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第18話:黒の胎動

いつも読んでくださりありがとうございます!


最新話をお届けします。

楽しんでいただけると嬉しいです。


明日も更新予定です(*^^*)


それでは、どうぞ!




秋の日は短く、ヴァインベルク領の空は、冬の気配を色濃く滲ませ始めていた。


私たちの領地は、本格的な冬が来る前の、最も忙しい時期を迎えていた。春からの本格的な生産と販売を目指し、そのための「種まき」を急がなければならないからだ。


「リリアーナ様、こちらの区画は『聖薬』用の薬草畑に。あちらの陽当たりの良い斜面は、『聖果』用のリンゴ畑にいたしましょう」


アーネストの指揮のもと、領民たちが一丸となって畑を整備していく。私も、その輪に加わり、春に芽吹くことになる薬草の種と、リンゴの苗木の一つ一つに、丁寧に光を注いでいった。この「聖なる種子と苗木」は、冬の間、新設された温室で大切に保管され、春の雪解けを待つことになる。


嵐のようにやってきた友人、リーナは、すでに王都へと旅立っていた。


「春には最高の舞台を用意して戻ってくるからね!それまで、最高のリンゴを育てておくのよ、リリア!」


彼女はそう言い残し、完成したばかりの最高品質のサンプル「聖薬」一箱と「聖果」一籠を携え、希望に満ちた顔で出発していった。


テオ率いる自警団も、今や領地の守りの要だ。街道警備だけでなく、冬の薪の確保や家々の補強まで手伝うその姿はすっかり頼もしく、領民からの信頼も日に日に厚くなっていた。

領地全体が、一つの家族のように、来るべき春という未来に向かって、着実に歩みを進めていた。




その日も、私は夕暮れの温室で、ノワールと二人きりで苗木の準備に追われていた。


ガラス張りの温室は、外の冷たい空気から私たちを守り、穏やかな時間が流れている。私が苗木に光を注ぐ作業に没頭していると、ふと、ノワールが私の頬にそっと触れた。


「土、ついてるよ」


彼の指が、優しく汚れを拭う。その何気ない仕草に、心臓が小さく跳ねた。


「リーナ、という商人の娘…ずいぶん君と親しげだったな」


ノワールが、まるで独り言のように、何気ない風に呟いた。けれど、その声には、ほんの少しだけ面白くなさそうな響きが混じっている。


「え?リーナは初めてできた、大切な友達よ。とても元気で、一緒にいると、私まで元気になれるの」


私が無邪気に答えると、ノワールは「…ふーん」と、どこか素っ気なく相槌を打った。


「まあ、君が楽しそうなら、それでいいけど」


その少しだけ拗ねたような横顔に、私は思わずくすりと笑ってしまった。昔、新しいおもちゃに夢中になっていると、足元で不満げに喉を鳴らしていた黒猫の姿が重なる。


「やきもち、妬いてるの?」


からかうようにそう言うと、彼は一瞬、金色の瞳を見開いた。そして、観念したように小さく息を吐く。


「まさか。僕はただ…君の一番が僕じゃなくなるのが、少しだけ…嫌なだけだ」


真っ直ぐな瞳で、素直にそう認められてしまっては、もう、からかうことなんてできない。私の顔に、じわりと熱が集まるのを感じた。




その頃、遥か離れた王都。壮麗な宰相執務室では、静かな時間が流れていた。


平民の出身でありながら、その類稀なる才覚で、宰相にまで成り上がった傑物、宰相ダリウス。彼は机の上に置かれた一つの小さな木箱を、冷たい瞳で見下ろしていた。それは、リーナがヴァインベルク領から持ち込んだ「聖薬」と「聖果」の現物だった。


ダリウスは、先日リリアーナを断罪したパーティーで彼女が見せた、あの眩い輝きを思い出す。


「おとぎ話に過ぎんと思っていたが…」


ダリウスは、指先で聖薬の小瓶に触れる。そこから放たれる、清らかで、しかし力強い聖なる気の奔流。


「ヴァインベルクの血に眠る『光の聖女』が、この時代に、まさか本当に蘇るとはな」


ダリウスは執務机の引き出しの奥にある、古びた羊皮紙をとり出し、今はもう存在しないはずの一族の紋章をなぞる。


はるか昔、この国がまだ統一される前、現王家の祖先によって滅ぼされた一族――


『混沌』を崇め、強大な闇の魔術を操ったとされる彼らの、最後の生き残り。それが、ダリウスの真の姿だった。


彼は、五大公爵家の一角であるヴァインベルク家を凋落へ仕向け、嘲笑と共に、しかし細心の注意を払って見つめてきた。その血筋だけが持つ、世界を混沌から救う――自らの悲願である「混沌の王」の復活を阻む唯一の力――その伝説を、彼は誰よりも信じ、そして警戒していたのだ。


「あの小娘、処刑を免れたばかりか、これほどの力を覚醒させていたとは…。セシリアたちを使ったまどろっこしい計画は失敗だ。これ以上、あの光を野放しにはしておけん」


ダリウスの瞳が、静かだが底知れない殺意に染まる。

「混沌の王の復活を阻む光は、完全に消し去らねばならん」


彼は、部屋の影に控えていた配下――王直属の隠密部隊の長を呼び寄せると、低い声で指令を下した。


「ヴァインベルク領へ潜入し、聖女リリアーナの力の源、行動、交友関係、そして…心の弱点。その全てを洗いざらい探り出せ。万全を期して、確実に息の根を止めるための情報をだ。決して、気づかれるな」


「御意に」


影は、一礼すると、音もなく闇に溶けて消えた。




ヴァインベルク領に、その年最初の雪が舞い始めた夜。


冬支度は順調に進み、領地は静かだが希望に満ちた空気に包まれていた。リーナからの「王都の反応は上々よ!貴族たちが君のリンゴの噂で持ちきり!」という手紙も届き、私たちは春への期待に胸を膨らませていた。


執務室の暖炉には、ぱちぱちと心地よい音を立てて炎が揺れていた。私は、柔らかなブランケットにくるまり、揺り椅子に深く腰掛けて、その暖かさに微睡んでいた。


傍らには、完璧な騎士のように、しかしどこかリラックスした様子でノワールが控えている。彼は椅子に座るでもなく、床に敷かれた厚手の絨毯の上に、音もなく腰を下ろしていた。その姿は、まるで暖炉の一番暖かい場所を陣取る、大きな黒猫のようだ。


「春が来るのが、楽しみね」

私が、炎を見つめながら呟くと、彼は静かに頷いた。


「ああ。君が咲かせる花を、早く見たいよ」


穏やかな時間が流れる。彼の金色の瞳が、暖炉の光を反射して、ゆらり、と金色にきらめいた。その瞳は、時折、炎の揺らめきを追って、ほんの少しだけ左右に動いている。猫だった頃、揺れるものに目が釘付けになっていた癖が、無意識に出てしまっているのだろう。


その仕草がなんだか可愛らしくて、私はくすりと笑みを漏らした。

「ノワール?」

「…なんだい、リリア」


彼は、はっと我に返ったように、僅かにばつの悪そうな顔で私を見る。完璧な騎士の仮面が、一瞬だけ剥がれた隙間。


私は、揺り椅子からそっと手を伸ばし、彼の柔らかな黒髪を優しく撫でた。猫だった頃、一番喜んでくれた場所。


「…っ」


ノワールは、一瞬だけ体を強張らせたが、やがて諦めたように目を細め、心地よさそうに私の手に頭を預けてくる。その喉の奥から、微かに「ぐるる…」という、満足げな音が聞こえた気がした。


「いつもありがとう、私の騎士様」

「…君のためなら、当然だ」


騎士として威厳を保とうとする彼の声は、けれど、甘やかされて蕩けそうな響きを隠しきれていなかった。


平穏な冬の裏で、黒幕の魔の手が迫っていることを、こんなにも幸せな時間を過ごしている私たちは、まだ、知る由もなかった。


今回もお読みいただき、

本当にありがとうございましたm(_ _)m


今後の展開に向けて、

皆さんの応援が、何よりの励みになります。


「面白かった!」

「続きが気になる!」と思っていただけたら、


ぜひ、

【ブックマーク】や【評価(★〜)】、

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誤字脱字報告も大歓迎です。


皆さんの声が、

私の創作活動の本当に大きな原動力になります。


次回更新も頑張りますので、

引き続きお付き合いいただけますと幸いです!

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