第17話:リーナとの出会い
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約束通り、ノワールは翌日から訓練を少し早く切り上げてくれるようになった。
そして、その時間は、私と彼の二人だけの「実験」のために使われることになった。
「今日は果物も試してみましょうか」
向かった先は屋敷の裏手に広がる、打ち捨てられた果樹園だ。かつては甘い香りを漂わせていたであろうリンゴの木々も、今は痩せた枝に、青く小さな実をまばらにつけているだけだった。
「本当に、こんな実が美味しくなるのかい?」
ノワールは、小指の先ほどの大きさしかないリンゴの実をつまみ上げ、訝しげに首を傾げた。
「ええ、きっと。この子たちも、私の光に応えてくれるはずよ」
私は自信を持って頷くと、一つの枝にそっと手を添えた。そして、彼とのレッスンを思い出しながら、掌に柔らかな光を灯す。
「もう少し、光を柔らかく…そう、まるで赤子をあやすように」
背後から、ノワールの囁き声が聞こえる。彼は私の背中にぴったりと寄り添い、魔力が暴走しないように優しくサポートしてくれていた。彼の吐息が首筋にかかるのを感じて、心臓がどきりと音を立てる。集中しなきゃ。そう思うのに、意識は全部、背中の温もりに持っていかれそうだった。
「う、うん…!」
私は頬の熱を誤魔化すように、目の前の果実に意識を集中させる。
私の光を浴びた青い実は、まるで夜明けの空が色づくように、ゆっくりと、しかし確実に変化し始めた。淡い緑色から、鮮やかな赤へ。そして、宝石のような艶を帯びながら、ふっくらと丸く膨らんでいく。やがて、もぎ取ってくれと言わんばかりの芳醇な香りが、あたりに満ち満ちた。
「……すごいな」
ノワールが、感嘆の声を漏らす。彼は、見事に色づいたリンゴの一つをもぎ取ると、「毒味は僕の役目だからね」と悪戯っぽく笑い、しゃり、と音を立ててかじった。
その瞬間、彼の金色の瞳が、驚きに見開かれる。
「なんだ、これは…。蜂蜜よりも甘く、泉の水よりも瑞々しい…。こんなリンゴは、生まれて初めてだ」
「本当!?」
「ああ。リリアも食べてみて」
彼はそう言って、自分のかじったのとは反対側を、私の口元へと差し出した。
「えっ…あ、あーん…」
戸惑いながらも、小さな口を開けて、差し出された果実を一口かじる。しゃく、という小気味よい歯触りと共に、脳が痺れるような甘さと、爽やかな果汁が口いっぱいに広がった。
「おいしい…!」
思わず声を上げると、ノワールは満足そうに微笑んだ。二人で一つのリンゴを分け合う、その何気ない時間が、たまらなく愛おしく感じられた。
◇
私たちが「光の果実」の奇跡に喜んでいると、不意に、元気な声が背後から聞こえてきた。
「ちょっとそこのお二人さん!ものすごーく甘くていい匂いがするんだけど、一体何を食べてるのさ!」
振り返ると、街道の方に停めた幌馬車から、快活そうな赤毛を三つ編みにした少女が、目をきらきらさせながらこちらに走ってくるところだった。歳は私と同じくらいだろうか。そばかすの散った顔には、好奇心と商魂が溢れていた。
彼女は、護衛として控えるノワールのただならぬ雰囲気に一瞬怯んだものの、それ以上に、私たちが持つリンゴから漂う尋常ならざる香りに抗えなかったらしい。
「お嬢さん!その果物、一つ味見させてもらえないかい!?」
その真っ直ぐな瞳に、私は思わず頷き、リンゴを一つ手渡した。
彼女は受け取るなり、大きな口でがぶりと齧った。
次の瞬間、リーナは、その場でぴょんと飛び上がらんばかりに驚愕の表情を見せる。
「な、なんなのこれぇっ!?王都の最高級品だって裸足で逃げ出すわよ!奇跡の果実だわ!」
彼女の興奮した声に、近くに待機していたゼバスが駆け寄ってくる。
「おお、リーナさんですね。こちらにいらっしゃるのが、我らが領主、リリアーナ様ですよ」
ゼバスに紹介され、リーナは初めて私の素性を知ったようだった。彼女は慌ててスカートの裾をつまみ、ぎこちない貴族式の挨拶をする。
「し、失礼いたしました、リリアーナ様!私、商業ギルドのリーナと申します!まさか、凋落し…、あ、いや、あのヴァインベルクの新しい領主様が、こんなにお若くて、お綺麗な方だったなんて…!」
しかし、彼女が驚いたのも束の間。その瞳はすぐに、商人のそれへと戻っていた。新しい領主への畏敬の念よりも、目の前の「商売の種」への興奮が、完全に上回っているのだ。
「リリアーナ様!このリンゴ、素晴らしいです!これを売れば絶対に大儲けできます!いえ、このヴァインベルク領の名を、大陸中に轟かせることができます!私に、私にこのリンゴを売らせてください!」
彼女は私の両手をがしっと掴むと、猛烈な勢いでまくし立て始めた。そのあまりの迫力と商魂たくましい姿に、私は少し気圧されながらも、不思議と嫌な気はしなかった。
学園にも、王都にも、こんな風に、何の裏もなく真っ直ぐにぶつかってきてくれる人はいなかったから。
「リーナ、さん。そんなに畏まらないで。歳も同じくらいみたいですし、リリアと呼んでください。私も、あなたのことをリーナと呼ばせていただいても?」
私は、生まれて初めて、自分から「友達」を求めるような言葉を口にしていた。今まで、虐げられるか、遠巻きにされるかしかなかった私にとって、それはとても勇気のいる一言だった。
私の言葉に、リーナはきょとんとした顔で瞬きを数回繰り返した。そして、次の瞬間、ぱあっと太陽のように明るい笑顔を咲かせる。
「本当!?やったー!じゃあ、リリア!これからよろしくね!親友のよしみで、このリンゴの独占販売権、私にちょうだい!」
「ま、まだ親友になった覚えは…!」
「固いこと言わないの!さあ、商談を始めましょう!」
彼女のたくましさに、私は思わず苦笑してしまう。けれど、私の心の中には、今まで感じたことのない、温かくて、わくわくするような感情が芽生え始めていた。
こうして私は、ヴァインベルク領の未来を切り開くことになる「嵐のような友人」と、運命的な出会いを果たしたのだった。
◇
その頃、整備中の街道では、別のドラマが繰り広げられていた。
テオ率いる自警団が、作業員たちの護衛を兼ねて、鋭い視線を周囲に配りながら警備にあたっている。その動きは、数週間前とは比べ物にならないほど、洗練され、無駄がなかった。
「――来たぞ!」
テオの鋭い声が響く。森の奥から、棍棒を振り回したゴブリンの群れが、涎を垂らしながら姿を現した。以前の彼らなら、苦戦は免れない相手だった。だが、今の自警団は違った。
「隊列を組め!前衛は盾を構えろ!俺が引きつける、お前らは側面から回り込んで叩け!」
テオの的確な指示のもと、自警団はまるで一つの生き物のように、滑らかな連携でゴブリンの群れを翻弄する。ノワールに地獄の訓練で叩き込まれた動きが、血肉となって彼らを動かしていた。やがて、最後の一匹をテオ自身が仕留めると、仲間たちから歓声が上がった。
勝利に沸く仲間たちを背に、テオはノワールに捻り上げられた腕の疼きを思い出しながら、一人呟いた。
「…ちっ。あの黒いのの言う通りだ。強くなけりゃ、何も守れねえ」
そして、彼は活気を取り戻した街道と、汗を流して働く領民たちの姿を見渡す。
「それに…守るだけじゃ、腹は膨れねえってことか。姫様のやり方も、正しかったんだな…」
その口元には、かすかな、しかし確かな笑みが浮かんでいた。
◇
その夜、領主の執務室には、いつものメンバーに加えて、興奮冷めやらぬ商人娘リーナの姿があった。
テーブルの中央には、宝石のように輝く「光の果実」と、先日発見された「特別な薬草」が並べられ、初の「特産品開発会議」が開かれていた。
「素晴らしい…!まさか、これほどのポテンシャルを秘めた品が二つも同時に見つかるとは…!」
アーネストは、薬草と果実を交互に見比べ、感動に打ち震えている。
リーナは、まず薬草を手に取ると、商人らしい鋭い目で鑑定した。
「ふむふむ…これは凄い。生命力が凝縮されているわ。怪我や病気に絶大な効果があるでしょうね。これは…下手に市場に出すより、騎士団や王宮、あるいは高位の貴族に直接売り込むべきね。『ヴァインベルクの聖薬』として、希少価値を高めるのが得策よ」
彼女の的確な分析に、アーネストも深く頷く。
「私も同感です。この聖薬は、我が領地の威信をかけた至宝とすべきでしょう。生産管理と販路の選定は、私が責任を持って行います」
次に、リーナはリンゴを手に取り、その瞳を爛々と輝かせた。
「そして、こっちの光の果実!これは聖薬とは真逆のアプローチよ!人を幸せにする甘さと香り…これはもっと多くの人に届けるべき宝物だわ!」
彼女は立ち上がると、身振り手振りを交えて熱弁を振るい始めた。
「領内で収穫祭を開き、この豊かさを領民自身に実感してもらうのはどうかしら?」
「それで、その祭りの噂を聞きつけた商人たちを、周辺の領地から呼び込むの!そうすれば、うちが全面的に協力して、『聖女の恵み』として、一気にヴァインベルクの名を轟かせてみせるわ!」
アーネストの堅実な行政官としての視点と、リーナの斬新な商人としての視点。二つの才能が、『聖薬』と『聖果』という二つの至宝を前に、見事な化学反応を起こしていた。
「聖薬は、慎重に。聖果は、リーナの案で、まずは収穫祭から始めましょう。民の喜びが、きっと最高の宣伝になるはずだから」
私はその中心で、皆の意見に真剣に耳を傾け、領主として一つ一つの判断を下していった。
◇
会議が終わった後、私はバルコニーで夜風に当たっていたノワールの隣に立った。
「新しい仲間ができて、嬉しいわ。みんなが、この領地を良くしようと真剣に考えてくれている」
私の言葉に、彼は優しく微笑んだ。
「君の光が、人を惹きつけるんだ。有能な文官、忠実な執事、やる気のある若者、そして抜け目のない商人まで」
そして、彼は続ける。
「でも、忘れないでほしい。君の一番の騎士は、いつだってこの僕だからね」
その声には、少しだけ独占欲の色が滲んでいる気がして、私の胸がきゅっと高鳴った。
ヴァインベルグ領は、確かな「守る力」と、無限の可能性を秘めた「生み出す力」、そしてそれを動かす「新たな仲間」を得て、本格的な復興への道を、今、確かに歩み始めていた。
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