第13話:信頼の萌芽と懐疑の瞳
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柔らかなシーツの感触と、微かに香る薬草の匂いで、私は意識を取り戻した。
ゆっくりと目を開けると、見慣れた自室の天蓋が映る。昨日の出来事が、夢ではなかったのだとぼんやりと思い出す。乾いた大地に光が満ちていく光景、そして…魔力が尽きて倒れそうになった私を、ノワールが力強く抱き上げてくれたこと。
「……っ」
思い出した途端、顔に熱が集まるのを感じた。
あの後、私は彼の腕の中で眠ってしまったのだ。
身じろぎをすると、傍らで微かな衣擦れの音がした。視線を向けると、椅子に深く腰掛けたノワールが、私の手を握ったまま、こくりこくりと船を漕いでいる。その完璧に整えられた黒髪が少しだけ乱れ、目の下には隠しきれない疲労の色が浮かんでいた。彼がずっと、こうして側で看病してくれていたのだと、すぐに分かった。
「ノワール…?」
私が囁くと、彼ははっと目を開けた。眠りの浅い、猫のような覚醒だった。
「リリア! 目が覚めたんだね。よかった…」
彼の金色の瞳に、心からの安堵の色が浮かぶ。その表情に、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「まだ寝ていないとだめだ。昨日は魔力を使いすぎたんだから」
私が身を起こそうとするのを、彼は大きな手で優しく制する。そして、当たり前のように、枕元の水差しから冷たい水を注ぎ、濡らしたタオルで私の額の汗を拭ってくれた。
「ほら、喉が渇いただろう。果実水だ、少し薄めておいたよ」
そう言って、彼はスプーンに透き通った液体をすくい、私の口元へと運んでくる。
「じ、自分で飲めるわ!」
「病人はおとなしくしているものだ。…さあ、あーん」
「あ…」
その有無を言わさぬ真剣な眼差しに、私は結局、観念して小さな口を開けるしかなかった。彼の献身的な、少し過保護な優しさが、気恥ずかしくも、くすぐったい。
「ごめんなさい、心配かけて…」
「本当に、だよ。君に何かあったら、僕は…世界なんて、どうでもよくなってしまう」
真剣な声で呟かれ、私は息を呑む。彼の手を、そっと握り返した。
「もう、無茶はしないわ。約束する」
「…うん。約束だからね」
私の言葉に、彼はようやく、安心したように微笑んだ。
窓の外から、昨日までは聞こえなかった人々の活気ある声が届いてくる。子供たちの笑い声、男たちの力強い掛け声。奇跡は、一夜限りの夢ではなかったのだ。
◇
奇跡の翌朝、生まれ変わった農地には、希望の光が満ちていた。
領民たちが、まだ信じられないといった様子で、しかし喜びを隠しきれない表情で集まってきている。黒々とした土を手のひらですくい上げ、力強く伸びた若葉にそっと指で触れる。皆、昨日の出来事が夢ではなかったことを、五感で確かめているようだった。
街の雰囲気は、一変していた。昨日までの澱んだ空気が嘘のように、子供たちの笑い声が響き、人々が互いに声を掛け合いながら、農作業の準備を始めている。
「姫様、いや聖女様のために、俺たちも頑張らねえとな!」
そんな力強い声が、あちこちから聞こえてきた。
昼前、領主の屋敷の門前に、町長などの領民の代表たちがやってきた、と侍女が知らせに来た。まだ少し体は怠かったけれど、私は領主として、彼らに会わなければならない。
「私も行くわ」
私がベッドから起き上がると、ノワールは心配そうに眉を寄せたが、私の決意を汲み取って、黙って頷いてくれた。彼が支えてくれる腕に体を預け、私たちは共に民の前へと向かった。
町長は、私の少し青白い顔を見て、はっとしたように言った。
「聖女様! まだお休みになられていなくては…! 我々のために、これほどまで御身を…」
「いいえ、皆さんの顔が見たかったのです」
私は、彼の前に進み出ると、深々と頭を垂れた。
「我々は、これまでの非礼を深くお詫びいたします。そして、命の恩人であるあなた様に、我々のすべてを捧げることを、ここに誓います」
他の者たちも、涙ながらに頷き、地面に額をこすりつけんばかりに傅いた。
私は、彼らの前に歩み出て、穏やかに声をかける。
「皆さん、顔を上げてください。私は、皆さんの上に立つ者ではありません。皆さんと共に、この土地で生き、この領地を豊かにしていく仲間です。どうか、これからは私に力を貸してください」
私の言葉に、領民たちは再び歓喜の声を上げた。
しかし、その熱狂の輪から少し離れた場所で、腕を組み、冷めた目でその光景を見つめている青年がいた。がっしりとした体躯に、鋭い目つき。元猟師で、若者たちを取りまとめる自警団のリーダー格だと、アーネストが教えてくれた。彼の名は、テオ。
一人の老人が「テオ、お前も聖女様に挨拶せんか!」と彼を促すが、テオは鼻で笑った。
「じいさん、あんたは騙されやすいな。確かに、あの光はすげえ。畑も川も元に戻った。だが、それで腹が膨れるか?俺たちが今すべきなのは、奇跡に浮かれて祈ることじゃなく、冬に備えて食料を確保し、いつ来るかわからねえ盗賊や魔物に備えることだ。聖女様が、剣を振るってくれるわけじゃあるめえし」
彼は、私を一瞥すると、「俺は、俺のやり方でこの街を守る」とだけ言い残し、その場を背にして去っていった。その背中には、他者を安易に信じない、強い意志が漲っていた。
◇
夜、執務室には、私とノワール、そしてアーネストの三人が集まっていた。
「民の心は掴めましたが、課題はまだ山積みです」
アーネストが、次の難題を切り出した。
「財政問題、そして、領地の防衛力の低下です。継母様たちは、領地の警備兵まで私兵のように扱っていたため、今の領都の防衛力は無きに等しい。テオのような若者たちの自警団が、かろうじて治安を維持しているに過ぎないのが現状です」
「財政については、俺に考えがある」
ノワールが、地図を指しながら不敵に笑う。
「防衛については…まあ、俺一人いれば十分だが、それでは示しがつかないな」と呟き、彼の瞳には、あの青年テオの姿が映っているようだった。
会議が終わり、アーネストが退出すると、部屋には静寂が訪れた。
私は、今日の出来事を思い返し、ぽつりと呟く。
「私は、まだ領主として認められていないのね…」
テオの、懐疑に満ちた瞳が脳裏にちらつく。
すると、ノワールが、私のために温かいハーブティーを淹れてくれた。その湯気が、私の不安を少しだけ和らげてくれる。
「焦る必要はないよ」
彼は、私の隣に座ると、心配そうに私の髪を優しく撫でた。
「言葉よりも、行動と結果で示せばいい。君はもう、それを始めているじゃないか。…それに、僕だけは、いつだって君の一番の味方だ」
その優しさに、くすぐったいような、それでいて胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じる。彼の存在が、昔も今も、何よりの活力源だった。
窓の外に目をやると、領都の家々に、昨日までは考えられなかった数の明かりが灯っている。それは、民の心に宿った、希望の光そのものだった。
◇
その頃、街の広場では、テオが数人の若者たちと共に、松明の明かりを頼りに剣や槍の訓練に打ち込んでいた。
「聖女様が奇跡を起こしたからって、浮かれるな!俺たちの街は、俺たちの力で守るんだ!」
まだ交わることのない、二つの「領地を守る」という強い意志。
私の領地改革は、多くの希望と、そして新たな課題と共に、次のステージへと進み始めたのだった。
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