第16話:聖女の発見
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夜明け前の空気は、肌を刺すように冷たい。
村のはずれにある広場には、松明の明かりが揺らめき、若者たちの荒い息だけが響いていた。ノワールによる自警団の特別訓練が始まって、三日が経っていた。
「遅い!その程度で賊の槍が避けられるとでも思っているのか!」
氷のように冷徹な声が飛ぶ。
自警団のリーダーであるテオが、木剣を構えてノワールに飛びかかるが、その動きは赤子の手をひねるより容易くあしらわれる。ノワールは一歩も動くことなく、テオの攻撃を最小限の動きでいなし、的確に急所寸前へとカウンターを叩き込んだ。
「ぐっ…!」
「次!」「らぁっ!」「甘い!」
若者たちが次々と束になって襲いかかるが、結果は同じだった。まるで激流に逆らう木の葉のように、一人、また一人と地面に転がされていく。彼らの顔には、三日前の楽観的な色はもはやなく、泥と汗にまみれた苦悶と、そして底知れない強者への畏怖だけが浮かんでいた。
ノワールの訓練は、彼らの想像を、常識を、遥かに超えていた。
闇魔法で作り出した重力場で負荷をかけたままの素振り千回。互いの動きを完璧に読むまで続けられる、目隠しでの組み手。そして、ノワール本人を相手にした、絶望的なまでの実戦形式の模擬戦。
「はぁ…はぁ…!くそっ…!」
テオは、何度も地面に叩きつけられながらも、獣のような瞳でノワールを睨みつけ、再び立ち上がった。その姿に、他の若者たちも歯を食いしばって続く。
私はその光景を、少し離れた場所から、祈るような気持ちで見守っていた。
ノワールの訓練は、傍から見ていても正気の沙汰とは思えないほど過酷だ。けれど、その指導は驚くほど的確で、一人一人の癖や弱点を瞬時に見抜き、最短で成長させるための道筋を示していた。
厳しい言葉の中にも、確かに彼らへの期待が込められている。そして、その期待に必死に応えようとするテオたちの姿に、私はこの領地の未来を支える、確かな力の萌芽を感じていた。
◇
訓練が終わる頃、私はいつも広場の隅に用意した椅子に座り、若者たちが来るのを待っていた。
「リリアーナ様…!」「聖女様、今日もありがとうございます…!」
彼らは、泥だらけのまま私の前に列を作ると、おずおずと擦り傷や打撲だらけの腕を差し出す。
「痛いの、痛いの、飛んでいけ…」
私は、幼い頃に母にしてもらったように、優しく声をかけながら、掌に灯したビー玉ほどの光をそっと彼らの傷に当てる。温かい光がじわりと染み込むと、痣は薄れ、切り傷は跡形もなく塞がっていった。
「すげえ…本当に痛みが消えた…」
「これなら、明日も訓練を乗り切れそうだ…!」
若者たちの顔に、疲労の中にも明るい笑みが戻る。私の小さな光が、彼らの心を支える力になっている。その事実が、何よりも嬉しかった。
そんな日々が続いていたある日、小さな問題が起きた。
彼らの治療や、街道整備で働く人々のために常備していた薬草が、底をついてしまったのだ。
「申し訳ありません、リリアーナ様」
執務室で、アーネストが申し訳なさそうに頭を下げた。
「この辺りの薬草は、長年、土が痩せていた影響で育ちが悪く、今年の収穫はほとんどありませんでした。薬効も、例年よりかなり薄いようでして…」
「そうなのね…では、私も探しにいってみます。森には、まだ手つかずの場所もあるはずだから」
「しかし、お一人では危険です!」
「大丈夫よ。ノワールは訓練で手が離せないから、ゼバス、あなたが付いてきてくださる?」
老執事のゼバスは、一瞬驚いた顔をしたが、
「お嬢様のためでしたら、この老骨に鞭打ちましょう」
と、どこか嬉しそうに頷いてくれた。
秋晴れの空の下、ゼバスと共に森の奥へと足を踏み入れる。だが、アーネストの言った通り、薬草はなかなか見つからなかった。かろうじて見つけたものも、小さく、ひょろりとしていて元気がない。
(かわいそうに…。あなたたちも、ずっと苦しかったのね)
私は、しゃがみ込むと、その弱々しい薬草の葉に、そっと指で触れた。そして、いつものように、掌に光を灯す。
(元気になって…。あなたたちの力で、みんなを癒してあげたいの)
練習中の、小さな、小さな光。
それを、まるで植物に水をやるように、優しく、優しく注いでみた。
すると、信じられないことが起きた。
私の光を浴びた薬草が、まるで喜ぶように、みるみるうちに生命力を取り戻し始めたのだ。萎れていた葉はつややかに茂り、茎は力強く太くなる。そして、ふわりと、今まで嗅いだことのないほど濃厚で、清らかな香りが辺りに立ち上った。
「こ、これは…!?」
隣で見ていたゼバスが、息を呑む。
私は、夢中で他の薬草にも光を注いで回った。光に触れた植物は皆、魔法のように生き生きと生まれ変わっていく。
屋敷に持ち帰った薬草を早速煎じてみると、奇跡はさらに続いた。たった一杯で、長年ゼバスを悩ませていた腰の痛みが嘘のように和らぎ、体の芯から活力が湧いてくるのが分かったのだ。
「リリアーナ様…!これは、ただの薬草ではございません!聖女様の光を浴びた薬草は、特別な力を宿すのです!ヴァインベルクの宝になりますぞ!」
アーネストは、報告を聞くと興奮に打ち震え、色めき立った。
これが、後の「ヴァインベルクの聖薬」と呼ばれることになる特産品開発の、全ての始まりだった。
◇
その夜、執務室で薬草の効果に関する報告書を読んでいると、静かに扉が開き、ノワールが入ってきた。訓練を終えたばかりの彼は、いつもは完璧に整えられている黒髪を少し乱し、心地よい疲労感を漂わせている。
「お疲れ様、ノワール」
私が声をかけると、彼はふっと表情を和らげ、私の隣の椅子にどかっと腰を下ろした。
「ああ…。あいつら、思ったより根性があるから、つい熱が入ってしまうよ。」
そう言って、彼は大きなため息をつく。最強の騎士が見せる、ほんの少しの人間らしい一面に、私の胸がくすぐったくなる。
「ふふ、ご苦労様です、先生。あなたのおかげで、みんな見違えるように強くなっているわ。…そうだわ、あなたにも、良いものがあるの」
私は、今日摘んできた特別な薬草で淹れたお茶を、彼に差し出した。湯気と共に立ち上る、清らかで甘い香り。
ノワールは、不思議そうな顔でそれを受け取ると、一口、口に含んだ。
その瞬間、彼の金色の瞳が、驚きに見開かれる。
「これは…」
彼の体から、訓練の疲労がすっと抜けていくのを、私も魔力の流れで感じ取ることができた。
「すごい力だ、リリア。君は、僕が知らないうちに、また新しい魔法を身につけたのかい?」
「ううん、魔法じゃないわ。この薬草が、私の光に応えてくれたの」
私が今日の発見を話すと、彼は感心したように、そしてやさしさに溢れる笑顔で、私のことを見つめた。
「君はいつも、僕を驚かせてくれるね。本当に、君のご主人様でいられて、僕は幸せだよ」
ノワールは、心からの声でそう言った。その飾り気のないストレートな言葉に、私のほうが照れてしまう。
「リリアが頑張っているんだ。僕も、負けていられないな」
彼はそう言って微笑むと、私の頭に、ぽん、と大きな手を置いた。
「明日からは、訓練を少しだけ早く切り上げよう。そして、君のその『実験』とやらも、手伝わせてほしい。君の新しい才能が花開く瞬間を、一番近くで見ていたいからね」
「え…?でも、訓練が…」
「大丈夫。あいつらも少しはマシになってきた。それに…」
彼は少しだけ悪戯っぽく目を細める。
「君と二人きりで過ごす時間も、僕にとっては最高の『ご褒美』なんだよ」
その優しい声と、真っ直ぐな眼差しに、私の心臓は大きく跳ねた。顔が熱くなるのを感じながら、私は小さな声で「…ありがとう」と呟くのが精一杯だった。
◇
翌朝、広場には、以前とは比べ物にならないほど動きの鋭くなったテオたちの姿があった。ノワールの指導と、私の光。その相乗効果が、目に見える形で現れ始めている。
そして、私の執務室の机には、領地に自生する様々な植物のリストが広げられていた。アーネストと共に、どの植物が私の光に最も良く応えてくれるのか、壮大な「実験」が始まろうとしていた。
「守る力」と「生み出す力」。
ヴァインベルク領の未来を形作る二つの大きな歯車が、確かな音を立てて、今、ゆっくりと回り始めていた。
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