第14話:強欲な客
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領主の執務室の空気は、冷たい秋風のように重苦しかった。
窓の外では、木々が葉を赤や黄色に染めている。奇跡の光で土壌は蘇ったものの、季節はもう秋の半ば。テオのいう通り、今から種を蒔いても、本格的な冬が来る前に十分な収穫は見込めない。今年の作物は、壊滅的な不作で終わることが確定していた。
「金庫は完全に空。備蓄食糧も、この冬を越すには到底足りません…」
アーネストが、絞り出すような声で付け加える。
私は言葉を失い、冷たくなっていく指先を握りしめた。どうすればいいの? 領地を売る? それとも、また民に重税を…? 最悪の選択肢が頭をよぎり、私はぶんぶんと首を振った。それだけは、絶対に御免だった。
そしてその絶望的な状況を嘲笑うかのように、執務室の扉が乱暴に開けられた。
「これはこれは、リリアーナ様。新しい領主様は、こんな薄暗い部屋で帳簿とにらめっこですかな?」
「な、なんですか、あなたは…?」
入ってきたのは、見るからに悪趣味なほど宝石をじゃらつかせた、肥満体の男だった。継母に金を用立てていた、王都の悪徳商人、ゲルハルトという名らしい。彼は私の前に証文の束を叩きつけるように置いた。
差し出された証文には、ゲルハルトからの借入金を示すおびただしい数の証文が挟み込まれていた。その総額は、ヴァインベルク領の数年分の税収にも匹敵する、天文学的な数字だった。
「なんですか、ではありません。リリアーナ様。さあ、お支払い願いましょうか。先代の奥様がこしらえた、莫大な借金をね!」
下品な声に、アーネストが「無礼者!」と前に出るが、ゲルハルトが連れてきた屈強な用心棒に突き飛ばされてしまう。
私の隣に立つノワールが一歩前に出ようとするのを、私はそっと目で制した。これは、私が領主として対峙すべき問題だ。
「ゲルハルト殿。返済の意思はありますが、今は領地の財政が逼迫しております。どうか、少しの猶予を…」
「猶予だと?ヒヒヒ、甘いことを!よろしい、一日だけくれてやりましょう!」
「い、一日⁉たった1日で…」
「ええ。1日です。これ以上は待てませんよ。」
彼は、勝ち誇ったように言った。
「明日、この時間までに金を用意できなければ、この領地の麦も、家畜も、なんなら若い娘でも差し押さえますぞ?せいぜい金策に励むことですな、お姫様!」
高笑いを残し、ゲルハルト一行は去っていく。明日という非情なタイムリミットだけを残して。執務室は、先ほどよりもさらに深い絶望に包まれた。
◇
その夜、私は一人、執務室の暖炉の前で膝を抱えていた。
明日、私は領民たちを守れるのだろうか。領主失格の烙印を押されるのだろうか。不安に、胸が押しつぶされそうだった。
「そんな顔しないで、リリア」
ふわりと、肩に温かいショールがかけられた。顔を上げると、いつの間にかノワールが隣に立ち、心配そうに私を見下ろしている。
「君が悩んでいる顔は、見ていて胸が痛む」
彼は私の隣に膝をつくと、まるで猫がするように、私の手に自分の頬をすり、と寄せた。その予期せぬ行動に、私の心臓が大きく跳ねる。
「の、ノワール…?」
「大丈夫。僕が全部なんとかしてあげるから。君はただ、温かくして、僕を信じていればいい。明日の朝には、君を悩ませるものは跡形もなく消えているよ」
その甘やかすような声と、金色の瞳に見つめられ、私はこくこくと頷くことしかできなかった。
◇
リリアーナが眠りについたのを確認すると、ノワールの瞳から柔らかな光が消え、絶対零度の冷徹な輝きへと変わった。
「さて、と…」
彼は執務室の中央に立つと、その指先から、ゆらりと濃密な闇が立ち上った。闇は生き物のように形を変え、やがて無数の小さな黒い蝶へと姿を変える。
「僕の闇は、ただ破壊するだけじゃない。世界のあらゆる場所に溶け込み、その記憶を視ることができる」
黒い蝶たちは、優雅に一舞すると、一斉に夜の闇へと溶け込むように飛び立っていった。ある蝶は屋敷の壁の中へ、ある蝶は領都の地下水路へ、そしていくつかの大きな蝶は、遥か彼方、王都の方向へと。
「彼女たちが溜め込んだ『富』の記憶は、この土地の至る所に染みついている。壁の裏、床の下、忘れられた別邸の金庫、そして彼女たちが信頼していた悪徳商人の懐の中にもね」
ノワールは、目を閉じたまま、まるで壮大な交響曲を指揮するかのように、両腕を広げる。彼の意識は、飛び立った無数の蝶たちと繋がり、領地、そして王都にまで及ぶ広大な範囲の情報を、読み取っていった。
「…見つけた」
数分後、彼が静かに目を開けた。その金色の瞳には、確かな獲物を見つけた狩人の光が宿っていた。
◇
翌朝。ゲルハルトが用心棒を引き連れ、勝ち誇った顔で執務室に乗り込んできた。
「さあ、金は用意できましたかな、お姫様?」
私が毅然と口を開こうとした、その時。私の前に、ノワールが静かに立った。
「貴様のような下衆が、気安くリリアに話しかけるな」
ノワールは、ゲルハルトの目の前のテーブルに、分厚い書類の束を叩きつけた。
「な、なんだこれは…!」
「貴様の悪事は、昨晩のうちに全て俺が調べさせてもらった。偽造証文、脱税、密輸、横領…その手口と金の流れも完璧にな」
ゲルハルトの顔が、みるみるうちに青ざめていく。
「な、なぜそれを…!ありえん…!」
「ありえるさ」
ノワールはさらに、継母たちが他の商人や貴族と交わした裏帳簿も広げてみせる。
「お仲間たちの分もある。貴様が代表して、全ての借金を帳消しにした上で、慰謝料として金貨一万枚をここに置いていけ。さもなくば、この書類は今すぐ王城に届くことになるが…どうする?」
絶対的な力の差を悟り、ゲルハルトは腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
「ひぃぃ…!お、お支払いします!しますから命だけは!」
彼は這うようにして、執務室から逃げ出していった。
あまりに鮮やかな逆転劇に、アーネストたちは、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
さらにノワールは続ける。
「債務問題は解決かな。あとは備蓄確保の資金だけど…。これで当座は凌げるだろう?」
促されるように大広間に向かうと部屋の中央には、どこからともなく運び込まれた、山のような金貨と宝石、煌びやかなドレスや高価な美術品が、眩いばかりに輝いている。
「こ、これは…!?」
アーネストと文官たちは、信じられないといった様子で、ただただ口を開けている。
「君を苦しめた強欲な者たちが、何も残さずにいるはずがないだろう? 腐った果実ほど、その懐には甘い蜜を隠しているものさ」
ノワールが、まるで悪戯したあとの猫のように微笑む。
「すごいわ…これだけあれば、冬を越すための食糧も十分に買い付けられるわ…!」
込み上げてくる感謝と安堵に、私は彼の元へ駆け寄った。
「ノワール…ありがとう。本当に、ありがとう、私の騎士様」
心からの感謝を込めて微笑むと、彼は一瞬だけ驚いたように目を見開き、やがて照れたように視線を逸らした。
「……君のためなら、当然のことだ」
その少しだけ赤くなった耳を見て、私はくすりと笑みを漏らした。
私は、輝く財産の山に向き直る。アーネストが「これで…これで領地は救われます!」と涙ながらに喜ぶのを見て、私は力強く頷いた。
「ええ。まずは、このお金で民の冬を支えるわ。それが領主としての、私の最初の仕事よ」
私は、私のやり方で、この土地を守る。その決意を、隣で誇らしげに見つめる黒騎士の瞳に誓った。
「それから…」私は続ける。
「残ったお金は、私たちの未来のために使うの。このヴァインベルク領が、誰にも奪われない、真に豊かな土地になるための、礎にするのよ」
私の宣言に、ノワールが世界で一番満足そうに、柔らかく微笑んだ。彼の暗躍によって手に入れた希望の光を、私は未来へと繋ぐための、次なる一歩を踏み出す決意を固めたのだった。
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