第1話:色褪せた世界と黒い太陽
連載スタートしました!
楽しんでいただけると嬉しいです。
1話~4話は本日更新に予定です。
明日も、更新予定です(*^^*)
それでは、どうぞ!
灰色の世界だった。
私の名は、リリアーナ・フォン・ヴァインベルク。五大公爵家が一つ、ヴァインベルク公爵家の嫡女として生を受けた。
けれど、私の見る世界には、まるで薄いヴェールがかかったように色がなかった。朝陽に輝く壮麗な庭園も、高名な画家に描かせた肖像画も、侍女たちが運んでくる豪奢なドレスも、すべてがくすんで見える。きっと、私自身のせいなのだろう。
「リリアーナ姉様、ぼんやりなさらないで。お客様にお出しするお茶の準備くらい、ご自身でなさったらどうですの?」
鈴を転がすような、しかし鋭い棘を含んだ声。振り向けば、そこには異母妹のセシリアが立っていた。陽光を紡いだような金色の髪、空の青を閉じ込めた瞳。社交界の誰もが「ヴァインベルクの至宝」と褒めそやす彼女は、私にとって悪魔に他ならなかった。
「……ごめんなさい、セシリア。すぐに」
「本当に姉様は『魔力なし』の出来損ないですわね。公爵家の令嬢でありながら、せめて家の務めくらい完璧にこなしてくださらなければ、王家に対しても示しがつきませんわ」
『魔力なし』の出来損ない。
それが、このヴァインベルク公爵家における私の称号だった。
この世界では、誰もが火、水、風、土の四代元素魔法のいずれかの力を持って生まれてくる。しかし、8歳の洗礼の儀で、私の魔力は「測定不能」――事実上のゼロと判定された。それは、建国以来、数々の偉大な魔法使いを輩出してきたヴァインベルク家にとって、許されざる汚点だった。
婚約者であるアルフォンス第一王子からも、「公爵家の名を汚す無能」と公然と侮蔑されている。父はとうに私という存在を無視し、継母に至っては、私の存在そのものを家の恥だと断じている。
「リリアーナ、またセシリアを困らせて。あの子の繊細な心を乱すのはおやめなさい」
「申し訳ありません、お母様」
継母の氷のような視線から逃れるように、私は自室へと戻った。
重厚なマホガニーの扉を開けると、そこだけは私の聖域だった。色褪せた世界の中で、唯一、鮮やかで、温かい場所。
「ノワール」
名を呼ぶと、天蓋付きベッドの上で丸くなっていた黒い塊が、ぴくりと耳を動かした。そして、ゆっくりとこちらに顔を向ける。ビロードのような漆黒の毛並みに、夜空に溶かした金を流し込んだような、美しい瞳。
私の唯一の家族、黒猫のノワールだ。
「ただいま、ノワール。今日もひどい一日だったわ」
ソファに深く身を沈めると、ノワールはしなやかな動きで私の膝の上に飛び乗ってきた。ゴロゴロと喉を鳴らす心地よい振動が、ささくれだった心を優しく解きほぐしてくれる。私はその柔らかな毛皮に顔を埋め、深く息を吸った。日に焼けた、安心する匂い。
ノワールと出会ったのは、まだ実の母が生きていた頃。雨の日に、領地の教会の裏で震えていた小さな子猫だった。他の誰もが見向きもしなかったその命を、私はどうしても見過ごせなかった。
あの日から、ノワールはずっと私の傍にいてくれた。
継母に罵られた夜も、セシリアにドレスを切り裂かれた日も、夜会で王子に腕を振り払われた時も。私が一人で声を殺して泣いていると、ノワールは必ずそばに寄り添い、そっと涙を舐めてくれた。
「あなただけよ、ノワール。私の心をわかってくれるのは」
その金色の瞳が、じっと私を見つめている。まるで、私の言葉をすべて理解しているかのように。
私はそっとノワールの頭を撫でた。
「いつか、遠いところへ行きたいな。公爵家のしがらみもない、静かな場所で、あなたと二人で暮らすの。日当たりのいい小さな家の縁側で、一緒にお昼寝するのよ」
私の叶わぬ夢物語に、ノワールは「にゃあ」と短く鳴いて応えた。まるで、「いいね」と同意してくれているみたいで、強張っていた唇が自然と綻ぶ。
「ありがとう。ノワールだけが、私のたった一人の騎士様ね」
私はノワールを強く抱きしめた。お日様の匂いが心地よい。
この腕の中にある温もりだけが、私の真実。
この漆黒の毛並みだけが、色褪せた世界で唯一、鮮烈に輝いて見える私の太陽だった。
この温もりが、永遠に続くと信じていた。
あと数年で、この小さな太陽が私の世界から消えてしまうことなど、まだ知る由もなかった。
窓の外では、灰色の雲が壮麗な公爵家の屋敷を覆い隠そうとしていた。それはまるで、これから私に訪れる過酷な運命を暗示しているかのようだった。
それでも、膝の上の確かな重みと温かさだけを頼りに、私はどうにか明日を迎える準備をするのだった。
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