第19話:初めてのプレゼント
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冬の訪れは、ヴァインベルク領に静かで穏やかな時間をもたらしていた。
雪が舞う日が増え、領民たちはそれぞれの家で、暖炉の火を囲んで春を待つ。けれど、その表情に以前のような暗さはない。備蓄倉庫には十分な食糧があり、テオたち自警団が日々領内を巡回し、安全を守ってくれている。そして何より、春になれば、聖女様がもたらしてくれた「希望の種」が芽吹くのだ。誰もが、その日を心待ちにしていた。
そんな穏やかなある日、私はふと、あることを思い立った。
いつも私を支え、その強大な魔力で守ってくれるノワールに、何かお礼のプレゼントをしたい、と。
(いつも支えてもらってばかり…。私にも、何かできることはないかしら。彼の力の、ほんの少しでも支えになるようなものを、贈りたい)
その一心で、私はアーネストに相談した。
「ノワールに内緒で、一人で買い物に行きたいのです」
彼は最初、驚いて反対したが、私の固い決意を汲み取ってくれた。護衛には、今や自警団のリーダーとしてすっかり頼もしくなったテオと、数名の腕利きがついてくれることになった。
こうして私は、初めてノワールに内緒で、活気を取り戻した領都の市場へ、お忍びで出かけることになったのだ。
◇
市場は、冬の寒さを吹き飛ばすような熱気に満ちていた。
道行く人々の顔は明るく、店先にはささやかながらも品物が並んでいる。この光景を見ることができただけでも、今日、外に出てきてよかったと心から思った。
私が向かったのは、市場の少し外れにある、鉱石や魔道具の素材を扱う、少し専門的なお店だった。職人らしい気難しそうな老主人が一人で切り盛りしている、小さなお店だ。
「いらっしゃい。お嬢さん、何かお探しかな?」
「あの、魔力を安定させたり、高めたりするような石はありますか?」
私の問いに、老主人は少し目を見張り、店の奥から一つのベルベットの箱を持ってきた。
箱の中に鎮座していたのは、月の光をそのまま閉じ込めたような、乳白色に青い光が揺らめく美しい石――月長石を使ったブローチだった。シンプルな銀細工が、石そのものの神秘的な美しさを引き立てている。
(きれい…)
ノワールの、夜の闇のような黒い服によく映えるだろう。彼がこれを胸につけてくれたら…。そう想像しただけで、私の胸は高鳴った。
「お目が高い。それは最高品質の月長石だ。持ち主の魔力の流れを整え、力を増幅させる効果がある。高位の魔術師様や、騎士様がよくお求めになる品ですな」
私が、夢中でそのブローチに見入っていると、老主人がにこやかな、それでいて全てを見透かすような目で、私に話しかけてきた。
「お嬢様、恋人への贈り物かい? 一生懸命選んで、偉いねえ」
「―――っ!?」
その一言に、私の思考は完全に停止した。
顔から火が出るのが自分でも分かる。
「こ、恋人!? ち、違います!そ、そんなのではなくて…!」
慌てて両手をぶんぶんと横に振る。けれど、老主人は「おやおや」と楽しそうに笑うだけだ。
「いつも、お世話になっている、大切な…私の、ただ一人の騎士様なんです…!」
しどろもどろに、なんとかそう答える。
けれど、その言葉を口にした瞬間、私は自分自身の心に、雷を打たれたような衝撃を受けた。
(恋人…?ノワールが?違う、彼は私の騎士様で、元は私の猫で、かけがえのない家族で…。でも、彼に触れられると心臓がうるさくて、彼が他の誰かと親しくすると、胸がちくりと痛む…。この気持ちは、一体なんて呼べばいいんだろう…?)
「ほう、ただ一人の。それは騎士様も、冥利に尽きますな」
老主人の優しい声が、混乱する私の心にすとんと落ちてきた。
そうだ。彼が「ただ一人」であることに、間違いはない。
私は、自分のノワールへの気持ちが、単なる感謝や家族愛だけではない、特別な独占欲を含んだものであることに、この時、はっきりと気づいてしまったのだった。
◇
買い物を終え、小さな包みを宝物のように大事に抱えながら、私はテオたちと共に市場を歩いていた。
その、幸せに満ちた一行の様子を、市場の雑踏に紛れた一人の男が、冷たい、値踏みするような目で見つめていた。ダリウスが放った斥候の一人だ。
(聖女リリアーナ…。報告通り、領民からの信望は厚い。護衛の自警団も、素人にしては統率が取れている。だが、あの黒髪の騎士がいない今が絶好の機会…)
斥候は、リリアーナの弱点を探るため、あるいは何か小さな騒ぎを起こしてその対応を見るため、彼女に近づこうと人混みをかき分けた。
その瞬間、斥候の足が、まるで見えない何かに絡め取られたかのように、ぴたりと止まった。背筋に、氷を突き立てられたような悪寒が走る。殺気。だが、それは周囲の誰からも発せられていない。もっと、遠くから…?
斥候が、信じられない思いで顔を上げる。その視線の先、遥か彼方に見える領主の屋敷。その一番高い塔の窓に、微かな光が二つ、きらめいた気がした。
(馬鹿な…!ありえない!この距離から、俺の殺気に気づいたというのか!?)
それは、屋敷で静かに待機していたノワールが、リリアーナの身に常に張り巡らせている「闇の結界」に、斥候のわずかな敵意が触れた瞬間だった。
塔の一室で、ノワールは静かに瞳を閉じる。
「リリアに触れようとする虫けらは、誰であろうと許さない」
彼の唇から、絶対零度の声が漏れた。
斥候は、相手が人の形をした災厄、規格外の存在であることを瞬時に悟り、冷や汗を全身に滲ませながら、音もなく雑踏の中へと姿を消していった。
◇
屋敷に戻った私は、そんな水面下の攻防が起きていたとは露知らず、恋心を自覚してしまった戸惑いと、プレゼントを渡す期待で、心臓をばくばくさせながらノワールの部屋を訪れた。
「ノワール…あの、これ…」
「リリア?どうしたんだい、そんなに慌てて」
私は、彼の前に小さな包みを差し出した。
「いつも、ありがとう。あなたの力の、ほんの少しでも支えになればと思って…」
彼が包みを開けると、中から現れた月長石のブローチが、部屋の明かりを受けて神秘的に輝いた。
ノワールは、プレゼントそのものを見て、そしてそれ以上に、「自分のために、一人で買い物に行ってくれた」という事実に、目を見開いて言葉を失っている。
やがて、彼はこの上なく嬉しそうな、愛おしそうな顔で、そのブローチを手に取った。そして、迷うことなく、自身の黒い服の胸元に、丁寧につける。
「…ありがとう、リリア。君の心が、何よりの力になる。一生、大切にするよ」
彼の喜びように、私は自分の気持ちが、ほんの少しだけ彼に伝わったような気がして、嬉しさと恥ずかしさで胸がいっぱいになった。
一方で、ノワールは私には何も告げず、ダリウスからの刺客の存在を確信していた。彼は、リリアーナの笑顔を守るため、今後の警護をさらに強化することを、その胸に輝く月の石に、静かに誓うのだった。
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