第11話:絶望の帳簿と一筋の光
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領主の執務室の空気は、鉛のように重かった。
昨夜から見続けている絶望的な帳簿の山が、私たちの未来の暗さを示しているようだった。私の向かいには、老執事のゼバスと、数名の残った文官たちが、疲弊しきった顔で座っている。
「それで、具体的に何から手をつければいいのかしら」
私の問いに、文官の一人がおずおずと口を開いた。
「は、はあ…それが、その…」
「全ては旦那様と前奥様の独断でしたので、我々にはいかんともしがたく…」
責任逃れの言い訳ばかりが、次々と並べ立てられる。ノワールが隣で冷たい視線を送ると、彼らは蛇に睨まれた蛙のように口をつぐんだ。
その時、一人の痩せた中年文官が、意を決したようにすっと立ち上がった。埃っぽい眼鏡の奥の瞳には、知性と、そして諦観ではない意志の光が宿っている。
「リリアーナ様」
彼の名は、アーネスト。かつて父の側近だったが、不正を嫌い、継母に疎まれて書庫番へと左遷されていた、実直な人物だった。
彼は、他の文官たちが隠していた「本当の帳簿」と、領地の詳細な問題点をまとめた資料を、私の前に恭しく差し出した。
「お許しください。これが、ヴァインベルクの真の姿です。私は、この土地の未来を諦めてはおりません。どうか、私をお使いください」
アーネストが広げた地図と資料が、惨状をより具体的に突きつけてくる。
「最大の問題は、領地の中心を流れる『母なる川』の水量が、年々減り続けていることです。これが土壌全体の活力を奪い、不作の根本原因となっております。そして何より…」
彼は言葉を区切り、重々しく告げた。
「民は、もはや貴族を、我々を、誰も信用しておりません。新しい領主であるリリアーナ様に対しても、どうせまた重税を課すのだろうと、警戒と諦めの目で見ているのが現状です」
その夜、私は一人、自室で頭を抱えていた。
民の信頼を得るにはどうすればいい? 枯れた大地を、どうやって蘇らせるの? 私に、一体何ができるというの…?
舞踏会で「月の涙」を輝かせた時のことを思い出す。あの光は、ただ輝いただけじゃない。触れた時、温かくて、まるで生命そのもののような感じがした。
(もし、あの力を、あの枯れた大地に向けることができたら…?)
「ノワール、相談があるの」
部屋を訪れた彼に、私は自分の考えを打ち明けた。「試してみたいことがあるの」と。
私の突拍子もない考えを、彼は黙って聞いていた。そして、全てを聞き終えると、静かに頷いた。
「わかった。君がそうしたいのなら、僕は全力でその舞台を整えよう」
◇
翌朝、ノワールが私のために用意したのは、一着のドレスだった。
それは、舞踏会で着たような豪奢なものではない。洗いざらした木綿のような、素朴で、しかし一点の曇りもない、清らかな純白のワンピースだった。
「これは…?」
「君の決意に、最もふさわしい色だと思ってね」
彼はそう言って微笑むと、私の髪をシンプルな三つ編みに結ってくれた。まるで、これから畑仕事にでも行くかのような、素朴な少女の姿。
だが、その純白は、どんな宝石よりも私の「聖女」としての神聖さを際立たせていた。
「民の前で、聖女を演じる必要はないんだよ、リリア」
ノワールは、私の心を見透かしたように言った。
「君はただ、君のままでいればいい。民を想う、その優しい心のままに。君の純粋な想いこそが、どんな着飾った言葉よりも、彼らの心に届くはずだから」
彼の言葉に、私はハッとした。そうだ、私は誰かになろうとしなくていい。民のために、という純粋な想い、それだけを力に変えればいいんだ。
ノワールの用意した舞台は、服装だけではなかった。
彼が事前に手を回していたのだろう。私たちが領地で最も荒れた農地へ向かうと、そこにはアーネストが、領民たちを集め、必死に説明をしていた。
「リリアーナ様は、君たちのために、自らの御力を使おうとされているのだ!どうか、その目で真実を見届けてほしい!」
(ノワール、アーネスト、ありがとう…)
私は、集まった領民たちの疑いの視線を一身に受け止め、決意を込めて、その一歩を踏み出した。
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