使用人、そしてノワールだけが取り残されていた。
それで良かった。誰にも祝われない誕生日は慣れている。それよりも、大切な時間をノワールと二人きりで過ごせることの方が、私にとっては遥かに価値があった。
「誕生日なのよ、ノワール。特別な日だから、厨房に頼んで、あなたの大好きな新鮮な白身魚をもらってきたの」
ベッドの傍らで、私は優しく語りかけた。しかし、ノワールはぐったりと横たわったまま、大好物に見向きもしない。ただ、浅く速い呼吸を繰り返しているだけだった。
「ノワール…?」
嫌な予感が、心臓を氷の指で鷲掴みにする。私は震える手でノワールの体に触れた。いつもはあんなに温かかったのに、今は少しずつ熱が失われていくのがわかった。
「いや…いやよ、ノワール!待って、行かないで!」
私は必死に彼を抱きしめた。私の世界そのものだった存在が、今、腕の中から零れ落ちていこうとしている。
すると、ノワールは最後の力を振り絞るように、ゆっくりと顔を上げた。そして、あの美しい金色の瞳で、真っ直ぐに私を見つめた。
その瞳は、不思議なほど穏やかだった。悲しみも、苦しみもない。ただ、深い、深い愛情だけを湛えていた。
『大丈夫だよ』
『ずっと、そばにいるよ』
声にはならなかったけれど、確かにそう聞こえた気がした。
ノワールは、私の涙で濡れた指先にそっと鼻先を寄せ、そして――ふっと、その体の力が抜けた。
ゴロゴロという、あの心地よい音はもう聞こえない。規則的だった呼吸も、今は永遠に止まってしまった。
「あ……あ……」
時が、止まった。
私の世界から、音が消えた。色が消えた。
腕の中にいるのは、ただの動かなくなった黒い毛皮の塊。私の太陽は、光を失い、冷たくなってしまった。
どれくらいの時間、そうしていたのだろう。夕暮れの赤い光が部屋に差し込み、ノワールの亡骸を照らした頃、ガチャリと扉が開いた。
「あら、姉様。まだこんなところにいたのですか。ずいぶんと静かだと思ったら…あらあら、その汚い猫、とうとう死んだのですの?」
帰宅したセシリアが、嘲るような笑みを浮かべて私を見下ろしていた。
「ちょうどよかったじゃありませんか。そんな不吉な黒猫、あなたのような出来損ないにしか懐きませんでしたものね」
言葉が、耳に入ってこない。ただ、セシリアの唇が動いているのが見えるだけ。
私の腕の中には、もう二度と温まることのない、小さな亡骸。
私の世界は、完全な灰色に塗りつぶされた。いや、灰色ですらない。光の一切を失った、底なしの暗闇に沈んでいった。
この絶望が、これから始まるさらなる悲劇の、ほんの序章に過ぎないことを、私はまだ知らなかった。
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